第13話
あらすじ
ぐっと離れてしまった三人の距離。
しかし、運命は三人を再び引き寄せる…
13-1 〜崩れる均衡〜
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ーあの日から1ヶ月後ー
若井は、今日も朝から大森に渡すためのハーブティを作っていた。
こんな事をする意味はあるのだろうか
あまりに努力が実らないので、虚しさばかりが大きくなっていく。
この前 藤澤とも話したが、大森がこれほど膠着状態を続けるとは思ってなかった。
藤澤の方でも色々と試行錯誤しているようだが、効果が見えない。
若井は、もうそろそろ限界だった。
だが 限界だからと言って、打開策が思いつく訳でもない。
しかし、あっさりと大森を諦められる訳も無かった。
若井は、付箋をひとつ取ると 大森を元気づけるためのメッセージを書く。
『今日も』
若井の頬から涙が零れる。
付箋が涙で濡れた。
今日も大森は、心を開いてくれないのだろうか。
よりを戻さなくたっていい。
前みたいに心から笑ってくれるだけでいい。
若井は、しばらく蹲って泣いた。
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ー昼11時頃ー
若井と藤澤はラジオ収録の為に、スタジオに来ていた。
しかし、大森の到着が少し遅れている。
それでも収録スタッフは 収録を行えるようにと、忙しく動き回っている。
若井の目の前で、収録スタッフが “この予定を移動すればここまで待てる” と熱弁する。
しかし、相手のスタッフが “それだとこの収録に影響が出る” と言い返す。
結果、二人して頭を抱えてしまった。
正直、肩身が狭い。
藤澤も若井も 出来るだけ邪魔にならないようにと、小さくなって座る。
待機ブースの扉が勢いよく開くと、 ミセスのマネージャーが、走って来た。
そして、最悪な報告する。
「すみません…まだ連絡取れなくて」
収録スタッフが、さらに絶望的な顔をする。
「まじすか…えっと、大森くん家からここまでは…?」
マネージャーが早いテンポで返す。
「20分はかかります」
明らかに、現場の雰囲気が悪くなる。
少なくとも20分は押すという事だ。
しかも、連絡も付かない状態。
実際、どれくらい押すのかは誰にも分からない。
藤澤の後ろから、声量を抑えた怒鳴り声がする。
「石口に迎え行かせてんだろ!?何やってるんだ!!」
ミセスのスタッフにも焦りが見えてきている。
相手のスタッフが切羽詰まった様子で答える。
「それが…ドアチェーン掛かってて入れないみたいで…」
収録のスタッフが吐き捨てる。
「そんなの壊せよ」
若井と藤澤は背筋を伸ばして、座っていた。
この空気、どうにかしなくては…
しかし二人にも、どうしようもない。
部外者が余計に口を出したって、状況を悪くするだけだ。
二人に残されている選択肢は “ただ謝る” それ以外ない。
若井は、ちらりと藤澤を見た。
藤澤は背筋を伸ばして、まっすぐ前を見つめている。
若井は今、謝るべきか迷っていた。
いやむしろ、謝らない事への罪悪感に潰されそうになっていた。
さっさと謝ってしまおうかと、浅はかな考えが浮かぶ。
とりあえず、すみませんくらいは言った方がいいかもしれない。
若井が覚悟を決めて、そっと息を吸う。
しかし、藤澤の手が膝を抑えた。
藤澤が前を見たまま、小さい声で言う。
「今じゃない」
若井は小さい声で返す。
「とりあえず謝った方が…」
藤澤が軽く頭を振る。
「とりあえずなら尚更、今じゃない。
落ち着くタイミングがあるはずだから…待とう」
若井は頷くと、再び耐える。
藤澤が一緒に居てくれて良かった。
一人だったら、泣いていたかもしれない。
すると、収録ブースの扉が再び開く。
安定感のある野太い声が響く。
「おつかれちゃーん」
収録スタッフ達が一斉に振り返る。
このラジオのプロデューサーを務めている沼津の声だ。
藤澤が ぱっと立ち上がるので、若井も同じように立ち上がった。
藤澤が緊張をしながら沼津を見つめる。
沼津は収録スタッフ達に指示を飛ばした。
「とりあえず、40分まで待とうか。
間に合わなかったら、二人で収録しちゃうか…取り直しだね」
沼津は若井と藤澤を見る。
「どっちにする?」
藤澤が即答する。
「間に合わなかったら、二人でやらせてください」
藤澤にとって、これが模範解答だ。
二人で収録することはミセスにとっては痛手だが、ラジオ局への影響は少ない。
だが 取り直しとなると、予定を開けて貰う事になる。
それは、ラジオ局にとっても痛手だ。
