テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
夜だった。
城の中は静かで、風の音だけが石壁を撫でている。
ノスフェラトゥは一人、廊下を歩いていた。
足音はしない。
何百年も前から変わらない歩き方。
呼吸も浅い。
鼓動も、ほとんどない。
死んでいるのに動いている身体。
それが自分だ。
「……」
窓の外を見る。
庭。
小さな農園。
月明かりに照らされたトマトが揺れている。
赤い実。
バジル。
細い支柱。
吸血鬼の城には、本来ありえない光景だった。
「……」
視線を向けたまま、止まる。
昔なら、考えもしなかった。
城は寝床であり、狩場の延長でしかない。
花も、畑も、人間の営みも必要ない。
必要なのは血だけだった。
それ以外は、全部“飾り”だ。
「……」
だが今、その庭を見ると。
胸の奥に、妙な感覚が残る。
空腹ではない。
退屈でもない。
もっと厄介な何か。
「……面倒だ」
低く呟く。
だが、視線は逸らさない。
最初は、本当にただの餌だった。
あの日。
瓦礫の中で倒れていた男。
痩せ細り、血の匂いも弱く、今にも死にそうだった。
普通なら、その場で吸い尽くして終わり。
それだけ。
だが――
「……気まぐれだった」
思い返す。
ほんの少し太らせてから食えばいい。
ただ、それだけだった。
それなのに。
「……」
男は、自分の城で目を覚ましたあと。
怯えなかった。
警戒はしていた。
だが、壊れなかった。
「……」
普通の人間なら、
泣く。
縋る。
狂う。
だがPizza guyは違った。
腹を空かせながら、
最初に考えたのが“料理”だった。
「……」
あの時の匂いを、覚えている。
焦げた生地。
溶けたチーズ。
缶詰のソース。
粗末なピザ。
本来なら、必要のないもの。
なのに。
「……温かかった」
ぽつりと漏れる。
食べ物ではなく。
空気が。
時間が。
“食卓”というものが。
彼は、忘れていた。
人間だった頃。
誰かと食事をした記憶。
火の暖かさ。
笑い声。
皿の音。
遠い。
あまりにも遠い。
長い時間の中で、
全部腐って消えたと思っていた。
だが。
Pizza guyがピザを焼くたびに、
その残骸が胸の奥で軋む。
「……」
最初は、不快だった。
思い出したくもない。
そんなものは、とっくに死んだはずだから。
吸血鬼に“人間らしさ”は毒だ。
飢えを鈍らせる。
躊躇を生む。
弱くなる。
「……」
なのに。
彼は気づけば、
Pizza guyが料理をしている時間を待つようになっていた。
匂いがすると、
無意識に台所へ向かっていた。
ピザを食べる必要などないのに。
「……」
おかしいのは、自分でも分かっていた。
血では満たされない。
どれだけ吸っても、
渇きは消えない。
それが吸血鬼だ。
だが。
焼きたてのピザを口にすると、
ほんの少しだけ、
“空白”が埋まる。
「……」
生命力。
Pizza guyはそういうものを、生地に練り込む。
飢えていても。
疲れていても。
死にかけていても。
あの男は、
“誰かに食べさせるため”に料理を作る。
ノスフェラトゥには理解できなかった。
理解できないはずだった。
でも。
「……羨ましかった」
気づいてしまった。
自分には、もう無いものだから。
窓から視線を外す。
暗い廊下。
静寂。
その中で、思い出す。
Pizza guyの首に牙を立てた時の感触。
血の熱。
脈。
喉を通る生命。
「……」
空腹が疼く。
本能は今でも変わらない。
食べたい。
もっと深く噛みたい。
もっと奪いたい。
骨まで、自分のものにしたい。
「……」
そこまで考えて。
止まる。
「……違う」
低く呟く。
違う。
それだけじゃない。
もし本当に“餌”なら、
とっくに食い尽くしている。
何度も機会はあった。
眠っている時。
弱っている時。
自分を信じて首を晒した時。
全部、簡単だった。
「……」
でも、できなかった。
いや。
“したくなかった”。
エリオットの記憶が戻った夜。
あれはノスフェラトゥにとって、
避け続けていた瞬間だった。
いつか来ると思っていた。
必ず壊れると分かっていた。
だから、
Pizza guyが手を払った時。
驚きより先に、
「あぁ、来たか」と思った。
当然だ。
怪物は怪物。
どれだけピザを食べても、
どれだけ隣に座っても、
彼が命を奪った事実は消えない。
だから、
否定しなかった。
できなかった。
「空腹だったからだ」
あれは言い訳ではない。
本当のことだ。
そして同時に、
自分がどこまで行っても怪物である証明だった。
Pizza guyがいなくなった城を想像する。
台所は冷える。
火は消える。
庭は枯れる。
トマトは腐る。
静寂だけが残る。
「……」
耐えられない。
その想像に、
空腹より強い不快感が走る。
「……」
それが何を意味するのか。
もう分かっていた。
種の保存ではない。
食料の確保でもない。
孤独を埋めるためだけでもない。
もっと醜く、
もっと個人的な欲。
「……そばにいてほしい」
ぽつりと落ちる。
その言葉に、
自分で目を閉じる。
吸血鬼が。
怪物が。
そんなことを願うなど。
「……滑稽だ」
苦く笑う。
だが、止まらない。
「……食べたい」
本能。
「壊したくない」
理性。
「誰にも渡したくない」
執着。
全部が混ざっている。
境界がない。
だから苦しい。
その時。
廊下の奥の扉が、小さく開く。
「……?」
Pizza guyが、
少し眠そうに目を擦っていた。
髪も乱れている。
「なんだ、起きてたのか」
「……あぁ」
「腹減った」
「さっき食べただろ」
「別腹」
笑う。
いつもの軽い調子。
「……」
ノスフェラトゥは、その姿を見る。
生きている。
温かい。
呼吸している。
ここにいる。
「……」
その瞬間。
胸の奥の飢えが、
ほんの少しだけ静かになる。
完全には満たされない。
永遠に満たされない。
でも。
「……来い」
自然に言葉が出る。
Pizza guyは怪訝そうに眉を上げながら、
それでも近づいてくる。
疑いなく。
無防備に。
「……どうした」
Pizza guyが首を傾げる。
「いや」
短く返す。
近づく。
ゆっくりと。
そして。
爪で傷をつけないように。
手の甲で、そっと頬に触れる。
「……?」
Pizza guyは少しだけ目を丸くする。
だが、避けない。
「……変なやつ」
小さく笑う。
それを見て、
ノスフェラトゥは思う。
この人間がいなくなった瞬間、
きっと自分は壊れる。
飢えではない。
孤独でもない。
もっと静かで、
もっと致命的な何かで。
(明日はないかもしれないな)
分かっている。
本当にそうだ。
自分は怪物だ。
いつか壊すかもしれない。
Pizza guyも、
いつか許せなくなるかもしれない。
終わりは、必ず来る。
それでも。
それでも彼は思ってしまう。
――明日も、ピザが食べたい。
その願いは、
吸血鬼とは思えないほど小さくて。
そして、
どうしようもなく人間らしかった。
コメント
2件

どうも、ピザガイ最推しとして 日々小説出てこないかと 目を光らせてたオタクと申します(長文) 一気読みで31話分読ませて頂きました! 互いの共存とラストの伏線回収がとても素敵で、 読んでいて「こういう解釈も好きだな…」と 時間を忘れてつい夜中まで読み進めてしまいましたw 今後も貴方様の作品を 応援させて頂けたらなと思います🥰 素晴らしい配給をありがとうございました! ※深夜投下失礼しました
10,618