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ランドルフの呪いを受けて以降、ルークはずっと苦しんでいた。
汗を掻きながら、まるで悪夢を見るように、うなされるように目を強く|瞑《つぶ》っている。
自分の意思で動けたのは、ランドルフを追い払うきっかけになった、あの一撃を放ったときだけだ。
あの一撃も、きっと全力を振り絞ってくれたのだろう。
……また、私たちはルークに救われてしまった……。
「――エミリアさん、どうでしょう……」
私は必死に魔法を唱え続けているエミリアさんに声を掛けた。
彼女は呪いを解く魔法を覚えておらず、代わりに祝福を与える魔法で何とかしようとしていたのだが――
「……すいません。わたしには、少しでも苦しさを紛らわせるだけしかできなくて……」
エミリアさんは目に涙を浮かべながら、申し訳なさそうに魔法を唱え続けた。
しかし、申し訳なさそうにされても困る。私の方が、何もできていないのだから。
ちなみにルークの状態異常を鑑定してみると、見慣れないものが表示されていた。
──────────────────
【状態異常】
特殊怨呪
──────────────────
これをさらに鑑定してみると――
──────────────────
【特殊怨呪】
怨嗟に囚われた霊魂を用いた呪い。
かなりの強度を誇り、解呪することは難しい。
生命力に直接ダメージを与える。
──────────────────
――という、とんでもない感じの呪いだった。
そもそも神剣アゼルラディアには、『状態異常耐性UP』の効果が付いていたはず。
その上でこんな状態になっているのは、ランドルフの術があまりにも強すぎたということなのだろうか。
……むしろ神剣アゼルラディアがあったからこそ、呪いを受けたあとに1回でも動けた……とか?
「それなら――」
私は地面に落ちていた神剣アゼルラディアを拾い上げて、仰向けに寝ているルークに持たせてみた。
すると、少しだけルークの表情が緩やかになったように見えた。
「……あ、そんな使い方もあるんですね……。
さすが、アイナさんの作った神器……」
エミリアさんは赤い目をしながら、弱々しく笑った。
しかしその効果はあくまでも『少しだけ』であって、ルークは引き続き辛そうだ。
「……ちなみに、そもそもこの呪いって、魔法で解けるものなんですか……?」
頼みの綱のバニッシュ・フェイトは、何の効果も発揮しない。
しかしそれは『魔法効果を打ち消す』という効果のためであって、全ての魔法で呪いが解くことが出来ない……ということでは無いはずだ。
「はい、高位の光魔法なら解ける……と思います。
ただ、その使い手は大司祭様のクラスにならないと難しくて……」
「そうですか……。
少しでも……出来る範囲で解く、とか、そういうのは無理でしょうか」
「呪いの効果を減らすとか、痛みを和らげるとかであれば、それなりにできる人はいると思います。
ただ、高価な聖水も必要になって……だから、街の外では難しくて……」
――つまり、街に入ることが出来れば、何とかなる……?
しかし今、私たちは手配書が出されている身だ。
このまま街に行ったところで、すぐに捕まってしまうのがオチだろう。
そうでなくても、私たちの最大戦力であるルークが倒れている今――
……そもそも、そのルークを街に連れて行かなければいけないわけで、それだけでも私とエミリアさんの女性陣にとっては重労働になってしまう。
逆に、ルークを連れて行けないのであれば、解呪の魔法を使える人を街から連れてくるとか……?
私が考えている間にも、エミリアさんはルークに魔法を唱え続けている。
彼女の魔力にも限界はあるから、このままずっと続けさせるわけにもいかない。
しかし、今の私たちが出来ることなんて、かなり限られてしまっている。
その中で、限られている中で、有効な解決策なんて何も出て来やしない。
一縷の望みに縋って錬金術を使おうとするも、やはり何も作ることが出来なかった。
……こんなときに何も役に立たないなんて、何が転生だ。何がレアスキルだ。何がユニークスキルだ。
神器の作成をひたすら目指して、ようやくそれが叶った。
その結果がこれだ。
とても立派なモノを手に入れることが出来たけど、とても身近な者を失おうとしている。
……こんな現実を、私は望んでいたのだろうか。……いや、そんなことはあるはずもないんだ。
それならば――
「――エミリアさん。私、街に行ってきます。
ルークのこと、お願いできますか?」
「え? ……もしかして、街に入る方法があったんですか!?」
「……無いですけど、もしかしたら何とか――」
「だっ、ダメです! それはわたしが許しません!
こういうときだからこそ、もっとしっかり考えないと!!」
「で、でも! 私には何も浮かばなくて……!
こ……このままルークを死なせるだなんて、嫌なんですよぉ……ッ」
私の目から、思わず涙が零れ落ちた。
どうしようも無い。何もできない。それならば、少ない可能性であっても賭けるしかない。
しかし――
「――わたしだって、嫌ですよ!!
