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パリッと軽快な音がする。
バリッという空気の振動がリクトの鼓膜をつつく。
バリ島でバカンスを楽しむフランス人か! と突っ込みたくなるほど、パリバリなリズムが踊り狂う――。
迫りくるパリバリ音で目を覚ましたリクトは、治療室らしき場所にいた。
人間用とは到底思えない、小さいベッドに乗せられている。
状況を確認しようとするも、視界がボヤけて良く見えない。
やたらと小さな酸素マスクがふたつ、目に装着されているからだ。
ブラ状になった酸素マスクをずらし、鏡に映る己の姿を検める。
この小振りなマスクはアベノマスクか?
なんとかライダーブラックになったのか?
ブチブチ言いながら慌てて腹部を確認するが、変身ベルト的なものは装着されていなかった。
リクトはホっと胸をなでおろす。
ふと、室内に目を配ると菓子袋を抱えるウルフボブヘアの少女と視線がぶつかった。
赤いスウェットを着た少女が「ギョッ!」と声をあげる。
慌てて部屋の隅まで後退する動きは、さながらアメリカザリガニ。
少女はリクトの許に、再び歩み寄る。
このザリガニ少女が煎餅とポテチを交互に食し、寄せては返す波のように、リクトの耳元でパリバリな音波攻撃をしかけていたのだ。
お前な……。
リクトは、苦虫をかみつぶしたような顔で少女を睨みつける。
体をクネクネと曲げながら、少女が更に近づいてくる。
クリっとしたモスグリーンの大きな目を輝かせ、ウェ~イ! とか言いそうな動きでリクトに声をかける。
「ウェ~イ! 目が覚めたようっすね!」
本当にウェ~イって言ったよ、コイツ。
ビブラートまでかけてきやがった……。
リクトは目頭をおさえて頭をたれる。
気を取り直してマキネに視線をあてた。
「なんだお前は?」
「あんだチミはってか? そうです。ウチが外国からきた変な少女です!」
異国情緒あふれる少女の髪の色は、瞳と同じモスグリーン。
スウェットの袖から伸びる指は細く長い。
手入れの行き届いた白い肌や爪が艶々と輝き、清潔感を漂わせる。
ハキハキと喋るが、甘えた声だ。
じっとしていればロリ系美少女の部類に入るだろう。
「外国といっても、フランスのほうですけど」
赤いスウェットのファスナーをジコジコしていた手をとめると、少女は自身の胸元の文字“おフランス!”を指でさす。
消防署のほうから来ましたという、詐欺的なアレか?
リクトの頭の中で疑念が渦巻く。
「いろいろ突っ込みたいが、まあいい。ところで、ここはどこだ?」
「動物病院っすよ」
獣臭がする。
少女がパクついているドッグフード(高齢犬用)の匂いか。
ひんやりとした室内には、消毒液のような鼻を突く臭いも充満していた。
「俺はなぜここに?」
「一時間ほど前によう~、めでたくアンタは気絶したんだよう~。そしてここはあの世だよう~。ウェ~イ!」
手をピストルのような形にすると、少女は再びクネクネと体を動かす。
眉間に指を添えてリクトは考える。
先ほどの出来事が頭の中を駆けめぐる__
家路につく途中、リクトは後頭部に強烈な痛みを覚えた。
目から星が飛び出たことは記憶にある。
だが、あとのことは忘却の彼方へ飛び去っていた。
「俺は死んだのか?」
「残念ながら死んでないっす。気を失っていただけっすね」
「なんで俺は気絶した?」
「ゴリラに頭を踏まれたからっす」
「なぜ俺の頭にコブが二つもある?」
鏡に映る己の姿を、しごく残念そうにリクトは眺める。
目を細めてよく見ると、コブの上に小さいコブができている。
鏡餅のように、二重なっていた。
「気絶しかけたお兄さんの後頭部を、ウチが“特注の棍棒”でブン殴ったからっすね。お兄さんが目を覚ます前にウチが留めをさしたんすよ、グヘヘ」
少女は笑いながら椅子に腰かけると、何度もヒザを叩く。
#漫画原作希望
ありもしない背もたれに勢いよく体を預ける。
少女は後ろに大きくぶっ倒れると、ゴロリと転がりながらブタ鼻混じりで、また笑う。
リクトは、自身の足元に転がってきた棍棒に視線を落とす。
見覚えのあるマークを、リクトは凝視する。
有名ブランドのロゴのようだ。
ファッションに疎いリクトでもわかる。
確か、ブッチとかいうメーカーだったか。
この会社は武器のたぐいも作っているのか?
