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第2話 代償不全
「——ッ!!」
土砂降りの雨の中、
怪獣の硬い外殻の隙間を縫うように、刃を滑り込ませる。
肉が刃先で少し切れた感触と、生温かい怪獣の血が雨に混じって顔に降り注いだ。
『対象のフォルティチュード、さらに上昇! 8.8から……9.0に到達します!!』
耳元から、小此木ちゃんの切羽詰まった声が響く。
「……了。さっさと片付けんと、被害が拡大するなぁ」
口角を上げ、いつものように飄々と返す。
だが、その実、僕の口の中は自分の血の味で満たされていた。
(あかん。想像以上に、さっきの一撃が効いとる)
数十分前。
新人隊員を庇って受けた、怪獣の尾による薙ぎ払い。
防御力に特化した防衛隊スーツ越しでも、内臓がいくつか破裂したのが分かった。
脇腹からスーツの内に流れ出た血が、足首のあたりまで生温かく溜まっている。
痛覚は、とっくに極度の集中とアドレナリンで麻痺していた。
だが、「肉体の損傷」という事実は、確実に動きを、速さを、蝕んでいく。
「はっ……、ふぅ……ッ」
息を吐くたびに、肺が焼けるように熱い。
(……..!まずい…..ッ!)
踏み込んだ右足が、一瞬だけ、泥の中でズズッと滑った。
0.1秒の遅れ。
普段の僕なら絶対にあり得ないその隙を、怪獣は見逃してくれへんかった。
ゴオォォォォンッ!!!
「ッ……!!」
丸太のような腕が目の前に迫ってきて、僕の体を横殴りに吹き飛ばした。
視界が上下に反転し、瓦礫の山に背中から激突する。
『副隊長!! バイタルサイン急低下! スーツの損傷率70%を超えました! これ以上の戦闘は——』
「……問題、ないわ」
瓦礫を掴み、立ち上がる。
視界の端が、チカチカと明滅している。
キケンデス タダチニ チリョウヲ ココロミテクダサイ
________スーツの警告音が鳴り響いているはずなのに、なぜか遠くの出来事のように聞こえた。
大怪獣が、とどめを刺そうとこちらへ咆哮を上げながら突進してくる。
避ける足は、もう残っていない。
(なら、カウンターで核をぶち抜くしか、ないなぁ)
「戦力全開放……92%」
バチバチッ!とスーツから青い放電が走る。
壊れかけた肉体に無理やり高出力を流し込んだことで、全身の筋肉が悲鳴を上げ、毛細血管が弾け飛ぶ感覚がした。
「保科流討伐術——」
刀を正眼に構える。
向かってくる巨大な牙。
その奥深く、鼓動を打つ赫い核。
「——第6式、」
全てを、この一撃に。
「『八重討ち』……ッ!!」
交差する影。
ドチュゥゥゥゥンッッ!!!
僕の双剣が、大怪獣の核を寸分の狂いもなく十字に切り裂いた。
背後で、巨大な質量が断末魔と共に崩れ落ちていく地響きが鳴る。
「……ふぅ」
終わった。
刀を鞘に納めようとした、その時。
——カラン。
僕の手から、刀が滑り落ちた。
「……ぁれ?」
拾おうとして屈みかけた瞬間、視界が完全に真っ赤に染まった。
気づけば、僕は泥水の中に仰向けに倒れ込んでいた。
『ほ、……ふく、たい……!!』
インカムから、小此木ちゃんの声が聞こえる。
でも、おかしい。
水の中に潜っているみたいに、ぐわんぐわんと反響して、何を言っているのか聞き取れない。
『——科副隊長!! 保科副隊長!! 応答してください!! バイタルが……血圧が……!!』
必死に僕を呼ぶ声。
答えなきゃいけない。
『大丈夫やで』と。いつものように笑って。
「お、このぎ、ちゃ……」
声を出そうとしたが、口から溢れたのは言葉ではなく、ゴボッという大量の血の塊だった。
『医療班!! 急いで……ッ、副隊長が……!!』
(ああ、これ結構まずいやつやな….)
薄れる意識の中で、どこか他人事のようにそう考える。
これだけの傷を負いながら、
あれだけの規模の怪獣を1人で相手したんや、そりゃあ、こうなる。
…..分かってはいた。
分かってはいた、けど。
頭が、かち割れるかと思うほどの耳鳴りが、
キィィィンと頭蓋骨を満たしていく。
インカムから聞こえる小此木ちゃんの悲痛な叫び声に、ひどいノイズが混じり始めた。
『ふく、たいちょう……!! おねが、だから……めを、ぁけ……!!』
(あぁ、泣かせてもうたな。あとで、亜白隊長に、怒られる、わ…)
体の感覚が、指先から順番に消えていく。
雨の冷たさも、傷の痛みも、血の匂いも。
『ほし……な……!』
『…………、……』
ザーッ……。
通信機から聞こえていた声が、ノイズの海に完全に飲み込まれた。
視界の端に、真っ暗な空が見える。
そのまま、僕の意識は、深い、深い泥の底へと沈んでいった。
つづく