テラーノベル
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「お金でしか買えないもの」
🟦→🏺
最終的に40億くらい持ってたと思うのでそれを前提にしたお話です
「40億ゥ〜!?」
つぼ浦のクソデカい声が地下ガレージにこだました。
横には腕組みをした鬼のヘルメットの青井がいる。キミトスとの裁判も終わり、つぼ浦の財布の中身はすっかり寂しくなってしまった。なんの気なしに青井に所持金を聞いたところ、返ってきた答えがそれだった。
「多分それくらい、もうちょっとあったかも」
「チクショウ、航空機ディーラーめ!」
「すごいのは成瀬だよ、俺はヒモだから」
手をペラペラ振ってみせるが嫌味のようにしか見えない。まるでマッチ売りの少女のようだ。窓の向こうには豪華なご馳走が並んでいるのに、つぼ浦の手元には凍えて擦るマッチすらない。
しかしつぼ浦はか弱い少女ではないので路地裏で凍えて死ぬような真似はしない。それどころか窓をぶち割ってご馳走を食い尽くすのがつぼ浦だ。ため息をついている青井の前に身をかがめて両手をスリスリ、ゴマをすりながら顔を覗き込む。
「いや〜さっすが青井先輩だぜ、空のエースは違うぜー」
「え、急になに?空の悪魔って言ったら張り倒してたぞ」
「んなの言うわけないじゃないっすかー。それだけお金があったらロケランの弾何発買えるだろうな、対応課の仕事も楽になるんじゃないっすかね〜?」
「お前っバケモンすぎんだろ」
鬼の顔の下で思いっきり顔を歪めて青井は吐き捨てた。つい先程もロケランで宝石店を火の海にした男だ。つぼ浦にロケランを渡したことで仕事が楽になった記憶はほとんどない。
わかりやすく下手に出てみたが、その程度では青井の財布の紐が緩むわけもない。つぼ浦は姿勢を戻して考える。なんだかんだ後輩(※つぼ浦を除く)には甘い先輩だ。そしておだてるとわりと簡単に図に乗る。
さすればやることはただ一つ。この先輩の懐になんとか入り込んで、どうせ使う当てもない資産の半分、いや1割くらいでもいいからなんとかせしめることだ。それが無理でも今日の晩御飯くらいは、せめて奢ってもらいたかった。
「そんなに貯金あっても、使う当てないんじゃないんっすか?」
「まぁ……そうだけど、ていうかそうだからこんなに溜まっちゃったんだけどね」
「もったいないぜ、数字が増えていくのをいくら睨んでも生活は豊かにならねぇっすよ」
「でも現状で別に文句ないし」
青井にはとりつく島もない。つぼ浦は口からでまかせを吐くのは得意だが、親しい相手を面と向かって騙すのはあまり得意ではない。手の内を見透かされてしまう。
だから、必要なのは真っ赤な嘘よりもある程度の誠実さだ。つぼ浦は話を切り上げたそうな青井の目線の先に回り込む。
「買い物とか行かないんっすか?自分へのご褒美的なやつとか」
「うーん、ないかな」
「俺に誕生日プレゼントくれてもいいんっすよ」
「お前、9月だろ?9月3日」
「何もくれないんっすか!?」
「う、ううん、そのときになったら考えるけど今じゃないだろ」
つぼ浦が思った以上に青井は動揺している。誕生日を覚えていてくれたことは少し意外だった。いつも嫌そうに首根っこを掴んでくるだけなのに、この先輩は意外と自分のことを知っているのかもしれない。つぼ浦は青井の評価をちょっとだけ改めた。
「家は?アオセン、家持ってますよね」
「初期アパートしかないよ」
「でもハウジングとか……新しい家具とかは?つーか家買ったらいいんじゃないっすか?そんだけ金があるなら」
「でもどうせほとんど帰らないし」
「チクショウ、こいつ警察署に住んでやがる」
「お前も人のこと言えないだろ」
