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第2章:崩れ落ちる静寂
地下室の重い沈黙を切り裂いたのは、事務所全体に響き渡る緊急招集のアナウンスだった。
『ZEROBASEONEの全メンバーは、直ちに第一練習室に集結してください。繰り返します。直ちに第一練習室へ。これより、魔法庁による「定例魔力監査」を実施します』
その声を聞いた瞬間、ユジンの体から血の気が引いた。
定例監査は、本来なら来月の予定だったはずだ。それが早まったということは、昨夜ギュビンが放った「国家級」の魔力反応が、当局を動かしたに他ならない。
「……ユジナ、行こう」
ギュビンがユジンの手を強く握る。その手は、かつてないほどに熱かった。
「大丈夫。俺が何とかするから。俺の隣から離れないで」
だが、ユジンには分かっていた。
今回の監査は、単なる形式的なものではない。昨夜の「異常数値」の正体――すなわち、ギュビンの隣にいた「異物」を特定するための包囲網だということを。
第一練習室には、すでに他のメンバーたちが集められていた。
部屋の四隅には、魔法庁の黒い制服を着た男たちが立っている。中央には、鏡のように磨き上げられた巨大な水晶体……『真実の魔力計(ルクス・ヴェリタス)』が据えられていた。
「遅かったね、二人とも」
ハンビンが駆け寄ってくるが、その顔にいつもの余裕はない。ジウンやハオも、どこか落ち着かない様子で床を見つめている。
「抜き打ちなんて、聞いたことない。魔法庁の奴ら、何をする気なんだ」
テレが呟く。
彼らのようなトップアイドルにとって、魔力検査は健康診断のようなものだ。
しかし、今日の空気は明らかに異質だった。
「では、始めます。名前を呼ばれた順に、水晶に手を触れてください」
冷徹な調査員の言葉とともに、監査が始まった。
「ソン・ハンビンさん」
ハンビンが水晶に触れる。青白い光が天井まで突き抜け、美しい旋律が部屋を満たした。
「適合。極めて高い調和性です。次、キム・ジウンさん」
次々とメンバーたちの名前が呼ばれていく。
ゴヌクの力強い炎、メテュの柔らかな風、テレの震える音。
彼らが魔法を証明するたびに、部屋の中は眩い光で満たされていく。
それは「選ばれた者たち」だけが許される聖域の輝きだった。
そして、ついにその時が来た。
「キム・ギュビン」
ギュビンが、ユジンの手を一度だけ強く握りしめてから、ゆっくりと歩み出た。
彼が水晶に手をかざした瞬間――。
ドンッ!!
爆発的な黄金の光が、練習室を飲み込んだ。
あまりの光量に、調査員たちさえも目を細め、後退りする。
「なっ……これは……!」
「数値が振り切れている! 測定不能……やはりSSS級だ」
調査員たちの間に動揺が走る。
ギュビンの「心まで照らす光」は、機械の予測を遥かに超えて覚醒していた。
メンバーたちも息を呑む。彼らが知っていたギュビンの力を、遥かに凌駕する神々しい輝き。
「……素晴らしいです、キム・ギュビンさん。あなたはまさにこの国の太陽だ」
調査員のリーダーが心酔したような声を出す。
だが、ギュビンは賞賛など一切耳に入っていないかのように、ただ一点、震えるユジンだけを見つめていた。
「では、最後。ハン・ユジンさん」
名前を呼ばれた瞬間、ユジンの心臓が止まりそうになった。
部屋中の視線が、末っ子のユジンに集まる。
ギュビンの放った光の残像が、ユジンの足元を白く照らしている。それがまるで、逃げ場のないスポットライトのように思えた。
「ユジナ、早く終わらせて宿舎に帰ろう」
ハンビンが促す。その声には、少しの期待と、言いようのない不安が混じっていた。
ユジンは、一歩を踏み出した。
足が、鉛のように重い。
(行かなきゃ。でも、行ったら、終わる)
ギュビンと目が合った。
ギュビンは必死に、自分の魔力をユジンの方へ飛ばそうとしていた。光の粒子を、ユジンの体内に潜り込ませ、偽りの反応を作ろうとしている。
だが、魔法庁の調査員たちがそれを見逃すはずがなかった。
「ギュビンさん、余計な動きは慎んで下さい。今、あなたの周囲には強力な遮断結界を張りました。外部からの干渉は一切不可能です」
絶望。
ギュビンの顔が、瞬時に蒼白になった。
ユジンは、水晶の前に立った。
透明な石の表面に、自分の無機質な顔が映っている。
彼は震える右手を伸ばした。
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(……ごめん。みんな)
指先が、冷たい水晶に触れる。
一秒。
二秒。
三秒。
……何も、起きなかった。
水晶は沈黙し、光の欠片も、音の粒子も、熱さえも生み出さなかった。
ただ、ユジンの体温が、無情にも水晶を曇らせるだけ。
「……エラーか?」
ゴヌクが、震える声で言った。
「そんなはずは無い。もう一度かざしてみてください、ハン・ユジンさん」
調査員が厳しい声で命じる。ユジンはもう一度、強く水晶を握りしめた。
だが、結果は同じだった。
暗い、底なしの暗闇。
「魔力反応……ゼロ」
調査員の言葉が、冷たく練習室に響き渡った。
「あり得ない……。ZEROBASEONEに、魔力を持たない者が紛れ込んでいたというのか?」
その瞬間、練習室の空気が凍りついた。
メンバーたちの顔から色が消える。
「ユジン……嘘でしょ? 何かの間違いだよね……?」
メテュが泣きそうな声で呟くが、近寄ることはできない。
周囲を囲む黒服の男たちが、一斉に腰の魔導警棒に手をかけたからだ。
「…ハン・ユジン。魔法社会管理法、第一条に抵触。『無能力隠匿罪』および『資格詐称罪』の容疑で拘束します」
「待て!!」
ギュビンが叫び、結界を力任せに殴った。黄金の光が火花を散らすが、国家の結界は容易には破れない。
「ユジナはちゃんと魔法を持ってる!!体調が悪いって言ってたからそのせいかもしれないだろ!!」
「ギュビナ、やめて!」
ハオがギュビンの肩を強く掴んで抑え込んだ。
「今ここで暴れたら、ギュビナまで大変なことになるよ!……僕たちには、どうすることもできないんだ。」
「離せよハオヒョン! ユジンが連れて行かれるんだぞ!!ユジナは悪くないのに!!!」
ギュビンは泣き叫び、もがく。
だが、ハンビンも、テレも、リッキーも、誰も動けなかった。
彼らには、守るべき立場がある。そして、魔法庁という国家権力に対する根源的な恐怖が、彼らの足を床に縫い付けていた。
ユジンを助けたい。その思いは真実だ。
しかし、法に逆らえば自分たちもまた、
「重罪人の加担者」として処分される。
ユジンは、取り押さえられ、床に組み伏せられた。頬が冷たい床に押し付けられる。
「……っ……」
声も出なかった。
ただ、視線の先に、自分を呼んで狂ったように叫ぶギュビンの姿が見えた。
あんなに美しかったギュビンの光が、今は悲しみに染まって、ひどく歪んでいる。
(……やっぱり、僕のせいだ)
ユジンの瞳から、一筋の涙がこぼれた。
その涙が床に落ちた瞬間、翌日の魔法新聞の号外が、街中に舞い散る様子をユジンは確信した。
『国民的アイドルに潜んでいた「欠陥種」の闇――ハン・ユジン、緊急拘束』
誇らしかったZEROBASEONEの名は、
今日この瞬間を境に、永遠の汚辱へと変わるかもしれない。