特注と言っていたか。
そんなことはどうでもいい――。
リクトは少女のほうに視線を戻し、今にもヒビが入りそうな硬い表情で少女を見つめる。
「電話を貸してくれ」
「いいっすけど、どこに掛けるんです?」
「警察だ」
「オアフ! 土下座風に謝罪するんで、それだけは勘弁してくだせぇ……。ところで、目つきの悪いお兄さん。なんで顔にブラなんかつけてんすか?」
少女はリクトの顔に装着された酸素マスクを思い切り引っ張ると、慈愛に満ちた表情とは裏腹に、さっと手を離した。
顔面を押さえるリクトの姿を見て、指をさしてケラケラと笑う。
「ほい。これ使うといいっす」
もうひと笑いすると、少女はアレルギー性鼻炎で鼻をグズらせるリクトに、“ウェットティッシュ”を差し出した。
ウェットといっても、普通のティッシュを水に浸したものだが。
リクトは思う。
なぜコイツは、ドッグフードを鼻の穴に詰め込んだのだろうかと。
笑顔で地味な嫌がらせをしてくるコイツは、一体何者なのだろうかと。
いや、考えるのはよそう。
ゆっくりと鼻に指をあて、リクトは深く息を吸う。少女にドッグフードを鼻に詰め込まれていたのだ。鼻に詰め込まれた異物を少女に向かって一粒飛ばした。
続けて二発、三発。
計十五発の弾丸を打ち尽くすと、大きな溜息をついた。
♰
依然として、ふたりは黙ったままだ。
地蔵がお見合いでもしているかのような空気が室内を満たす。
かれこれ一時間経過するが、少女はひたすら菓子(ドッグフード)を口に運んでいる。
「オマエは獣医か? ぶちのめしていいか? 医者とか先生と呼ばれる格が高い職業人は苦手でな」
話が進まないことに痺れを切らせたリクトが開口した。鋭い眼光を飛ばしながら、少女の頭頂部をグリグリと押さえつける。
「いいっすね~、飢えたオオカミのようなその目。まあ、それはさておき。ウチの名前は『マキネ・ポリフェノール』っす。動物の守護聖人をやってまして。医者じゃないんで。どうでもいいっすけど、つむじを力の限り押すのはやめてけれ。あっ! ドMのスイッチが入りそうでこわい……」
目力全開のリクトに動じることなく、顔を紅潮させたマキネは極上の笑顔を向けた。
あっけらかんと答えるマキネを無害と認識し、リクトは威圧モードを解除する。いつもの無表情に戻るのだった。
「成人? 変態の小学生にしか見えないが」
マキネの身長は一四五センチほどだ。
谷はもちろん、山すら無い貧相な胸。
シンプル・イズ・ザ・バストというフレーズがぴったりだろうか。
三百六十度どこから見てもランドセルが似合いそうな容姿だ。
ウヒャッハー! と叫びながら給食袋を振り回すマキネが、リクトの頭の中を駆け回っていた。
「“せいじん”に突っ込んだのは、お兄さんが初めてっすよ」
ドッグフードを口に運び、カリカリと音を立てながらマキネは続ける。
「まあ。聖人ってのは、特定の個人・職業・都市などを保護して、神へのとりなしをする者のことでして。ウチは動物保護がメイン業務っすけど」
聖人とは、人格・徳行にすぐれ、理想的な人物として尊崇される人をいうが、リクトはピンときていない。
無言でマキネの胸元に焦点を合わせた。