呆れた目線が交錯する。毎日休憩所のベンチや植え込みから起きる二人にとって、家とはあってないようなものだった。
「車は?」
「イグナスもトレロもあるしなぁ」
「ヘリは?!」
「バザードとか、もう色々持ってるし、なんだかんだマーベリックが一番だよ」
「チクショウ、埒が明かねぇぜ!何なら持ってねぇんだよ!金持ちの上に物持ちかよ!!」
人徳の高さからもらった車に、趣味で買ったヘリの数々。これだけ満ちていれば金を使う理由がないのも頷ける。つぼ浦は頭をフル回転させて青井の弱点、もとい足りないものを考える。青井の言動をイチから思い出し、ついに答えにたどり着いた。
「わかったぜ、アオセンが全然持ってねぇものが」
「なんだよ」
「服だ!!」
青井の拳がつぼ浦の顔に迫る。とっさに身体を下げて回避するつぼ浦。無言の間が周囲に漂う。その答えは、つまり図星だった。
「隙を見せたなアオセン!!服そんなに持ってないっすよねぇ!?」
「ふ、服なんて大した値段じゃないやん、だったらまだヘリでも買ったほうが……」
「そういうデカい買い物じゃなくて、日常的に気兼ねなくそれなりの金額を使えるようにならないと、そういうのが日々のモチベーションに繋がるんっすよ」
つぼ浦の指摘に、へぇ、みたいな声が鬼のメットの下から上がる。
「すごい」
「なんだよ」
「つぼ浦がまともなこと言ってる」
「殴っていいっすか?」
「いやいや、確かにそうだね。服は持ってないわ」
拳を振りかぶったつぼ浦をたしなめるように青井は手を振ってみせる。
「つーかアオセンの私服、見たことないんっすけど。そもそも持ってるのか?」
「そりゃあるよ、舐めんなよ」
「どんなやつっすか」
「その……パーカー」
「あー」
つぼ浦は口の端だけでしか笑ってない。苦笑されていることに気づいてカチンと来たものの、反論できる要素が何一つないので青井は鬼面の外まで聞こえるほどの歯ぎしりをする。
ようやく見つけた弱点を突破口にするべく、つぼ浦は青井の袖を引っ張った。
「じゃあ行こうぜ」
「どこに」
「服屋っすよ!仕方ねぇから俺が金の使い方を教えてやりますよ」
青井は目をぱちくりさせてつぼ浦を見た。宵越しの金を持ったことがないつぼ浦が言うと説得力が段違いだ。青井は少しだけ考えてからうなづいた。
「わかったよ、じゃあお願いしようかな」
「ああ、本物の浪費を見せてやるぜ」
「ギャンブルにオールインだけは無しで」
「もちろんナシだぜ、あんなの札束シュレッダーに入れるほうがナンボか楽しいからな」
「まぁ……信じるよ」
青井の声色にはまだ若干の不信感が残っている。つぼ浦はすかさず2人分の退勤の無線を入れ、お気に入りのオレンジ色の愛車をガレージから引っ張り出した。
「え、なに、お前の車で行くの?」
スマホをポチポチして退勤処理をした青井が怪訝そうに問う。
「一応非番だし、パトカーはまずいっすよ」
「いや俺の車でも、……まぁいいか。じゃあ乗せてってもらおうかな」
「任せとけって俺に!」
つぼ浦は助手席のドアまで開けて青井を丁寧にエスコートする。それもこれも、お金のためだ。適当に付き合って、割って入るのは青井の財布の紐がいい感じに緩んだその時だ。
助手席に座った青井が無造作に鬼の面を脱いだ。とても久しぶりに見る優男の顔がつぼ浦を見てにこりと笑った。
「じゃ、よろしく」
「オウ、シートベルトはちゃんと締めろよ」
ブロロロ、と低いエンジン音が響く。こうして二人のお買い物の旅が始まった。
*
お買い物に出かけた二人がまず立ち寄ったのは、問題の服屋だった。
とりあえずどんな私服なんですか?と言われて青井が試着室で着替えてきたのは目に眩しい原色ブルーのパーカーと、クタクタのジャージだった。
