袴田の声を遮って、大声を出した緑髪の青年。しかも出てきちゃった、と謎めいたことをつぶやいていた。いったい何事だと思っていると、神…少年が言うにはバクゴーが唐突に烈火のごとく怒鳴り散らした。
「てめぇ出寿ぁぁ!!約束破って大遅刻かましやがって!舐めてんのか!?あ゙ぁ゙!!」
「ヒッ!?えええ!?なに!一体何ですか!?ていうか本当にバクゴー様!?」
どうやらバクゴーの方には面識があるようで、名前を呼びながらなおも怒鳴っている。一方で青年は興奮気味に顔を赤くし、謎に目をきらめかせて叫んでいる。袴田は謎の展開に意味が分からず暫く傍観していたが、自分を間に挟んで叫び合う二人(?)の喧しさに呆気なく限界が来た。
「そろそろ人を挟んで叫ぶのは辞めてくれるかな?私の鼓膜にも限度があってね。いったい何があった?こちらは完全に巻き込まれているんだ、説明責任くらい果たしてくれないか」
袴田が一息で言い切るとバクゴーは渋々と言ったように怒鳴るのをやめ、舌打ちをこぼす。それに青年は少しビクつきながらも、怒鳴り声がやんだことに一つ安堵のため息をつき、袴田に向き直った。
「えっと、すみません。僕も本当にこんな事があるんだと驚いてしまって…とにかく立ち話もなんですし、いったん中に入りましょう」
冷静になると気の回る賢い青年らしく、「案内します」と奥へ進んでいった。少年がちらりとバクゴーを見やると、またもや大きな舌打ちを一つして青年の後ろに続き、進んでいく。袴田はしばし逡巡した後、少年の背中に問いかけた。
「一ついいかい。君、名前は?」
慌てて振り返ると、青年はほほ笑んで答えた。その笑みは神職者らしく、大人びて柔らかいものだった。
「名乗り遅れてしまいすみません!僕の名前は、緑谷出久です。」
それを聞いたバクゴーはぎり、と歯ぎしりをして呟いた。
「そりゃあ、生きてるわきゃねえよな…クソ野郎」
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袴田たちは青年、出久のあとに続き神社の離れにある宿坊へとお邪魔していた。出久が入れたお茶を飲んで一息つくと今日一日、正しくはほんの数時間でたまった疲れが流れていくようだった。ずっとこうしていたい衝動にかられるが、現実逃避をしている暇はないことを思い出す。袴田は一つため息をつき、全くしゃべろうとしない二人に代わり、話し合いを進めることにした。
「先ずは改めて自己紹介から始めよう。このまま話を進めても、ややこしくなるだけだろうからね」
袴田の言葉に出久は居住まいを正す。バクゴーは一応出されたお茶にも手を付けず外を睨みつけていた。袴田はその様子を見て、まだ長くなりそうだと口を開いた。
「私は袴田維。バクゴーとやらはもう知っていると思うが、デザイン会社の社長をしているよ。今回のことはただ巻き込まれただけだから何も分からないが、私の身にも何か起きていることは確かだ。話だけでも聞かせてくれると助かる。よろしくね 」
改まった自己紹介に場の空気が引き締まる。次に「僕、次いいですか?」と出久がしっかりした姿勢で自己紹介を始めた。
「えっと、さっきも言いましたけど僕の名前は緑谷出久です。一応ここの神主をしています。年は20で、好きなものはカツ丼です!」
元気いっぱいな自己紹介に「誰も好きなんもなんざ聞いとらんわ」と野次が飛ぶ。相変わらず、出久はバクゴーの罵倒になれないようでビクリと肩を揺らしつつ、言葉を続ける。
「一応、今回のことで思い当たるここらの地域の言い伝えがあって、もう知ってる人も少ないけれど確か江戸時代くらいから続いてたはずです。その言い伝えに、悪さをする神がこの神社に封印されてるってあって…」
「なるほど、それが”バクゴー様”というわけか」
「悪さなんざしとらんわ!!」
説得力のかけらもない凶悪な顔で、バクゴーが吠えた。そういえば、と袴田がバクゴーに尋ねる。
「お前が先ほど叫んでいた『出寿』とは一体誰なんだ?というか色々聞いた上で改めて君は誰だ?」
すると、バクゴーは苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちをした。視線を少し彷徨わせると出久を指さして言った。
