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王都で開催する物産展に向けてすべての準備が整い、出品関係者や、領地の有力者を集めて行う激励会の開催の日となった。
執事のロッドが司会進行を買って出てくれた。
前公爵ご夫妻が亡くなられてから旦那様は長い間領地を放置していたため、領地が崩壊するギリギリのところをロッドが踏ん張って、がんばって守ってくれていた。
だから彼の努力を知らぬ者はこの領地にはいない。
そんな優秀な老執事のロッドが誇らしそうに明るい表情で生き生きと司会をする姿が、誰もがこれから領地が新しく良い方向に変化し進んでいくと想像するには十分だった。
シェイラ嬢とはあれから、ほとんど口をきいていない。
いまも目が合ったがあからさまに逸らされた。
旦那様の隣に立つわたしが、気に入らないのだろう。
もちろん冒頭挨拶は旦那様だった。
いままでの領地の放置ぶりを知っている者達のなかには、旦那様をまだよく思っていない人がたくさんいることはわかっている。
だから今回の激励会では、これから領地が新しく変わっていくことを周知したい目的もある。
隣にいる旦那様とは今日はほとんど会話をしていない。ここ何日かも仕事の会話だけしかしていない。
王都で結婚の話を初めてした頃に戻ったように、彫刻のように綺麗でそして冷たい横顔だ。
今朝、旦那様に初めてドレス姿を披露したけど、目も合わせて貰えなかった。
よく考えればそれは当然だ。
陛下に命令され結婚しただけのお飾り妻に対して、旦那様がなにの感情も持つはずがないのだから。
いままでが一緒に過ごす時間が楽しくてお互いの距離が近くなりすぎ、おかしくなっていただけだ。
一方的に距離を置かれたのは辛いけど、本来のふたりの距離に戻っただけのこと。
王都で開催される物産展が終われば、そのまま旦那様は王都に残り、アーデンは領地に帰ってくるつもりをしている。
また、お互い元の生活に戻るだけだ。
それでもアーデンは旦那様と目も合わないことが悲しくて、辛くて、泣きたい気持ちを必死に抑えて、無理矢理口角を上げて笑顔を作り、賓客をもてなす。
「まず、ここにおられる皆様方をはじめ、このモルガン公爵領地を常に支えてくれている領民の方たち、すべての人々にお詫び申し上げたい。これまで自身の勝手な感情や考えに囚われて、この地を放置していたことについて本当に申し訳なかった」
開口一番にいままでの自分の取った行動について謝罪をするルーカスに会場は水を打ったように静まり返った。
そう挨拶を述べると、ルーカスは一歩下がり頭を下げた。
アーデンは「打合せぐらいして欲しかった」と内心叫びながら、アーデンもルーカスに合わせるように慌てて頭を下げた。時間にして15秒はあっただろう。
謝罪が終わるとルーカスは思いがけない行動に出た。
壇上を降り、スタスタと迷いもなくアーデンの傍まで来ると「アーデン、手を取って」と無表情で囁くとアーデンにぶっきらぼうに手を差し出した。
ルーカスの瞳や表情からは全く何の感情も読み取れない。無表情そのもの。
アーデンはこれは仕事だと理解した。
(これはお飾り妻に求められているパフォーマンスね)
アーデンは泣きたい気持ちを抑えて、震える口元に力を入れて口角をきゅっとあげて微笑んでみせ、ルーカスの手を恐る恐る取った。
アーデンの可愛い小さな手がルーカスの手を取ると、ルーカスはその手を強く握り、まるで連行するかのようにアーデンを壇上にエスコートをした。
「私はこれから心を入れ替え、ここにいる妻のアーデンと共に領地を盛り上げて邁進していく。どうか、我々に期待して欲しいし、今日は皆様の忌憚ない意見を聞かせて欲しい」
そのルーカスの言葉に会場は一気に期待の熱を帯び始めた。
ルーカスの挨拶が終わりふたりで一礼をすると、会場が割れんばかりの拍手で湧いた。拍手はしばらく鳴りやみそうにもない。
アーデンは物産展と領地の再出発の幸先の良いスタートに胸をなでおろした。
隣でルーカスが「逃しはしない」と呟いているのは大きな拍手で聞こえていなかった。
それからはルーカスとアーデンは次から次へと挨拶に来る人達の対応に追われ、気づけばダンスがはじまる時間となった。
「アーデン、ファーストダンスを私と踊ってもらえないか?」
ルーカスはここ最近なにかに怒っているのかずっと不機嫌で冷たい。距離も置かれている。
だから、まさかダンスに誘って貰えるとアーデンは思っていなかっただけに非常に驚いた。
当のルーカスは氷を背負っているかのように冷たい表情だ。
(そうね。これもパフォーマンス)
領主夫人としての仕事だ。断る理由はない。
「旦那様、もちろんです」
アーデンはルーカスの手を取った。
今日の激励会の主催者であるモルガン夫妻がダンスをするということで周りの注目を集めるなか、アーデンはルーカスにエスコートされホールの中央へと歩いていく。
一歩一歩ホールの中央に歩みを進めるたびに、アーデンの胸が早打ちしていく。
それはただのお飾り妻だと頭でわかっているけど、旦那様にエスコートされているという喜びで泣きたくなるぐらいうれしいのだ。
「アーデン、緊張しているのか?私に任せてもらったら大丈夫だ」
アーデンが緊張しているのがエスコートをする手からルーカスに伝わったのだろう。
何の感情も見せることなく、無表情で前だけを見据えながらルーカスがしゃべった。
少しもニッコリしないで氷のような表情でルーカスが思いがけなく優しい言葉を口にしたので、思わずアーデンは泣きそうな顔で微笑んだ。
「アーデンが…やっと…」
言いたいことがあるのかルーカスはアーデンをじっと見つめ、なにかを口にしようとした矢先、曲が始まってしまった
しかし、ルーカスは何かを言いたそうだった。
「旦那様、どうかされましたか?」
ダンスでふたりは密着はしているが、さらにルーカスがアーデンを一気に引き寄せ、ルーカスの口元がアーデンの耳元のすぐそばにきた。
「ア、アーデンはヴァージルが好きなのか?」
ルーカスとアーデンのダンスを見ようと、遠巻きにしている人たちには聞こえないようにルーカスは小声でアーデンに囁くように聞いた。
「な、なにを?」
「どうなんだ?」
ルーカスの瞳と自分の瞳の距離があまりにも近くて、ルーカスの瞳に自分が映りそうだ。そして、その瞳には不安の色を灯していた。
(そうか。旦那様はお飾り妻であるわたしがヴァージルと不貞をしていないか心配なのね)
#溺愛