テレーゼさんの『荷物』に入っていた服を着てみると、驚くほどにサイズがぴったりだった。
エミリアさんも同様で、身体のラインが綺麗に描かれている。
そういえばこの『荷物』を受け取ったあの日、テレーゼさんはバーバラさんと一緒にいたんだっけ。
バーバラさんはその前の晩、急ぎの仕事があったと聞いていたけど……もしかして、この服を作ってくれていたのかな。
私とエミリアさんのサイズは知っているはずだから、そう考えるのが一番しっくりくるかもしれない。
ちなみに私の服は、魔法使いっぽい服だった。
いつもと同じ感じのスカートではあるが、全体的には黒色を基調としており、印象をぐっと変えることができている。
エミリアさんの服は、特定の信仰に属さない感じの、何となく聖職者っぽい服だった。
ルーンセラフィス教とは印象が違うから、その情報をもとに探す人がいれば、きっと誤魔化すことができるだろう。
ルークの服は、いわゆる普通の冒険者っぽい服だった。
特に個性も無く、特徴も無く……。いや、覚えられないためにはむしろ、それくらいがちょうど良いのかもしれない。
ルークの着替えはエミリアさんに任せて、私は他の準備に取り掛かった。
北東の方向に街があるとは言え、どれくらいの距離なのか、ルークからは聞いていない。
そんな状態で、これから私とエミリアさんは、ルークを街まで運ばなければいけないのだ。
馬車が使えれば良いんだけど、肝心の馬がいないのだから、ここはルークを左右から支えて歩く形になるだろう。
……きっと、体力を使うはずだ。
私たちが倒れないためにも、まずはしっかり食事はとっておかないといけない。
「アイナさーん」
「あ、はい? ルークの準備、できました?」
「終わりました!
……ところで、念には念を入れて……私とアイナさん、髪型も変えた方が良いと思いませんか?」
なるほど。
確かにそれは、髪の長い私たちならではの作戦だ。
「とっても良いと思います!
……そうだ。以前作った髪染めスプレーも、まだ残ってるんですよ。それも使っておきます?」
「おお、良いですね!
念には念を、入れ過ぎることなんて無いですから……!」
「それじゃ、私も使うことにしますね。
準備をして、朝食をとったらすぐに出ましょう!」
「はい!!」
まだまだ先は大変だけど、しかし希望は見えてきた。
私とエミリアさんの会話にも、僅かながらの明るさが戻ってきたのではないだろうか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
準備を終えて、朝食をとって、洞窟から撤収する。
私とエミリアさんは、ルークを支えながら懸命に歩き続けた。
その後ろからは、リリーがしっかりと付いてきている。
リリーが隠れる袋も持ってきてはいるものの、今は少しでも身体に掛かる重さを減らしておきたい。
だからリリーには申し訳ないけど、今は歩いてもらっている。……いや、足は無いか。
ルークの状態は相変わらず悪かった。
最初のときから悪化はしていないようだが、しかしいつどうなるのかは分からない。
神剣アゼルラディアはルークの身体に下げておいて、エミリアさんには魔法を唱えながらゆっくりと進んでもらう。
私は私で、ルークの体重を支えるのに懸命だ。
何せ、案外重い……。
「――ルークって、さりげに筋肉が凄いんですよね……」
「そうですね。着替えのときに見ちゃいましたけど、筋肉隆々でしたよ!
……着やせするタイプなんでしょうか?」
私の言葉に、エミリアさんが悪戯っぽく言った。
「見るからにムキムキになったら、それはそれでイメージが違いますね……」
「あはは、確かに……!」
本人の側でこんな話をするのも気が引けるけど、さっさと起きて、文句のひとつでも言ってもらいたいところだ。
……怒ってくれて、良いからさ。本当に。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――おぉい!!」
森から抜けて、ようやく開けた場所を歩いていると、不意に後ろから声を掛けられた。
私たちはびくっとしながら、その声の方を振り向く。
視線の先では1台の馬車がゆっくりと走りながら、御者台に座った中年の男性がこちらを心配そうな顔で見ている。
馬車……、いつの間に。
「えっと……、何でしょう……?」
「いやいや、『何でしょう』じゃなくて……!
その兄ちゃん、どうしたんだ? 怪我でもしているのか!?」
その男性は馬車から降りて、私たちの元に駆け寄ってきた。
果たして敵か味方か――
……いや、そんなことを疑っている場合では無い。
ひとまずは嘘を混ぜながら、助力を求めることにしよう。
「あの、洞窟で不思議な宝箱を見つけまして……。
開けてみたら、呪いの罠が掛けられていたようで――」
「へぇ、そんな宝箱が……?
それにしても大変だったな! これからどこに行くんだ? 俺が連れて行ってやるよ!!」
――ッ!!
こちらから助けを求める前に、まさかそれを申し出てくれるとは……!!
……そうだ。確かに人間には汚いところ、自分勝手なところ、醜いところがあるけど、こんな優しさを持っているのもまた人間なのだ。
こんな気持ちには、凄く久し振りに触れた気がする――
「あっ、ありがとうございます……。
あの、この北東に街があるって聞いたんですけど……!」
私は涙を溢れさせながら、何とか言葉を絞り出した。
エミリアさんもそんな私を見て、目を潤ませているようだった。
「ああ、ああ。大変だったな。
よし、ここから北東っていうと……フィノールの街だな!
狭いところだが、俺の馬車に乗ってくれ!!」
「はい……! ありがとうございます!!」
「ありがとうございます!!」
私とエミリアさんは一緒になってお礼を言い、何回も深く頭を下げた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
馬車に乗せてもらって1時間もすると、徐々に人が増え始めて、そして街が見えてきた。
ミラエルツやメルタテオスよりも小さな街ではあるが、賑やかな雰囲気はしっかりと出している。
「ようこそ、フィノールの街へ。身分証の提示をお願いします」
馬車が街門まで辿り着くと、そこの兵士が声を掛けてきた。
御者台の男性が何かのカードを出したあと、私たちはテレーゼさんにもらった冒険者カードを3枚提示する。
「……これで、良いですか?」
「はい、結構です。
あの、そちらの男性は……どうされましたか?」
兵士の視線はルークに注がれる。
それはそうだ。一言も発せずに、ずっと苦しそうにしているのだから。
「旅先で呪いに掛かりまして……。解呪をしてもらえる場所を探しているのですが……」
「おお、そうでしたか……!
そうですね、今なら高名な僧侶様が施療院に滞在されているとのことです。
そちらに行ってみてはいかがでしょう」
「えぇっと……」
私は判断できず、エミリアさんの方をちらっと見た。
どういう人がこの呪いを解けるのか、私には分からないからだ。
「大丈夫だと思います! 場所を教えて頂けますか!?」
「はい、直ちに!」
兵士は街の地図を持ってきて、場所を指し示してくれた。
馬車を走らせてくれた男性は、すぐに場所を把握してくれたようで――
「よし、その場所なら俺が知ってるぞ!
兵士の兄ちゃん、もう行って良いかな? こっちの兄ちゃん、凄くつらそうだからよ!」
「もちろんです、どうぞお通り下さい!
無事に治ることを祈ってます!」
「ありがとうございますっ!!」
私がお礼を言うと、馬車はすぐに街中へ駆け出した。
……テレーゼさんのおかげで、あっさりと街の中に入ることができた。
いつか再会したら、このお礼は絶対にしないといけない。それこそ、テレーゼさんが困るくらいのお礼をしなければ……。
しかし、今はルークだ。
早く施療院に行って、呪いを何とかしてもらわないと……!!