テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#異世界転生
#婚約破棄
#ハッピーエンド
千椛
リオンの村を出て、アトキンズ王国の最も端にある街、リベラを目指す。
これまでと同じ旅。一つ変わったことがあるとすれば、食事の後や馬を休ませる為の小休憩の際に、レジナルド君が剣を振るようになったこと。
「ふっ、はっ!」
「腕が下がっているぞ」
「はいっっ」
グラディスさんに指摘されて、レジナルド君が慌てて姿勢を正す。
剣の基礎は、まずは正しい姿勢、持ち方から。
誰しも疲労が溜まると腕が下がったり、腕の振り、剣の持ち方が雑になったりしてしまう。
そうならないように腕の力を鍛えて、正しい剣の振り方を最初に叩き込むそうだ。
少しだけ、レジナルド君が羨ましい。
私がランドルさんと二人で食事の後片付けをしている間、彼はグラディスさんから付きっきりで指導されている。
「ごめんね、お父さんを独占してしまって」
ランドルさんに声を掛けられても、私は何も答えることが出来なかった。
気にしていませんとは、とても言えそうにない。
私の視線は、気付けばグラディスさんを追っている。
「そ、そうだ。私からも、何か教えられることがあれば教えてあげよう。読み書きとか……」
「読み書きなら、大丈夫です」
「そうなのかい?」
「はい。出来ますから」
ランドルさんには申し訳ないが、これでも一応は貴族の娘だ。
読み書きに不自由したことは無い。
親しく話をする相手も居ないあの家で、本だけが私の友人だったと言っても良い。
「なら、計算……」
ランドルさんの申し出に、ゆるりと首を振る。
計算に至っては、おそらくこの世界ではトップクラスと言っても過言では無いだろう。
なにせ、私には前世の記憶があるのだ。この世界の計算と前世の計算では、それこそ算数と数学くらいの開きがある。
「ひょっとして、計算も出来るのかい?」
「はい」
私が頷くと、ランドルさんは驚きに目を見張った。
しまった、この世界では平民の子供は計算は勿論、読み書きも出来ない子が多いんだった。
計算なんてどこで覚えたんだって言われたら、どう答えればいいのだろう。咄嗟にグラディスさんの方を見遣る。
「ああ、いや。別に詮索するつもりは無いから。そうかぁ、でもそうなると、私が教えてあげられることは、何も無いなぁ」
そう言ったランドルさんの表情は、少し申し訳なさそうなもの。
私、そんなにしょんぼりとしていたのかな。していたかもしれない。
「あの、良ければ旅のお話とか聞かせてもらえませんか?」
「おお、そうだね。どこの話がいい?」
「ボロミアの話や、これから向かうリベラの街の話が良いです」
私とグラディスさんが親子として暮らす予定の国、アトキンズ王国の隣国ボロミア。
ランドルさんはボロミアの王都に本拠地を構える商会を営んでいると言うから、ボロミアのことにはきっと詳しいのだろう。
それに、これから向かうリベラの街。事前に情報を得ておけば、滞在中にも何か役に立つことがあるかもしれない。
「ボロミアに、リベラの街かぁ。リベラの街はアトキンズ王国の一番端にある街だから、とても大きい冒険者ギルドがある街なんだ」
「国の端だと冒険者ギルドが大きいんですか?」
「それだけ中央から離れているということだからね。魔物の動きも活発になってくる」
なるほど。辺境に行けば行くほど、危険も多い。だからこそ、冒険者にとっては活躍の場なのだろう。
「リベラの街では、数年前にワイバーンの発生する大事件があってね。その時にワイバーンを仕留めたのも、冒険者パーティーだと言われている。あの街では冒険者に憧れる子供も多いんだ」
「そっか、冒険者が憧れに……」
ワイバーンは滅多に人里には姿を見せない危険度の高い魔物だ。
それが現れたとなれば、かなりの騒動になるだろう。
翼を持つ飛竜だけに地上からの攻撃は届かず、運良く致命傷を与えられたとしても、自慢の翼ですぐに逃げられてしまう。