鬼の顔は見慣れているが、青井の素顔はめったに見たことがない。なんとなく落ち着かずソワソワ目をそらしながらつぼ浦は苦い声を出す。
「……それ、私服っていうか寝間着ですか」
「まぁ実際寝間着みたいなもんではあるか。これはどう?……って聞くまでもないか」
「ああ、聞かれても困るぜ」
青井は拳を振り上げそうになってこらえた。悔しいが反論する余地がない。
「じゃあなんだよ、どんな服ならいいんだよ」
「ア?仕方ねぇなあ」
ブツブツ言いながらつぼ浦はアウターのコーナーへと消えていく。数分後、手に服を掴んで戻ってきた。
「ホラ、これとかどうだ?」
つぼ浦から服を受け取り、青井は半信半疑で試着室に向かった。ネタ服だったらしばいてやろう、と思いながら袖に手を通す。
「……え、うそ、お前いつもそんな格好なのになんで服選びできるの?!」
つぼ浦が持ってきたのは原色ではなく抑えめなブルーグレー、シルエットもきれいなパーカーだった。黒いスキニーと合わせると、先程までの顔に似合わない野暮ったさが吹き飛んだ。
見事にイメチェンした青井を見てつぼ浦は両手をぺちぺち叩いて適当に拍手する。
「アオセン、多分パーカー自体は嫌いじゃないんっすよね?つーか好きだろ。だからちょっとマトモにしただけっすよ」
「たしかに好きだけど……なんでわかんの?」
「まー特殊刑事課にかかりゃこんなの朝飯前だぜ」
素顔を隠したがる先輩が、オフで鬼面をつけるわけにもいかないときにフードで顔を隠したりもするだろう。そう思ったとまではつぼ浦は言わなかった。
「ちょっとびっくりだわ、お前やればできるんだね」
「なんだァ?普段やってないみたいなことか?」
「だって同じ服ばっかやん。あ、そうだ、ついでにこれからの夏服も選んでよ」
「アァ?!タダで付き合ってりゃ調子に乗りやがって……」
「タダなんて言わないよ、お礼はするよ。つぼ浦の分も、欲しいのあれば買ってあげるからさ」
思ったより簡単に財布の紐が緩む音がした。つぼ浦は一瞬で悪態を引っ込める。
「いや~アオセンってスタイルもいいしー、なんつーかイケメン?だから、コーディネートのやりがいがあるぜ」
「そ、そんなことないよ、思ってもないこと言うなって」
つぼ浦の予想に反して青井は簡単に照れている。否定しているのに嬉しそうだ。やはりこの先輩は簡単に調子に乗る。つぼ浦は舌なめずりしながら棚に向かった。
夏服選びは難航した。つぼ浦は色々な棚を見て回ってため息をつく。
「……チクショウ、純金とか100ドル札でできてる服とかロスサントスでもさすがにねぇか」
「え、なに?そういうキッチュなやつが趣味なの?」
「アーなんでもねぇよ、こっちの話だぜ」
つぼ浦は邪念をモゴモゴ誤魔化して更に棚を睨む。分厚い冬服ならともかく、薄手の夏服では現金化できそうな服がなかなか見つからない。まさかつぼ浦がそんなことで悩んでるとは思わず、青井はひょこひょこと近づいた。
「なんか苦労してんの?難しかった?」
「ま、まぁな。いやーアオセンってスタイルがいいから選びがいがありすぎてな」
「やめろって」
青井はつぼ浦を強めに肘でどつく。青井だって真に受けているわけではない。つぼ浦が思ってもないことを言っているのはバレバレで、青井は小さくため息をついた。
「じゃあそれでいいよ、その、お前と同じアロハシャツで」
「んだよ、わかりやすくヤケクソになるなよ」
「えー?わかった、なら柄の違うやつで」
「アロハとか着るんっすかアオセン」
「いま着てみたくなった」
つぼ浦は流石に青井の顔を覗き込んだ。適当なのか本気なのかわからない顔をしていた。だがそれなら話が早い。いつもの棚に飛んでいって、別の柄のアロハシャツをいくつか手に取った。