「それについてはコイツに聞くんが一番速えだろうよ」
いきなり振られた出久は、「ええっ!?いきなり僕?」といいつつ理屈は分かっているのか話し始めた。
「ええと…出寿という人とバクゴー様についてや、今起こってることの説明もバクゴー様の言い伝えを聞いたほうが早いかもしれませんね」
袴田はその言葉に頷き、さきを促した。バクゴーもハンッと鼻を鳴らして言う。
「話してみろや。その言い伝えってやつ」
出久は小さく頷き口を開いた。
「それじゃあ話しますね。ここに伝わる神様たちの言い伝えを」
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昔、この神社では一人の神様を祀っていました。といっても、バクゴー様ではなかったようです。その神様はここらへん一帯を治めていて、どんな人のどんな願いも平等にかなえてくれる。すごい神様だったそうです。 ですが、江戸時代の初期頃にある事件が起こりました。夜の神社で小競り合いをしたらしい連中が、殺傷沙汰にまで発展したようで、何人かがその神社の敷地でなくなってしまったんです。
それ以降、なぜかパッタリと神様が願いをかなえることはなくなりました。が、そのかわりのように神様に願った人たちの夢に不思議な男が出るようになったのです。その男は、薄い金髪に赤い目をしていて、自らを神と名乗っていました。それにしては態度が粗暴で横柄、極めつけに何か願っても「そんなもん自分で何とかしやがれ」と全く叶えてくれる様子もなかったそうです。 そうしていくうちに、神様がいなくなってしまった。代わりにおかしな魔物が住み着いた、と村に嫌なざわめきが広がっていきました。そしてついに決定的な出来事が起こったのです。
事の発端は一人の男がその神様に「長生きをしたい」と願ったことでした。神と名乗る男はやはり夢に現れて、小さく「橋…」とつぶやいたそうです。それを聞いた男は、橋に行けば何か良いことが起こるのではと神を信じて翌朝橋へと出向きました。そうしてしばらくした時に突然の突風が男の身を橋の向こうまで追いやりました。その瞬間橋は崩落し、濁流に噛み砕かれ木っ端微塵に流れていきました。そして男は、周りの人たちにそれを話しました。
「夢に出てきた神と名乗る男に殺されかけた」
というふうに。
そしてそれを聞いた人々は、やはり悪い魔物が住み着いたのだと怯えました。これを重く捉えた神職者たちがバクゴー様を封印しようとしたのですが、並大抵の者では力及ばず全く敵いませんでした。そこでバクゴー様の封印に成功したのが、出寿さん…僕のご先祖様です。もともとこの神社には神主は居ませんでした。しかし、例の殺傷沙汰をきっかけに警備人代わりとしても神職の者を置いたほうが良いだろうということになりまして、それに立候補し任されたのが出寿さんなんです。そして出寿さんはかなりの神力を持っていたようで、バクゴー様を1日のうちに封印してしまいました。それから375年、現在に至るまでの間バクゴー様が出てくることはありませんでした。
というのが、ここらの地域に伝わる言い伝えです。が、僕の家に伝わるものは少し違います。そして僕の家の言い伝えは出寿さんの手記によるものなんです。
そしてその手記には実はバクゴー様は、悪い魔物でもなんでもない、人の願いを”平等に”叶えんとする神なのだと記してありました。橋の件も、バクゴー様が橋に気をつけろと言ったのを男が早とちりして端に向かってしまったのだろう。とありました。そしてそれを救った突風はバクゴー様が起こしたものなのだ、とも。その手記からはバクゴー様への絶対的な信頼が感じられて、とても虚偽を記しているようには思えませんでした。最後の方のページは経年劣化で破れてしまっていて読めませんでした。ただ、一番最後の切れ端にはバクゴー様が復活したときは辛い食べ物でもてなしてくれと書いてありました。まるで友達に残した手紙のように。
これが、僕の知っているバクゴー様の言い伝えの全てです。
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