でも……、でも……! このままアイナさんまでいなくなってしまうのは……、わたしは、もっと嫌なんですよ……ッ!!」
エミリアさんは|掠《かす》れる声を絞り出してから、彼女にしては珍しく大泣きを始めた。
……その姿を見て、私は思い出した。
彼女はしっかりしているとはいえ、私と同じ年齢なのだ。
いや、転生する前のことを考えれば、精神的には私の方が年上のはずなのだ。
……だからこそ、私はエミリアさんのことも支えていかなければいけない……。
「すいません……。分かりました、もっと考えますから……。
ごめんなさい。ね、泣き止んで……?」
私がエミリアさんの背中を|擦《さす》りながら言うと、彼女はひっくひっくと泣き声を小さくしていった。
しばらくすると彼女は涙を拭ってから、再びルークに魔法を唱え始めた。
――しかし、そうは言っても本当に打つ手が無い。
このままではルークは死んでしまうだろうし、ランドルフが再び襲ってくる可能性だってある。
……街には行けない。
呪いを解く方法は、ひとつも持っていない。
そこら辺に呪いを解ける人なんて、いるわけがない。
「……こんな、どうしようもない状況……。
一体、どうすれば――」
……私が思わず弱音を吐くと、何か思い当たるものがあった。
『どうしようもない状況』……? ……いつか、どこかで聞いた覚えのある言葉……。
『あの……この先、王都の外で、もしどうしても、どうしようもない状況になってしまうことがあったら――
この荷物、開けてみてください……。それで……意味不明だったとしても、怒らないでください……。軽蔑、しないでください……』
……それは以前、テレーゼさんが仕事を休むほど悩んでいたときに聞いた言葉だった。
あのときは王都を歩き回って、暗くなった王都の公園で、ようやく彼女を見つけることができたんだっけ……。
……そういえば、あの『荷物』って何だったんだろう?
今いる場所は『王都の外』で、そして今は『どうしようもない状況』だ。
もしかして、テレーゼさんの『荷物』を開けるときなのでは……?
私はそう思いながら、アイテムボックスから『荷物』を取り出した。
それはかなり大きな包みで、揺らしてみるとゆさっとした感じが伝わってくる。
「……アイナさん? その包みは一体……?」
「これ、テレーゼさんから以前預かったものなんです。
困ったことになったら、開けてみてください……って」
「へぇ……? 何が入っているんでしょうね……?」
エミリアさんは酷く疲れた顔で、少しだけ微笑んだ。
精神力も魔力も、ルークの介抱でどちらも持っていかれているのだろう。
そんな彼女の横で大きな包みを開けてみると、そこには――
「……服?」
包みの中には、冒険者風の服が入っていた。
女物の服が2着と、男物の服が1着。
一番上の服を持ち上げてみると、不意に、カチャっという音がした。
音のした場所には冒険者ギルドのカードが3枚あり、その近くには封筒が添えられている。
冒険者ギルドのカードには、私の知らない名前が刻まれていた。
……誰のものだろう?
不思議に思いながら封筒を開けてみると、可愛らしい便箋が入っていた。
そこには可愛らしい文字……錬金術師ギルドで何回も見た覚えのある、テレーゼさんの文字が書かれていた。
『使えるのであれば、使ってください。きっと、上手くいきますから』
それ以外は、何も書かれていない。名前すらも書かれていない。
でもこれは、テレーゼさんのもので間違いない。
「アイナさん……、これって――」
「服と、冒険者カード……?
もしかして、これがあれば……」
……街に、入れる?
でも何で、ここまでピンポイントなものをテレーゼさんが……?
あの頃、テレーゼさんは毎日見る夢に悩んでいた。それこそ睡眠不足になるほどに。
そして私にこの『荷物』を預けてから、その悩みは一応解決したように見えた。
……その後も、努めて明るく振る舞っていたようには見えたけど。
この『荷物』が、彼女の問題を解決した?
そもそも、あのときの夢っていうのは一体――
「……あ」
唐突に、思い出すものがあった。
私がテレーゼさんの指輪に、アーティファクト錬金で付けた効果……『夢占い』。
それは眠っているときに、正夢を見る可能性が高くなるという代物だ。
もしかして、私たちの今の惨状を……夢を通して、知っていた……?
それなら先に言ってくれれば良さそうなものだけど――
……そう思った瞬間、テレーゼさんの別の言葉が思い浮かんできた。
『分岐点で生まれる選択肢を決めていくことで、運命が確定していく……。
あやふやなことが、時間を経るに従って、しっかりと固まって、定まっていく……』
――これは『荷物』を受け取る前、テレーゼさんが言っていた『運命』についての言葉だ。
夢で見た結果を教えてしまえば、その夢は実現しなくなるかもしれない。
しかしそうすると……それとはまた別の、より酷い運命が生まれてしまうかもしれない――
……そもそも、その正夢が本当に起こるのかどうかは、テレーゼさんには分からない。
もしかしたら、現実に起こって欲しくない、現実になるはずがない……と、思い込もうとしていたのかもしれない。
だからこそ、私に夢のことを言うべきか言わないべきか、ずっと悩んでいたのかもしれない。
しかしテレーゼさんの『荷物』の中身は、私たちが今まさに欲しいものだったのだから――。
「――エミリアさん、みんなで街に行きましょう。
テレーゼさんが、上手くいくって言ってくれてるんです。……きっと、上手くいきますから!」
私の言葉に、エミリアさんは力強く頷いてくれた。