「どれがいいっすか?」
「んー。つぼ浦もたまには別の模様のやつ買ったら?」
「そっすね、じゃあこの緑のやつとか……」
「俺も同じの買っていい?買うね」
「オイ、一人で決めんなよ!」
つぼ浦の手から服を奪い取り、青井は勝手に2人分の会計をしている。つぼ浦はどさくさに紛れて安い服を買われてしまったことに気を取られて、結果的におろそいになったことに気づかなかった。
「んだよ、これかよ……」
「嫌だった?」
「嫌か嫌じゃないかで言えば嫌寄りだな」
「そう?俺は嬉しかったよ。ありがとねー、つぼ浦にこんな才能あると思わなかったわ。次は?どんなお金の使い方見せてくれるの?」
「だろ?まだまだ浪費はこんなもんじゃねぇぞ!」
金がちらつくたびに一瞬で手のひらがひっくり返る。次こそはなにか高いものを買ってもらわなければ、と意気込むつぼ浦とは裏腹に、選んでもらったパーカーを着て青井はずっとニコニコしていた。
*
続いて二人は青井のアパートに向かった。ほとんど帰らないというのは嘘ではなく、ドアを開けた途端に埃っぽく淀んだ空気が流れ出してきた。窓を開けて換気をして、改めて部屋を見るとかろうじてベッドと机がある程度で殺風景を通り越している。
「マジでなんもねぇな」
「言ったでしょ、帰らないんだって」
床に倒れていた椅子を戻しながら青井がため息をつく。つぼ浦のアパートも似たようなもので、部屋を飾り立てたところで二人とも結局毎朝警察署から生えるのだろう。しかしそれでは金の使い道がない。つぼ浦は悪知恵をフル回転させる。
「もったいねぇなぁ、寝に帰らないんでもせめてなんかに使おうぜ」
「なんかってなんだよ」
「例えば……そうだな、宅飲みとか?みんなで鍋やったりとか、ボドゲもいいな。遊ぶ拠点にするとかどうっすか」
「遊ぶ拠点ねぇ」
ピンときていないようで青井は首を傾げている。少し悩んでから、つぼ浦の顔をじっと見つめた。
「……それ、つぼ浦は来てくれるの?」
「へ?ああそっか、アオセンって……」
友達がいないのか?という言葉が喉仏のあたりまで出てきてつぼ浦は慌てて引っ込めた。おべっかを使っている最中なのに、地雷どころの騒ぎではない。
「来るの?お前が来るって言うなら、まぁそういうのも……」
「い、行くぜ!行くから買いに行こうぜ!!」
つぼ浦は誤魔化すようにぎこちない動きで玄関に向かう。青井は複雑な顔でため息をつき、その後を追った。
*
それからデパートに赴いて、二人でボードゲームを選んだ。つぼ浦はボドゲにも造詣が深く、口をぽかんと開けたままの青井の手の上にどんどん箱が積み上がる。
「ねぇさぁ」
「カタンは絶対外せないだろ、あとニムトもいいな」
「つぼ浦ってば」
手に持ったカラフルな箱の向こうから呼びかけられ、つぼ浦は棚を漁る手を止めた。
「なんすか」
「これさぁ、全部面白そうなんだけど、その……二人用のやつはあるの?」
「ア?なんでだ?大勢でできたほうが楽しいだろ」
「それもそうなんだけどさ、……うーん難しいな」
青井は上手に説明する言葉を探せず、箱を抱えたまま考え込んでいる。
「あぁそうか、アオセンって友達が……」
「え、なに?」
「な、な、な、なんでもねぇ!!」
またしても地雷ワードが喉からこぼれ出そうになってつぼ浦は慌てて飲み込んだ。
しかし言われてみればいざ準備をしたところで誰も来なければ意味がない。人間と仲良くなりたくて頑張ってお茶とお菓子を用意したのに誰も来なかった「泣いた赤鬼」状態だ。さすがにつぼ浦も少し不憫になった。童話では親友の青鬼くんが人間を襲うふりをするのを止めたおかげで赤鬼は人間と仲良くなれた。しかしすでにつぼ浦は毎日大暴れしており、青井はそれを止めに来ている。