沼津は笑顔になると頷く。
そして、再び収録スタッフに指示を飛ばした。
「よし、40分から収録!!準備しようっか!!」
現場は予定が固まったからか、一気に雰囲気が柔らかくなった。
藤澤が若井にアイコンタクトする。
“謝るなら、いま”
若井は、そっと頷くと二人で頭を下げる。
「ご迷惑お掛けしてすみません!!」
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それから ミセスのスタッフは定期的に、大森に連絡を入れ続けた。
しかし、やはり連絡が付かない。
若井も藤澤も、少しづつ違和感を感じて来ていた。
スタッフの声色も、心配の色を滲ませ始める。
「本当に出ない…?何度か切ってかけ直した?」
相手のスタッフも頷く。
「はい、石口も何度もインターホン押してるみたいなんですけど…」
すると、一人のスタッフが呟いた。
「倒れてる…とか」
空間に緊張が走る。
十分、ありえる。
誰もが、そう思った。
スタッフが言う。
「え、そしたら…どうしよう」
他のスタッフも会話に加わる。
「本当にドアチェーン壊しちゃいますか?」
藤澤は指で唇を擦りながら、会話に入る。
「いや、確か…そういうのって親族とかじゃないと駄目なんじゃ…」
若井が被せるように言う。
「え、法律的な話?」
藤澤は、首を横に振る。
「例えば…業者とか呼ぶにしても、どちら様?みたいな」
スタッフが口を挟む。
「え、でも…鍵もってるのに?駄目なの」
藤澤は、確かにという顔をする。
「あー…そっか」
しばらく沈黙が流れる。
本当に、大森が倒れてるのではと心配になってきた。
すると、再び待機ブースの扉が開く。
ミセスのスタッフが慌てた様子で入ってくる。
口を開くが、驚く程に言葉が詰まる。
「あ、あ…あの」
二人は、一気に緊張が高まった。
もしかして、本当に倒れてたのか?
「今…い、石口から連絡が…」
そういうとスタッフは緊張した様子で、生唾を飲み込む。
その様子に 二人は胸が張り裂ける思いで、次の言葉を待った。
「その…あ、あの…」
スタッフの踏ん切りが、なかなか付かない。
他のスタッフも むず痒さに、そわそわとしだす。
「大森さん…間違って…」
そういうとスタッフが、緊張からか引き攣った笑顔を浮かべた。
「マンションから落ちたらしいです」
藤澤は、頭が真っ白になった。
身体から血の気が引くと、倒れかける。
若井が隣で呟いた。
「間違って…?」
藤澤は、わけも分からないまま単語を繰り返す。
「な、な…え?」
若井が そのスタッフに縋るように腕を掴む。
「何階から!?」
しかし、スタッフは顔を振る。
「まだ、そこまでは…」
藤澤も、重ねるように言う。
「生きてはいるんだよね!?」
しかし、スタッフは曖昧な笑いを浮かべて答えた。
「…たぶん」
つい若井が叫ぶ。
「多分ってなんだよ!?」
そういうと待機ブースから、出ていこうと走り出す。
藤澤は、それを追いかけて止めた。
「な、まって!!俺たちが行っちゃだめでしょ!!」
若井は、聞いた事もないほど悲痛な声で叫ぶ。
「だって!!…元貴が!!」
藤澤は、若井の背中を擦る。
「気持ちは分かるよ!分かる!!でも収録やらないと!!」
すると、プロデューサーの沼津が近づいてくる。
二人を見ると、静かに言う。
「こっちの事はいいから、行ってあげなさい」
若井は理解した瞬間、待機ブースから飛び出した。
藤澤は若井を瞳で追いながら、沼津にお礼を言う。
「あ…!!すみません!!ありがとうございます!!」
そういうと藤澤も若井を追いかけた。
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二人はタクシーを呼ぶ。
石口から伝えられた病院名をドライバーに伝えた。
若井が焦った様子でドライバーに聞く。
「何分くらいかかりますか!!」
ドライバーは運転しながら答える。
「あー…高速使っていいなら30分くらい…かね」
若井は泣きそうになりながら答える。
「使ってください…なんでも、いいから…いそいで」
藤澤は 若井の様子でやっと実感が湧いてきた。
そっか、下手したら着いた頃には…
藤澤の身体が震える。
いや、そんなはずない
だって… 昨日まで普通に
若井が座りながら頭を抱えると、囁く。
「頼む…頼む、元貴」
藤澤はその声で、鼻がツンとなる。
もしかしたら
そんな事、考えたくもないのに
震える声で若井を慰める。
「大丈夫だって…何とも…ないよ」
しかし、藤澤も涙が止まらない。
頬をとめどなく、濡らす。
「案外…やっほー みたいな感じかもよ?
