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二人は智絵里の母親の背中を見送ると、智絵里はそのまま長椅子に座り込んだ。

「疲れたよな」

「うん、まぁねぇ……」

壁に寄りかかり、天井を見つめながら息を吐く。恭介はその隣に座ると、自分の肩を叩いた。

「ほら、肩貸してやるから。こっちに来いよ」

智絵里は何も言わずに恭介の肩に寄りかかった。恭介の匂いを嗅ぐだけで落ち着く。

「何か飲むか? 一応さっき自販機で飲み物を買ってきたんだ。紅茶、コーヒー、緑茶、ジュース……」

「紅茶」

恭介からペットボトルを受け取ると、蓋を開けて飲み始める。恭介の準備の良さに思わず吹き出しそうになる。

「……なんだよ」

「いや、相変わらず恭介お母さん健在だなって思って」

「お前……こんな時に……」

「こんな時だからこそ、ちょっと笑わせてよ。そういえばお母さんと何話したの?」

「付き合ってますと言っておいた」

「ふーん……。何か言ってた?」

「喜んでくれてたよ。なんか高校の時に俺をオススメされたことがあるんだって?」

「あぁ〜……そんなこともあったかな。でも笑い飛ばした記憶がある」

「……お母さんもそう言ってたよ」

智絵里は恭介の手を探し、彼の指の隙間に自分の指を絡ませていく。頭の上に降りかかる恭介の呼吸がくすぐったい。優しい現実で、辛い現実から逃避したい。

「智絵里、さっきの紙袋って……」

「うん……証拠品……かな。本当は捨ててやりたいって思ったけど、捨てるなって言われたから保管してた」

あの日の証拠となるかもしれない物。捨てたくても捨てられなかった物。

「もしかして……制服?」

恭介の言葉に智絵里はただ頷いた。

「実は恭介に言ってなかったことがあるの」

「言ってなかったこと……?」

「そう。あの日ね、警察には行かなかった。でも病院には行ったの。たまたまその病院は性被害者を受け入れてくれる病院で、治療や証拠の採取をしてくれた」

智絵里は恭介の反応が怖くて、彼の顔を見ることが出来なかった。

「警察に行くように言われたけど、それは出来なかった。だから証拠品だけ残したの。何かあっても突き出せるように……でも本当のことを言えば、その日の事実に蓋をしてしまいたかった。なかったことにして、新しく自分の人生を始めたかった。なのにいつまで経ってもあの日のことは私に付き纏う。あの証拠が残っているって思うだけで吐き気もする」

思わず恭介の手を強く握ってしまう。

「智絵里……嫌なら話さなくていいんだよ」

「ううん、今の気持ちを吐き出したい……。恭介の方こそ、嫌なら耳を塞いで」

「何言ってんの。ちゃんと共有しようって決めただろ?」

智絵里はそっと顔を上げる。恭介は真剣に智絵里の話を聞いていた。

あぁ。この人で良かった……智絵里は心からそう思う。

「さっき聞いたらね、私の翌年に被害に遭った子は相談してるんだって。ということは私の後輩だった誰かが被害に遭ってるっていうことよね。みんな怖くても、声を上げてるの。一人じゃ小さい声だけど、みんなが集まって声を上げれば大きな声になる」

「うん、そうだね……」

「私が提出した証拠は思い出したくない負の記憶だけど、この日のために残してあったと思えば、我慢して良かったって思える」

「すごいじゃん、智絵里……なんかカッコいい」

「……恭介のおかげだよ。そう思えるように私にたくさん愛情を注いでくれたから、強い気持ちを持てるようになったの」

口では強いことを言っているのに、智絵里の目からは涙が溢れ出る。またこの事実に向き合わなければならない不安、思い出すことの怖さ、でも終わりにできるかもしれない喜び。一言では表せない感情が湧き出る。

恭介は智絵里の肩を抱き寄せ、頭と頭を合わせる。

「近いうちにさ、智絵里の実家に挨拶に行こう。それでさ、まずは籍をいれないか? 夫として智絵里のそばで現実に向き合いたい。二人一緒なら百人力だよ」

「うん……ありがとう……」

恭介は私が望む以上の言葉をくれる。この幸せが夢でありませんように……。決して消えてなくなりませんように……。智絵里は心から祈るのだった。

熱く甘く溶かして

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