「……お前と遊ぶようなやつが欲しいんだよな」
不憫な赤鬼、いや色的には青鬼をどうしようかと考えていたつぼ浦の耳に青井のつぶやきが転がり込んできた。
「は?俺っすか?」
「だって、来てくれるんでしょ?つぼ浦も」
2、3秒、つぼ浦の思考が止まった。先ほど青井の部屋で適当に答えたことを問われているのだ、と気づいて千切れそうなくらい首を上下に振る。
「お、おう、なんだよそれなら話が早いぜ!」
「てっきりそうだと思ってたんだけどなー。だから俺と遊びたいやつも選んでよ、買ってあげるから」
「言っとくけど俺は強いからな、アオセン、でっけぇカゴもってきてくれよ!」
「はいはい」
抱きかかえたボドゲの山を崩さないようにバランスを取りながら青井は買い物カートへと向かった。
*
買い込んだボドゲを車に詰め込んだあと、二人でデパートをぐるぐる回って、食器や調理器具を一通り購入した。銀色のカトラリーはもちろん、コップも箸もトレーまでも、青井は2つずつカートに入れていった。
「ねぇつぼ浦はどっちがいいと思う?」
何度目かの質問に、つぼ浦はなんとなく居心地の悪さを感じながらも青井を見た。青井が手に持っていたのはランチョンマットだった。海のような柄と空のような柄だ。
「んなの、アオセンの趣味でいいんっすよ?俺の意見なんて……」
「んーん、だってお前も来るなら使うかもしれないでしょ」
先程からつぼ浦が渋るたびに青井はこの一言で黙らせてくる。しかしいい加減に居心地が悪くなり、つぼ浦は口をとがらせる。
「俺が使うんなら俺にそのままくれりゃいいじゃないっすか」
「だってお前も、家なんてないようなもんじゃん。だからつぼ浦のためにこういうの買ってあげてもさ、置き場がないやん」
「……チクショウ、やるな」
「それとも本署の休憩所に置く?箸とか」
「知らねぇのか?警察署は公共のものだぜ。私物化したらさすがにキャップに怒られちまう」
「今も充分私物化してると思うけどねぇ。で、どっち?」
つぼ浦は直感で海の柄を適当に指差した。青井は選ばれたランチョンマットを丁寧にカートに入れた。
「だからお前のために買ったやつもうちにおいておくから、その……来たときに自由に使いなよ」
青井は目を伏せて、つぼ浦のことは見ずにそう言った。「自由」という部分だけが自由と腹ペコを愛する特殊刑事課の耳に飛び込んだ。
「わかったぜ、つまりアオセンちは俺の備品庫ってことだな」
「なんか言い方が気に入らないけどまぁそうだね、それでもいいよ」
「チクショウ、待てよ?それじゃアオセンがいねぇと使えないだろ。合鍵くらいくれてもいいんじゃないっすか?」
「……え、合鍵?!」
青井は口をぽかんと開けてつぼ浦を見上げた。マシンガンで大量の豆をぶつけられた鳩よりも情けない顔だった。
「んだよ、ケチくせぇな」
「え、あ、いや、いいけど。……いいの?」
青井が聞き返してきた理由がわからず、つぼ浦は面食らった。まさかこれが地獄の門の鍵でもあるまいし、自動的に首が縦に動く。
「いいに決まってるぜ、俺のなんだろ?」
「なぁんだ。じゃあつぼ浦もちゃんと選んでよ、買ってあげるからさ」
「そういうことなら遠慮はしないぜ、やっぱりたこ焼き器はあったほうがいいぞ。たこパとかできるし、生活が豊かになるぜ」
他人の財布でする買い物ほど面白いものはない。つぼ浦は満面の笑みで真っ赤なたこ焼き器の箱を手に取った。
好き勝手使っていい他人の部屋と、他人の金でそろえてもらった自由に使っていい日用品。その魅力に気を取られて、部屋の主が一体誰でこれがどういうことなのかをつぼ浦は深く考えていなかった。
*