むしろ収録、飛ばしたの…怒られるかも」
藤澤は、 途中から自分に言い聞かせていた。
そうであってくれ
頼むから。
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二人の様子に ドライバーは急いでくれたのか
25分で病院に到着した。
精算は先に済ませてあるので、二人とも転がるようにタクシーから降りる。
若井は病院の自動扉をくぐると、受付に走った。
受付にいる女性に話しかける。
「あ、あの!!」
しかし、何を言っていいのか分からない。
「あ、会いたい人が…」
若井は混乱しながら喋る。
対して女性は、冷静な声で返答した。
「どちらの病棟ですか?」
若井の頭は、さらに混乱を極めた。
「び、病棟…いや、え、えっと」
藤澤が後ろから受付の女性に伝える。
「今さっき、搬送されたばかりなんです」
受付の女性が頷く。
「あー…それでは、この用紙に搬送された方の名前を書いてください。」
女性が付箋をめくると、若井に手渡す。
若井はペンを取ると急いで、名前を記入した。
手が震えて上手く書けない。
『大森』まではかけたが、正直読めない。
見かねた藤澤が横から、ペンを取ると変わりに名前を記入する。
「若井、大丈夫だから。深呼吸して」
若井が、震えながら頷く。
藤澤は、もう悪い想像はしないようにした。
自分まで崩れたら、もっと悲惨だ。
若井を支えないと
藤澤は 大森の名前を書いて、女性に渡した。
受付の女性は、それを受け取るとパソコンに向かう。
しばらく、何やら操作すると 立ち上がる。
そして、今度は固定電話でどこかに連絡を取り始めた。
隣の若井が 待ちきれないように、カタカタと貧乏揺すりをする。
藤澤は若井の背中を、擦った。
女性の電話が終わると、こちらに歩いてくる。
「失礼ですが、本人との関係性は…どのような」
若井の身体の震えが強くなる。
「家族のようなもんです!!いいから会わせて!!お願いします!!」
悲痛な若井の声を受けても、受付の女性は冷静だ。
「ご友人でしょうか?」
藤澤は苦い気持ちになって、答える。
「そうです」
受付の女性は頷く。
「ご家族の方は?」
藤澤は顔を振る。
「いないです」
女性は受付前の椅子を示した。
「ただいま緊急処置中なので、そちらに座ってお待ちください」
そして用事が済んだように、別の作業を始める。
若井が呆気に取られる。
「え…それだけ?」
女性は目線も上げないまま、答える。
「治療が終わりましたら、医師から説明がありますので。どうぞ、おかけになってお待ちください」
藤澤もつい耐えられずに聞く。
「あ、あの、せめて元貴…大森の状況とか」
女性はパソコンを、操作しながら答える。
「すみませんが、そういうのはこちらに共有されてないんですよ」
若井は、耐えられず叫ぶ。
「なんで!!お前医者じゃないのかよ!!」
受付の女性は淡々と答える。
「私は事務員です。医師が後から来ますから」
若井は、唸り声をあげるとその場に蹲ってしまう。
藤澤は膝を折ると、若井を抱きしめるように支える。
「若井…信じて待とう」
若井を ゆっくり立ち上がらせると、受付前の椅子に座らせる。
若井は もう限界の様子で、呻くように泣き始めた。
大きな病院なので、周りの目線も集まる。
ほとんどが同情の目付きだ。
しかし 若井を取り乱した人間として、ではなくミセスだと分かって見ている視線も混ざっている。
そりゃそうだろう
二人とも変装なんてする余裕もなかった。
そのままの藤澤と若井だ。
藤澤は、若井の様子を伺う。
何やら ぶつぶつと呟いていて、相当不味そうだ。
藤澤は当たりを見渡す。
自販機は、ないだろうか
暖かい物を飲ませたい。
すると、目の着く場所に自販機がある。
藤澤は若井の肩を、そっと叩く。
「ちょっと飲み物買ってくるね…どっか行っちゃ、だめだよ?」
若井は頷かない。
ただ、震えるだけだ。
