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私が剣を習いたいとグラディスさんに申し出た日から、時間がある時には私とレジナルド君が並んで剣を振るうことになった。
両腕には疲労が溜まり、食事をする時にもフォークを持つ手が震えてしまう。
そんな私を、グラディスさんが心配そうに見つめている毎日だ。
レジナルド君も居る手前、私にだけ甘くする訳にはいかないのだろう。指導をしながらずっと戸惑いの表情を浮かべているグラディスさんが、なんだか可愛く思えてきた。
身体を動かしているおかげで、夜はあれこれ思い悩むよりも先に、すぐに寝付けるようになった。
暗闇や、些細な物音に怯えることも無い。気付けば朝の繰り返し。
グラディスさんの修行は、かなり厳しい。
精神年齢が見た目よりも上な私は黙々と修行に打ち込めているが、いまだ幼いレジナルド君にとっては、かなり辛いはずだ。
だが彼は自分よりも後に始めた、しかも女の私が何も言わずに淡々と打ち込んでいるのを見て、泣き言も零さずにひたすら練習に明け暮れている。
どうやら私という存在は、彼にとっても良い刺激になったらしい。
アトキンズ王国の最西端リベラの街に着く頃には、二人とも掌がすっかり硬くなっていた。
「結構列が出来ていますねぇ」
リベラの街の関所には、審査を待つ人がずらりと並んでいた。
ここまでアトキンズ王国の西部を横断してきたが、関所がここまで混雑している光景は初めて見た。
「審査にはそれほど時間は要していないようですが……ああ、いや、人によるのかな?」
ランドルさんの呟きに目を凝らせば、すぐに通過出来る人とそうでは無い人とに分かれているようだ。
僅かな不安を感じて、グラディスさんを見上げる。
彼は無言のまま、難しい顔で関所を見据えていた。
「カレンをそちらの商隊の子供ということに出来るか?」
「え? え、ええ、それはまぁ、可能ですが……」
「商隊の一家に俺が単身護衛に付いているという方が、審査も楽だろう」
グラディスさんに言われて、私はレジナルド君と並んで荷馬車の後方に座ることにした。
淡い灰色の髪を持つランドルさん親子と、ホワイトブロンドの私。旅装のフードを被り荷馬車の幌の下に居れば、それほど違和感は感じない。
「次」
「はい、ボロミアから来ましたキーナン商会の者です。私の子供と、護衛の冒険者が一緒です」
門を守る兵士に促され、ランドルさんが商業ギルドの会員証を提示すると共に、打ち合わせていた内容を告げる。
兵士の視線が幌馬車の中に向けられ、一瞬目が合った気がした
「常宿はあるか?」
「いつも緑の風亭にお世話になっています」
「そうか。行っていいぞ」
兵士に言われて、ランドルさんが馬に鞭を入れる。
無事に関所を通過することが出来て、不思議と安堵の息が漏れた。
ふと一人馬上のグラディスさんを見遣れば、眉間に皺を寄せていた。
審査待ちの時間が長くて疲れてしまったのか、それとも何か思うところがあるのだろうか。
「さぁ、緑の風亭はこちらです」
ランドルさんがいつも泊まっているという常宿に向かいながらも、少しだけその表情が気に掛かっていた。
リベラの街はアトキンズ王国の最西端に位置する通商の要。
行き交う商人も多く、街は活気に溢れている。
ランドルさんの常宿「緑の風亭」は大通りにほど近い場所に有り、宿も賑わいを見せていた。
ランドルさん親子と私達親子とで一部屋ずつを確保し、グラディスさんと部屋に入る。
「この街を過ぎれば、もう国境ですね、グラディスさん」
「ああ」
窓を開ければ、澄んだ空気が流れていく。
街の向こうに大きく聳え立っているのが、ボロミアとの国境に位置するリベラ砦だろう。
窓際に立って外を眺めていたら、すぐ後ろにグラディスさんの気配を感じた。
「グラディスさん?」
「お父さん、だろう」
「二人きりの時もですか?」
「一応な……まぁ、この街に居る間は、ランドルさんの娘と思わせておいた方が良いのかもしれないが」
グラディスさんが手を伸ばして、パタンと窓を閉じられてしまった。気持ちの良い風だったのに、残念。
でも確かにランドルさんの娘が護衛の冒険者と一緒の部屋に泊まっているというのは、おかしな話だよね。そこまで細かく見ている人は早々居ないだろうとは思うけれど、用心するに超したことは無い。
「それよりも、手、見せてみろ」
「手?」
グラディスさんが私の右手の掌を擦る。真っ白な肌が僅かに黄ばみ、硬くなっている。
「もう少ししたら、肉刺が出来てくるな」
「それまで、頑張ります」
ううん、それからも、かな。
私がそう言って笑ったら、グラディスさんは少しだけ眉を寄せていた。
「お父さん?」
「別にカレンが頑張らなくても、俺が居るから大丈夫なのに」
そう言ったグラディスさんの顔は、少しだけ拗ねたような、寂しそうな表情を浮かべていた。
あれ? ひょっとして、私が自分で自分の身を守る為に剣を習い始めたと思っているのかな?
「あの……グラディスさん」
「ん?」
少し硬くなった私の掌を摩りながら、グラディスさんが答える。
「私が剣を習いたいって言ったの……グラディスさんと一緒に、冒険に出たいからなんです」
「……それって」
「私も、冒険者になりたくって」
顔を上げたグラディスさんと、視線が交差する。
驚き、見開かれた翠色の瞳に、にこりと微笑みかける。
「イグナーツの街で一緒に暮らすようになって、毎日グラディスさんの帰りを待つ……のも良いけど、それよりも、冒険に出る間も一緒に居られたらもっと楽しいだろうなって」
「そ、そうなのか」
「はい。グラディスさんと、ずっと一緒に居たいんです」
笑顔で告げたら、グラディスさんが再び掌に視線を落としてしまった。
俯いた彼の耳が、僅かに赤らんでいる気がする。
あれ? 私、今何て言った?
なかなかに恥ずかしいことを口走ってしまった気がするのだけれど……。
毎日グラディスさんの帰りを待つって、まるで新婚夫婦みたいな――…、
………………。
か、考えすぎだよね。
いくら何でも、子供の私にそう言われて、グラディスさんが照れているなんてことは有り得ない。
そう、だって彼は私のお父さんになる人なんだから。
跳ね上がりそうになる鼓動を落ち着かせ、ゆっくりと息を整える。
「これから先、剣を振れば振るほど、手に肉刺が出来ると思うから」
「そう、ですよね。潰れちゃったりもするのかな」
「剣術用の手袋でも、買いに行こうか」
「はい!」
ランドルさんはリベラの街で商談を行う予定が有り、出立は明後日の予定だ。
明日は一日、のんびりと買い物をする時間がある。
「買い物に行く約束もしていたし、少し街を見て歩こう」
「楽しみです」
買いに行く物が剣術用の手袋というのが何とも色気の無い話だけれど、二人でのお買い物だもん。
明日が待ち遠しいって思ってしまうのは、きっと仕方の無いことだよね。
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千椛