その日は、ツアーの打ち上げだった。
大きな居酒屋の一角を貸し切り、スタッフや関係者がひしめき合っている。
乾杯の声が響き、ビールのジョッキがぶつかり合う音が飛び交う。
 
 
 
 「お疲れさまでしたー!」
 「次のツアーも頑張りましょう!」
 
 
 
 笑顔と笑い声に包まれた空間。
若井はジョッキを片手に、それを眺めながらもどこか上の空だった。
 
 数日前のバーでの出来事が頭から離れない。
元貴の足の感触、指先を舌で這われた熱。
そして、何も言わず去っていったあの背中。
 
 
 
 (……また、思い出してる)
 
 
 
 そんな自分に嫌気が差した。
 
 
 
 
 ⸻
 
 「若井くんさー、最近彼女とどうなの?」
 
 
 
 スタッフの一人がニヤニヤしながら尋ねてきた。
 
 
 
 「……めっちゃ、かわいいっす」
 
 
 
 そう答えると、周囲から「おー!」や「ヒューヒュー!」と歓声が上がった。
 若井は照れ笑いを浮かべたが、その瞬間、向こうの席から視線を感じた。
 
 元貴がこちらを見ていた。
笑っているわけでもなく、怒っているわけでもない。
ただ静かに、獲物を観察するような目で見ている。
 
 
 
 「今日の若井、いい調子だねぇ」
 
 
 
 隣の席の藤澤が元貴に声をかける。
元貴はわずかに笑った。
 
 
 
 「……そうだな」
 
 
 
 その笑みは、他人には気づかれないほど微かなものだった。
 
 
 
 ⸻
 
 打ち上げの席が進むにつれ、若井は酒が進んだ。
笑い声に混じってジョッキを空ける。
でも、心の奥がどうしても落ち着かない。
 
 
 
 (……元貴、なんであんな目で見てくるんだよ)
 
 
 
 答えの出ない問いが頭の中でぐるぐると回る。
酒が回るのが早かった。
気づけば、若井はテーブルに突っ伏していた。
 
 
 
 ⸻
 
 「……若井くん、ちょっと酔い潰れちゃったかな」
 
 
 
 スタッフが心配そうに言う。
 
 
 
 「俺、若井送るわ」
 
 
 
 すっと声を上げたのは元貴だった。
 
 
 
 「大丈夫? 重いよ?」
 「慣れてるから」
 
 
 
 そう言って、元貴は若井の腕を肩に回した。
 
 
 
 タクシーの後部座席で、若井は元貴に寄りかかっていた。
首筋にかかる若井の吐息がくすぐったい。
元貴は黙ってその重みを受け止めた。
 
 
 
 (……やっと、俺のところに戻ってきた)
 
 
 
 誰にも見えない夜の闇の中で、元貴の唇が僅かに上がる。
若井の存在が、胸の奥の支配欲を静かに満たしていく。
 
 
 
 ⸻
 
 若井のマンション前に到着すると、元貴は酔った若井を支えながらエレベーターへ。
エレベーターの鏡に映る二人の距離の近さに、元貴の心臓が静かに高鳴った。
 
 
 
 「はぁ……元貴……ありがと……」
 
 
 
 若井が低く呟いた。
その声が熱を帯びて耳に触れる。
 
 部屋の前に着くと、若井のカバンから鍵を取り出し、元貴が鍵を開けて中へ入れた。
だがその瞬間、バランスを崩した若井が元貴に倒れ込む。
 
 
 
 「ちょっ……若井、重い……」
 
 
 
 元貴の鎖骨付近に、若井の唇がかすかに触れた。
吐息がかかり、背筋がぞくりとする。
 
 
 
 「……っ」
 
 
 
 元貴は思わず息を呑んだ。
 
 
 
 「……あ、ああ、ごめん」
 
 
 
 若井はふらふらと立ち上がり、ソファに腰を下ろした。
 
 
 
 「……水、飲める?」
 
 
 
 元貴は買ってきたペットボトルを渡したが、若井は首を振った。
 
 
 
 「今は飲む気になれない……」
 「じゃあ」
 
 
 
 元貴はボトルの水を口に含み、そのまま若井の唇へ口移しで流し込んだ。
 
 
 
 「……っ、ん……」
 
 
 
 驚きに目を見開いた若井。
二口、三口と水を飲ませたあと、元貴の手が若井の頬に添えられる。
 その瞬間、若井の腕が元貴を強く抱き寄せた。
 
 
 
 「んっ……!」
 
 
 
 口の端から漏れる水と唾液。
激しく、執拗なキスが始まった。
 元貴は目を閉じながら、心の奥で呟いた。
 
 
 
 (……ほら、やっぱりお前は俺がいないとダメなんだよ)
 
 
 
 舌が絡むたびに、若井の呼吸が荒くなる。
元貴の中に、静かで確かな支配欲が満ちていった。
 
 
 
 
コメント
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いい感じになってきた(*•̀ᴗ•́*)!!