藤澤は出来るだけ若井から目を離さずに、自販機に向かう。
自販機には、ホッとするような飲み物が多く並んでいた。
自分と同じような行動をする人が多いんだろうなと、頭の片隅で思う。
藤澤はホットミルクティーとホットレモネードを購入する。
席に戻ると、若井に聞く。
「どっちがいい?」
しかし、若井は質問には答えずに呟く。
「絶対…俺のせいだ」
藤澤の心が、ぎゅっと痛む。
ミルクティーの蓋を開けると、若井の手に押し付ける。
「はい、飲みな」
若井は自問自答するように、続ける。
「無理矢理でも…」
藤澤は かける言葉も見つからず、ただ若井の背中を摩ることしか出来ない。
自分の不甲斐なさに、悔しさを感じる。
しばらく待っていると、受付の女性がやってくる。
後ろには白衣を着た男性もいる。
藤澤は、背筋を伸ばす。
恐らく医師だろう。
「大森さんのご友人ですか?」
男性が二人に話しかける。
「はい!!」
藤澤は大きく頷く。
医師が頷くと、言う。
「治療が終わったので、どうぞ」
若井が弾かれるように、立ち上がる。
「元貴は!大丈夫なんですか!!」
医師は柔らかい表情で笑うと頷く。
「大丈夫ですよ、ただ頭を強く打っているのでね。
まだ揺すったり、抱きついたりはやめてね」
若井はやっと笑った。
「あ…、よ、よかった…良かった」
藤澤も、心から安心した。
震える声でお礼を言う。
「ありがとうございます」
今更、涙が溢れてくる。
「本当に…ありがとうございます」
二人は医師に案内されて、一般の病棟へ向かった。
少し歩くと、ある病室に医師が入っていく。
若井は、少し駆け足で病室に入った。
部屋に入ると、意外と部屋は騒がしい。
大森の家族が和やかな雰囲気で、談笑していた。
それを大森が静かに聞いている。
若井が病室に入ってくると、大森の母親が嬉しそうに言う。
「あ、ほら若井くん…来てくれたよ」
大森は、しばらく母親の顔を見ていた。
1秒程の間を開けて、ゆっくりと若井の方を見る。
まるで、寝起きの時の元貴みたいだ。
若井は震える声で、大森の名前を呼ぶ。
「も、元貴…」
大森の顔を見たら 抱きつきたくなって近くに寄って行く。
しかし 医師の注意を思い出して踏みとどまる。
大森は、子供のような顔で若井を見つめた。
医師が、ゆっくりと大森に聞く。
「友達だよ、誰だか分かる?」
医師の質問に、若井の心が縮む。
まさか
大森はゆっくりと医師を見つめると、再び若井を見た。
若井は、その様子を息もせずに見つめる。
大森がゆっくりと言葉を発音する。
「…わかい」
若井は、ほっと息を吐き出した。
良かった。
医師は続けて、藤澤も指を指す。
「もう一人、遊びに来てくれたよ…誰かな?」
大森は藤澤を見ると、またゆっくり名前を呼んだ。
「…りょう、ちゃん」
藤澤が息を吐き出すと、つい叫ぶ。
「良かったぁ!!」
そのままの勢いで抱きつこうとしたので、若井と医者で止める。
藤澤は注意を思い出した様だ。
やべっという顔をすると、ぺこっと頭を下げる。
「あ、そ…うだった…すみません」
大森の兄が笑う。
笑い方が元貴に、そっくりだ。
「これ、びっくりするよね」
にこにこと 明るい雰囲気で話すので二人とも心が救われる。
兄は大森を見ると質問する。
「俺は?なんだっけ?」
大森がゆっくりと、兄を見ると答える。
「…お兄ちゃん」
兄は笑いながら首を振ると言う。
「名前、名前」
大森は首を傾げると、右上を見て考える。
「…あー、さ…さ、」
兄が、きっぱりという。
「ね、ひどいでしょ?」
両親が後ろで、くすくすと笑う。
大森も、釣られるようにくすくすと笑うと冗談を言う。
「…あ、さとしだ」
兄がすかさず、突っ込む。
「それ、ポケモン!!」
大森は両手で口を抑えてクスクスと笑った。
若井には、その笑顔が光のように感じた。
どんな事があっても、生きててくれて良かった。
若井は心からそう思う。
医師が、その様子を見ながら話し始める。
