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カランコロンと軽快な音を響かせて、リクトが殺気立った面相で住宅街を爆走する。
足早に駅へと向かう会社員や学生さんがちらほら見える。
赤鬼のごとく顔を紅潮させたリクトは、走る速度をさらに上げる。
そんな彼を見た人たちが「うわっ」などの声を上げる。
今日は一世一代の大イベント。人の視線など気にしている場合ではない。
絶賛求職中のリクトは、肩パットてんこ盛りの黒いスーツを着込み、とある企業の採用試験を受けに向かっていた。
リクトが猛スピードで角を曲がった時だ。
体に衝撃を受けたかと思えば、百九十センチ近い彼の体が浮遊する。
しばらく宙を舞うと、背中から着地した。
頭をさすりつつ、上体を起こす。
蒼天を見つめながらリクトは考える。
何が起きたんだ? 可愛い女の子とぶつかるというイベントか?
残念ながら、衝突した相手は『トースター』を咥えた動物だった。
イノシシに酷似した獣がリクトを睨みつける。
短く太い首に支えられた長く幅広な頭部。
大きな体躯に細長い四肢。
三メートルはあろうかという獣が、リクトの行く手を阻む。
なぜトースターを咥えている? そこはトーストだろ……。
香ばしい獣臭の漂う風下にいるリクトが、ツッコミを入れながら未知の生物に視線を当てる。
「面接官か? これがウワサの圧迫面接というやつか?」
ただいまの時刻、午前九時五十五分なり。
刻々とせまる約束の時間。
「十時までに現地に到着しないと、俺の人生が終わる。面接でないなら早くどいてくれ」
否定か肯定か。
独り言のようなリクトの問いかけに、獣は鼻から息を吹き出した。
まったく動こうとしない獣。
リクトを挑発するかのように、二度三度と前足を地面に擦りつける。
ブロック塀に囲まれた細い道。獣との距離、およそ二メートル。
横をスリ抜けるスペースはあるが、動物には触りたくない。
助走をつけてジャンプするか。
ケリ飛ばしてみるか。
急がば回れ。いや、急がば回れ右だったか?
リクトは突破方法を模索する。
だが、引き返すなど、リクトに後ろ向きの選択肢はない。
両者一歩も引かず、しばらくの間、睨み合いが続いた。
緊迫した状況にもかかわらず、リクトの背後から一匹のネコが二足歩行で近づいてくる。
彼の眼前にポテっと横たわると、のんきに毛繕いを始めた。
これが合図だったのだろう。
リクトの周囲に次々とネコが集まってくる。
小道がネコ集会の開催場所だったのか。
気が付けば十匹を超えていた。
獣がジリジリと距離を詰めてくる。
ネコが危ないか……。
ふとリクトが見た腕時計は『9:59』を示していた。
リクトの頭の中でプチンと何か切れた音がする。
「お前らのせいで遅刻じゃねぇか……」
試験開始の十五分前に起床した自分が悪いのだが。
そんなことより救出だ。
ネコ全員が二本足で立っているのには少し驚いた。
リクトは慌てず騒がず、一匹、ときに三匹ずつブロック塀の上にネコを乗せてゆく。
リクトの手が止まった。
一匹だけ、やたらと目つきの悪いネコと目が合った。
まあ、いい……。
コイツらはネコじゃない。三味線だ。いや、イヌの皮も使われているのか?
そんなことを考えながら、リクトはネコの救出を続ける。
手がかゆい。涙が出る。リクトは動物アレルギーだった。
グズる鼻に丸めたティッシュを突っ込むと、黒いシャツに通した紫色のテカテカしたネクタイを絞め直す。
ドッシリと構えた獣に向かってリクトは走り出した。
微妙な履物のせいか。
0・五ミリの段差につまずいた。
体の拠り所をさがそうと、思わず伸ばした手が獣の頭部にヒットする。
強烈だったようだ。
獣は前足から崩れ落ち、やがて巨体が地面に沈んだ。
「なんだコイツは? 見たことのない動物だが……」
ジンマシンの出た手を見つめながらリクトは、試験会場に進路をとった。
「いいっすね。是非スカウトしたいっすね。ってか、スーツに下駄を合わせるなんて、とんだファッションモンスターっすね。あのお兄さんはアホなんすかね」
横たわる獣の巨躯に座った小柄な少女が、嬉々としてつぶやく。
丸コゲのパンをトースターから取り出す。
少女は黒々したクロワッサンをひと齧りした。
モスグリーン色をした髪の少女は、爆走するリクトの後を追った。
そんなこととは露知らず、リクトはひた走る。
体力には自信があった。五分以上もの間、全力疾走しても息があがることはない。
その甲斐あって、試験会場に到着する。すでに遅刻だが。
やはり試験はすでに始まっていた。
会議室らしき場所では、10名ほどの受験者がペンを走らせている。
リクトは空いている席につき、問題用紙に目を通す。
霊やら動物に関する問題ばかりが並んでいる。
試験も終盤にさしかかったころ、ここでようやく違和感を覚える。
ふと目にした問題の冊子の表紙には、こう書かれていた。
“ネクロマンサー認定試験問題”
「なん、だと……俺は試験会場をまちがえたらしい」
中途半端は性に合わない……。
大きな溜息をつくと、あきらめて試験を続行した。
問題をすべて解き終えたリクトは、肩を落としながら帰路についた。
しばらく歩いていると、背後から足音が聞こえてきた。
足音の主は、朝に遭遇した緑色をした髪の少女だ。試験会場から、リクトの後を尾けていたようだ。
少女は唐草模様の風呂敷包みを背負っている。
コントに出てくる泥棒という表現がシックリくるだろう。
包みから剣のようなものが突き出ている。武器だろうか。
尾行されていることを察したリクトだが、気づかないフリをして歩き続ける。
街路樹に隠れ、歩道に置かれた看板のうしろに少女が身をひそめる。
だが、リクトにはバレバレだった。
少女の背負う風呂敷がモロに看板からはみ出しているからだ。
リクトは、ふと立ち止まり、ズボンの後ろのポケットをまさぐる体を装う。
ゆっくりと振り返り、少女の様子をうかがってみる。
普通なら隠れるところだが、緑髪の少女は街路樹からひょっこりと顔を出す。
少女は何事もなかったように、リクトにとびきりの笑顔を見せた。
「聖剣エクスカリ棒―!」
ひと声あげた少女は、風呂敷包みから武器らしきものを引っこ抜く。
出てきたのは、焦げ茶色の棍棒だった。
大き目のフライドチキンにも見えるが、棍棒だ。
気づかぬフリが仇となってしまったようだ。
少女がリクトに襲いかかる。
「お兄さん、確保!」
リクトの背後で少女がジャンプをする。
振り抜いた棍棒は、しっかりとリクトの頭にヒットした。
リクトの後頭部に強烈な痛みが走る。同時、ピュルっと血が噴き出す。
リクトは気を失い、そのまま顔面から崩れ落ちた――。