それから二人は手分けして山程のボドゲの箱と、食器や生活雑貨を青井の部屋に運び込んだ。収納がまるで足りず、箱と袋が床に積み上がる。
つぼ浦もここに棚があったほうがいい等のアドバイスはしたが、繊細で時間のかかるハウジングは得意ではない。結局ハウジングは成瀬に頼むことになり、最後につぼ浦おすすめの店にご飯を食べに行くことになった。
つぼ浦が選んだのはお気に入りの店、E5’sバーガーだった。他人の財布だからとここぞとばかりに一番豪華なバーガーにポテトとコーラもつけた。ホクホク笑顔でテイクアウトの紙袋を持ち、素顔を見られたくないと車で待っていた青井にも手渡した。
「ありがとね、つぼ浦オススメのやつ気になってたんだよね」
「顎外れそうになりながら食うのがオススメだぜ」
「コーラ、XLにしないんだ?」
「あれは最後水っぽくなるから相対的に見たらマイナスなんだぜ」
「ふーん、意外」
Lサイズのコーラを一口飲んで、つぼ浦は車を走らせる。すっかり日の沈んだ街は街灯の光が星をも凌ぐほどに眩しく輝いている。高台の公園に車を止めて、ベンチに腰掛けて二人でハンバーガーにかぶりついた。脂とジャンキーなソースが口いっぱいに広がって、その代償にソースで口の周りがベタベタになる。それをパサつく紙ナプキンで適当に拭って、ハンバーガーをもりもり攻略していく。
つぼ浦の当初の最低目標、夕飯を奢ってもらうこと、はとりあえず達成できた。それ以外にも青井は意外と財布の紐がゆるく、つぼ浦のためにいろいろなものを買ってくれた。金の使い方を教える、というとんでもない提案に青井がここまで乗ってくれるとはつぼ浦も思っていなかった。他人の財布で気兼ねなく買い物ができるのはとても楽しかった。ついて回っているのが普段は面倒くさいうるさい先輩だ、ということを除けばいい一日だったな、とつぼ浦は思った。
すぐ横は高級住宅街で、犯罪が起きていなければロスサントスとは思えないほどにとても静かだった。生ぬるい夜風が二人の間を通り抜ける。動き回る車の明かりと、動かない街灯の光をぼんやり眺めながら青井がぽつりと口を開いた。
「……なんか、見えてる景色が全然違うんだね、同じ街なのに」
つぼ浦は青井の顔を覗き込む。その目には遠くのきらめく夜景が映っている。
「何言ってんだ、景色は一緒だろ。アンタが見てこなかっただけで」
今度は青井がつぼ浦を驚きを隠さずに見た。
金を使う、ただそれだけのことで世界の角度が変わっただけで、二人が住んでいるのは同じ街だった。青井から大きなため息が漏れる。
「……そっか、そうだね、そうだよね」
新しい知見を得られたこと、それを教えてくれたのがつぼ浦であること。そしてそれを頼んだのは、自分であること。様々な感情がこみ上げて、青井は残りのバーガーを口に押し込んだ。
丸めた包装紙を紙袋に投げ込んで、青井はゆるく首を振る。今日という一日は、人生でも稀に見るほどに楽しかった。だからこそ聞かなければならないことがあった。
「つぼ浦はさ、その……楽しかった?」
ポテトを口に放り込んでいたつぼ浦は唐突な青井の問いにポテトを取り落としそうになった。
「なんすか急に、楽しかったっすよ」
「そっか。……結局お金目当てだもんね」
諦めたような声だった。その一言でつぼ浦の頭に一瞬で血が上る。見透かされた恥ずかしさと、決めつけられた悔しさで熱が何℃か上がったかのようだった。
「ん、んなわけねーっすよ!!」
無理矢理な大声で、つぼ浦はその恥ずかしさをかき消そうとした。なにも間違っていない。金目当てだった。それなのに、それを指摘されるのが途方もなく恥ずかしかった。
「じゃあどういうわけなの?」
「それは……」
「つぼ浦は、本当はどういうつもりで俺についてきてたの」