「まぁ、この様子だと…
比較的脳へのダメージは抑えられてますね。
この後CTもやって…それで今後の経過を見ていきましょうか」
医師は、一通り説明すると病室から出ていった。
藤澤は、医師を追いかける。
「あの…!!」
医師が振り返る。
「あの、聞きたいことがあって…」
藤澤はどうしても、大森がいない所で 話したい事があった。
若井も、後ろから付いてくる。
やはり、考えてる事は同じだ。
藤澤は 緊張しながら息を吸うと、質問する。
「大森は…どんな状態だったんですか」
医師は、頭を搔くと頷く。
「うん、君たちは聞くべきだろうね」
そう言うと、医師は辺りを見渡して笑う。
「まぁ、立ち話もあれだからね。
お茶でも飲みましょう」
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二人は落ち着いた部屋に、案内される。
医師が、コップを用意しながら椅子を示す。
「あ、お座りください」
藤澤と若井は、促された椅子に腰掛ける。
医師はお茶を入れると、二人の前に置いた。
「さてと…」
医師が 自分で入れたお茶を、ふーふーと冷ましてから一口飲む。
二人とも 何故か釣られて、コップを手に取った。
藤澤も、同じようにお茶を冷ましてから飲む。
どうやら、玄米茶のようだ。
香ばしい香りが鼻から抜ける。
医師が二人の様子を見ると、落ち着いた声で話し始める。
「彼がベランダから転落したのは、聞いているかな?」
若井と藤澤は目を合わせる。
藤澤は顔を振った。
マンションからとは聞いていたが、ベランダからというのは初耳だ。
医師は続けて話す。
「まぁ…彼の住居からだから、5階だね」
藤澤と若井は背筋を伸ばした。
そんな高さから、落ちたのか。
医師は二人の様子を見ながら、話を続ける。
「落ちた先が車の上だったんだよ。
しかも、たまたま停めてあった車だったらしい。
はっきり言うけど運が良かったね。
落ちた先がアスファルトだったら、こうはなってない。」
医師の声が少しだけ、固くなる。
「結果 彼は頚椎の損傷と、足の骨折、脳挫傷…主にこれくらいで済んでる。」
若井が、前のめりになる。
「それって、動けなくなるとか…」
医師は首を横に振る。
「うん、それがまだ断定…出来ない」
藤澤は身を引いて、息を吸う。
医師が、机の上で手を組む。
「頚椎の損傷や足の骨折は、そこまで酷いものじゃない。
全治3、4ヶ月程度だ。
それによる後遺症も少ないだろう。
しかし、問題は脳の損傷が大きい事だ」
医師は自分の脳を指さす。
「ここは、とても複雑でね…
さっき会った彼は、まるで子供の様だっただろう?」
若井と藤澤は頷く。
医師は、二人をじっと見る 。
「ずっと あのままでも、おかしくない」
若井は、ごくっと唾を飲み込んだ。
医師が、ふっと笑うと二人の緊張を解かせる。
「まぁ、長い観察が必要なんだ
君たちも支える側になるはずだから
今から、そんなに力んだら大変だ
ゆっくり、付き合って行くことになるからね」
藤澤 は頷く。
ゆっくり…
それはどれくらいの単位なんだろう。
数年なのか、十数年なのか
しかしまだ、若井には気になっている事があった。
と言うより、これが本題だ。
若井は口を開く。
「あの…大森は…」
若井は そこまで言うと、一旦言葉を切った。
ぐっと瞳を涙ぐませると、聞く。
「…ミセスの活動は続けられますか?」
医師は若井の顔を、じっと見ると答える。
「それは…今までと同じようには難しいだろうね」
コメント
22件
もっきーそれだけはやめてほしかったけど、生きてくれててよかったです🥹
大森さああああんんん!!! なんで落ちちゃったのー😭! ポケモンのくだり大好きです笑! 幼い大森さんからでしか得られない栄養が得られそうですね、、
大森さんついに………… どうか大丈夫であってくれぇ! あと大森さんのお兄さんと大森さんのポケモンのくだり好きです笑 続き楽しみです!