「なんすか。萌えるゴミを見るような目は? そのうちペタンコの胸も本気出すんで見ててください。今は十七歳ですけど、三つ足せば二十歳なんで。そういった意味で成人なんで、いろいろ安心してくださいな。ま、それはいいとして――お兄さん、名前は言えます~? 頭を強く打ったようですし、確認がてら自己紹介お願いできるっすかね」
「オマエが俺の頭を殴ったんだろ……。まあ、いい。狗尾草 陸斗)だ。先日、二十歳を迎えた。ちなみに、オマエのせいで無職が確定した。二社目の採用試験を受けそびれたんでな」
実際の面接試験を受けるかのごとく、リクトは姿勢を正す。
「ってか、手ぶらで試験を受けに行くなんて、お兄さん良い度胸してますね……」
「何か言ったか?」
「いえ別に。えのころぐさって、変わった苗字っすね」
「よく言われる。要するに『ねこじゃらし』だ」
狗尾草(えのころぐさ。通称:ねこじゃらし)は、イネ科エノコログサ属の植物。
ブラシのように長い穂の形が独特な雑草だ。
花穂が犬のシッポに似ていることから、犬っころ草が転じて『えのころぐさ』という呼称になったとされる。
「ネコちゃんに触れないのに残念な苗字っすね」
マキネは、再びドッグフードを口に運ぶと片方だけ口角を上げた。
「大きなお世話だ」
「それにしても、そんな体質で良くネコちゃんを助けようなんて思ったっすね」
「体が勝手に動いてな」
リクトはそう返すと、マキネに勧められたドッグフードひと粒を口に放り込む。
カリっと軽快な音を響かせた。
「見かけによらず優しいんすね」
「どういう意味だ?」
「なんつうか、つり目で人相が悪いってのと、体と態度がデカイじゃないっすか」
リクトの身長は百九十センチ近い。
変に染めることなく髪は黒。
仏頂面のリクトの全身からドス黒いオーラが出ている。
「お兄さんの前世は殺し屋っすか? 武器は目力っすか?」
マキネの言うことは、当たらずといえども遠からず。リクトは目つきが悪い。
「俺のことはいい。ネコは無事なのか?」
「ええ、気絶しましたけど今は“ピンポン”してるっす。リクトくんと同様、仏頂面でくつろいでいるっすよ」
なんだ? インターフォンのことか?
ピンポンじゃなくて『ピンピン』ではないのか?
心中でツッコミを入れたリクトは、ほんの少し安堵する。
マキネが指をさすほうに視線を移すと、不機嫌そうな顔をしたネコがリクトを凝視していた。
ポッテリとした体形に太く短めの足。
宝石を埋め込んだようなオッド・アイ。
小麦色の毛にしては珍しい。
丸い顔に折れた耳。
スコティッシュフォールド(♀)だ。
両足を投げ出し、椅子に腰かけるその姿は『スコ座り』をした休日の殺し屋。
「オマエ、目つき悪いな」
「アンタのその目は極悪ね!」
喋るネコを見てもリクトに驚きはなかった。この微妙な空間がそうさせているのだ。
「語尾に“ニャ”を付けないのか?」
「つける訳ないでしょ!」
ネコは、さらに目を吊り上げる。
「ネコの額って、どこからどこまでなんだ?」
頭を強打したせいか。リクトは意味不明な質問を飛ばす。
「ここからが額。ここからが頭髪ね」
ネコは額と頭髪の境界線を太い手で指し示す。
さらに目を吊り上げ、プイと横を向いた。
だから、境目がわからねえって……。
ネコの無事を確認すると、緊張の糸がプツリとキレたリクトは眠りに落ちた。