青井は熱のない目で茹で上がったつぼ浦を見据えた。偽りから逃さないとでも言うような、覚悟を決めた目だった。
なにを問い詰められているのかわからなくてつぼ浦の頬を冷や汗が伝う。青井の目はまるでなにかを試すようにも、断罪するようにも見えた。あるいは永久に縁を切り離し、二度とは戻らないかのようにも見えた。
つぼ浦の脳裏を様々な回答が駆け巡る。金目当てでついて行ったという本音が青井の目の前ではとても恥ずかしいことのようで、しかし他の適当な動機をひねり出すことができない。
なにを言っても嘘になってしまう。そしてその嘘を、青井はきっと見抜く。永遠にも近いような思考の末、つぼ浦は重たい口を開いた。
「……金だ」
苦々しい声と表情を見て、青井は思わず吹き出した。
「はは、素直だなーお前は」
地獄の裁判官のようにも思えた青井が笑ったことで、つぼ浦の緊張の糸も切れた。青井もホッとしたように苦笑している。
「なんだよ、他に何があるってんだ」
「んーん、なんでもないけど。……いや、そうだな」
また青井の目が険しくなる。へらりと笑っていたつぼ浦をまっすぐ見た。
「じゃあ俺にキスできたら1000万、って言ったらお前、やるの?」
「は、ぁ?!」
とんでもない提案につぼ浦の頭が真っ白になった。恋愛初心者のつぼ浦にとってまずキスというものが劇物にもほどがあった。それをこの鬼の先輩と。しかしそれで1000万、2回やればロケランの弾1発分が手に入る。
未知の行為と既知の報酬が天使と悪魔のように頭の中でせめぎ合う。靴を舐めろと言われたほうがまだ即答できたかもしれない。
一瞬口と口を押し付けるだけで1000万だ。失うものに対して得られるものが大きすぎる。わずか数秒、コスパを考えればやらない理由がない。たとえそれが男で、先輩で、青井であったとしても。
逡巡の末、つぼ浦は無言で頷いていた。
「……そっか、そうなんだ」
頷いたつぼ浦を見て青井は軽蔑に近い眼差しで息を吐いた。てっきり今からやれと言われると思ってつぼ浦は覚悟決めていた。しかし青井は一歩下がってつぼ浦を乾いた目で見ている。
「ん、だよ、やれるっての!!」
せっかくの覚悟をないがしろにされてつぼ浦は吠えた。しかし青井は距離を取ったままだった。
「そういうのは好きな人のためにとっときなよ。どうせお前初めてなんだろうし」
その言葉で頭を殴られたような衝撃が走った。明らかな軽蔑だった。金へ執着したことだけでなく、つぼ浦自身を安売りしたことへの。
つぼ浦の手が勝手に震えた。身体が怒りと羞恥で熱い。自分の値段は自分でつけて構わないはずなのに、なぜか後悔がこみ上げてきた。
青井は自分に何かを期待していて、そして自分はその期待に明らかに答えられなかった。しかしその期待がなんだったのか、つぼ浦にはどうしてもわからなかった。
遠くでパトカーのサイレンがやかましく響いている。ロスサントスの警官たちは二人がいない間も犯罪対応に明け暮れているのだろう。
青井は夜風でなびいた髪をなでつける。何度目かわからないため息が漏れた。
青井らだおはつぼ浦匠に恋をしていた。だから今日のこれは、一方的なデートだった。つぼ浦の愛車で、おそろいの服を買って、つぼ浦が欲しがるものを買ってあげて、お気に入りの店で過ごす、お金で買った数時間。殺風景な部屋には二人で使うものが並んで、合鍵まであげて、まるで恋人同士のような夢の時間だった。
金に頼っていたのは青井も一緒だった。金のためなら自分を安売りするつぼ浦に説教できる立場ではない。そのつぼ浦に、キスに値段をつけたのは青井なのだから。
ゴールはすぐ近くなのに果てしなく遠い。本来なら手に入らない時間を金でショートカットすることを選んでしまったのは青井だった。