ワイバーンを討伐するとなれば、本来であれば相当大がかりな軍勢が必要なはずだ。
「ああ、ボロミアにも冒険者は大勢居るよ。なにせ、ボロミアはあの”魔の森”と接しているからね」
魔の森と言われて、ゾクリと背筋が震えた。
小説『不遇聖女のシンデレラストーリー』にも登場する、辺境の地。
魔物が数多く発生し、やがては魔物の大群が瘴気を呼ぶ。大陸全土を脅かす大恐慌の引き金となった土地だ。
そうか、これから私達が行く国は、そんな所にある国なんだ……小説の知識と、実際の地理とを重ね合わせて、ようやく実感する。
「怖がらなくても大丈夫、魔の森と接している辺境の街イグナーツは、別名冒険者の街とも呼ばれているんだ。それに、イグナーツにはボロミアで一番の騎士様がいらっしゃる」
「一番の騎士様?」
「そう、辺境伯ダーレン・イグナーツ様だ」
イグナーツの街は、私とグラディスさんが目指している街だ。
そこの領主様が、ボロミア一の騎士様と呼ばれている方なのだろうか。凄い人なのかな。
グラディスさんも、イグナーツの街の領主様は信用のおける人だと言っていた。
「冒険者の街に、国一番の騎士様か。凄い街なんですね、イグナーツって」
「ああ。二人はイグナーツに向かっているんだったか?」
「はい」
私の答えに、ランドルさんが目を細めて笑う。
恐ろしい魔の森に接した土地であっても、冒険者であるグラディスさんにとっては昔懐かしいホームグラウンドであり、優れた領主様が居る街だ。
恐れているばかりでは始まらない。
ふと、未だに剣を振っているレジナルド君と、その様子を真剣に見守るグラディスさんの姿が目に入った。
さっきまでは、確かにグラディスさんに相手してもらえるレジナルド君が羨ましいと思っていた。でも、今は違う。
「あの、グラディスさん……!」
思い切って、グラディスさんに声を掛けてみる。
鼓動が高鳴り、心臓が飛び出してしまいそうな気がしてくる。
落ち着いて。ちゃんと、話をしなきゃ。
「カレン? あ、ああ、そうだな。そろそろ出発の準備をしないと……」
慌てて修行を切り上げて出発準備に取りかかろうとするグラディスさんに、ゆっくりと首を振る。
「え、あ――…そうだな、レジナルドにばかり構っていないで、次の街に着いたら、カレンと買い物にでも……」
私はそんなに寂しそうな顔をしていただろうか。
そりゃ、グラディスさんが一緒に街を歩いてくれるなら、こんなに嬉しいことは無いけれど。でも、今言いたいことは違う。そうじゃない。
「あの……私も、グラディスさんに剣を習いたいです!」
そう。これから冒険者の街で暮らすなら、ただグラディスさんを待っているだけじゃなくて、私も一緒に冒険に出たい。
少しでも、彼の役に立ちたい。彼と一緒に居たい。
そんな期待を込めて、願いを口にする。
グラディスさんはあんぐりと口を開けて、目を瞬かせた。
「ダメ……ですか?」
「いや、ダメなことは無いけど……でも、良いのか?」
グラディスさんが戸惑いがちに腰を屈め、私の髪を撫でる。
彼の中では、私は守るべき対象。貴族のご令嬢であり、剣を持って戦うなど、考えられないのだろう。
私だって、戦うのは怖い。
これまでに剣なんて持ったことも無い。
だからと言って、全てをグラディスさんに任せて彼の帰りを待つだけの生活なんて、耐えられる気がしなかった。
「私も、グラディスさんと一緒に冒険に行きたいです。今は足手まといでも、いつかきっと、強くなりますから」
「カレン……」
小説の中では、聖女が自分で戦った描写なんて一切存在しない。
それでも、小説のストーリーから外れて彼と共に生きるならば……これからの人生の為に、私は自分で一歩を踏み出すことにした。
「よろしくお願いします!」
頭を下げたなら、小さな笑い声と共に、くしゃりと髪を撫でられた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!