「つぼ浦、今日はありがとね」
胸に秘めたモヤを無視して青井はにっこり微笑んだ。緊張していたつぼ浦の表情がほどけ、いつものうるさい顔になる。
「そうだぜアオセン、一日アドバイスしてやったんだからよ」
「わかったわかった、何発ほしいの?買ってあげるよ」
感情の乗りにくい声は裏に潜んだ諦めも覆い隠す。つぼ浦は青井の感情には一つも気づかず、目を輝かせてガッツポーズをした。
「ア〜そこは、買いに行ってもらうのも悪いんで金でいいっすよ、ホント。C4も欲しいとか言ったらバチ当たるよな!大変だろうし振込でいいんですよ、実は204番なんっすけど。アオセンは優しいからなー」
「現金だとお前、別のことに使うだろ」
「じゃあアオセン、どこでロケランの弾売ってるか知ってるんっすか?C4も」
「…………」
「ほらな」
「いや、……まぁいいや。ちなみにどこ?」
一瞬口ごもってから、眉間にシワを寄せて青井はつぼ浦を睨む。
「え、それ聞いちまうのか?仕方ねぇな、えーっと、砂漠の方なんっすけど」
「砂漠?!お前それ、やっぱりブラックマーケットだろ!どこで買ってんだよ、なんで知ってるんだよそんなこと」
「やだなぁ、蛇の道は蛇ってやつじゃないっすか」
「ちょっと意味わかんない。これなんかの罪にならなかったっけ」
「アー!いま非番っすよ!」
「じゃあいま出勤する」
左手でスマホを操作し、右手でつぼ浦の腕を拘束して青井は急に仕事モードになる。頼むから銃刀法を思い出さないでくれ!!と願いながらつぼ浦は腕を振り払おうともがく。
「付き合ったじゃないっすか!!今日、ずっと、アオセンと!」
見苦しく喚いた途端、急に拘束が解かれてつぼ浦は転びそうになった。慌てて振り向くと青井が複雑そうな顔をしていた。直後、スマホがピロンと音を立てた。2000万が振り込まれていた。
「……また買わせてよ、お前の時間」
スマホと青井の顔を交互に見るつぼ浦に、青井は静かに告げた。
「ア?」
「だから、今日みたいに。そしたらお駄賃あげるから」
「お駄賃って、ガキの使いかよ」
「不満?」
ぐいっと一歩近づかれ、つぼ浦は言葉に迷った。金目当てだと看破したのに、あれほど呆れていたのに、それでも青井はつぼ浦とまた一緒にいたいと言う。その理由がつぼ浦にはどうしてもわからない。
「仕方ねぇなぁ、また金の使い方教えてやるよ。その代わり財布がカラになっても文句言うなよ」
理由はわからないが、一緒にいるだけで金がもらえるのならつぼ浦には断る理由がなかった。勝ち誇ったように笑って青井にむけて胸を張る。
「金でお前の時間が買えるなら安いもんだよ」
青井は目を細めて笑った。お金で愛は買えないが、愛をお金に変えて渡すことはできる。
今はそれでしかつぼ浦を独占できないけれど、いつかそのままの愛を渡せる日が来るまで。
愛する人の時間を金で買える幸運に青井は心から感謝した。
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コメント
5件
どれだけ尽くして愛しても絶対に叶うことのない恋が切なくて切なくて大好きです、、😭😭砂場さんのおかげで🟦🏺が大好きになりました!素敵なお話をありがとうございます!
片想いッッ!!!分かってたけど!!!ぅわ〜…、!ボドゲのとことか、合鍵のとことか本当に片想いって言うのが分かって読者からすると辛いです(泣) あの🏺が、キスで1000万、出来るのに、「わ、出来ちゃうんだぁ」って泣けてきました…。最後の「いつかそのままの愛を渡せる日が来るまで。」が好きすぎます!その日が来てくれ、! 札束シュレッダーのセリフ、面白すぎて、大好きですw💕