レジーナはクロードを連れ、いくつかの小部屋を見てまわった。
雑多な備品が残されたまま。経年による汚れはあるが、状態は悪くない。
いくつ目かの部屋。レジーナはチェストの中から目当てのものを見つけた。
白の襟シャツ。シンプルではあるが作りがしっかりしている。騎士団の支給品らしく、同じく茶色のパンツも見つかった。
男性ものだが、袖や裾を折れば着れないことはない。下は落ちないよう紐で縛ればなんとか。
レジーナは上下の衣服に「クリーン」をかけた。
(……問題は靴よね)
流石に、サイズ違いの靴ではまともに歩けなくなる。
とは言え、ヒール付きの靴を履き続けるのも難しい。足先と踵が既にジクジクと痛みを訴えている。
レジーナは、ドレスの内に隠された自身の足を見下ろし、ため息をつく。
(ヒールを折れば、多少は歩きやすく――)
不意に、クロードが動いた。
「どうしたの?」
尋ねる間もなく、レジーナの身体がフワリと持ち上げられる。
「ちょ、クロード!」
有無を言わさぬ男の力が、レジーナを部屋にあった寝台へ運ぶ。
レジーナを抱えたまま寝台の上に片膝をついたクロード。
ギシリ――
重みにベッドが軋んだ。
目の前に迫る男の影。
混乱するレジーナに声が届く。
――足を怪我して……、すまない、すぐに治療を。
「け、怪我なんて大したものではないわ! 少し擦りむいただけ」
――やはり、移動は抱いたまま……
「嫌よ!」
レジーナはギョッとして、咄嗟に拒否する。もがいて、クロードの腕からなんとか抜け出した。
「下がって、クロード!」
顔に集まる熱を自覚したくない。
レジーナはクロードの声を聞かないよう、牽制する。
彼は大人しく引き下がった。
しかし、代わりのように、レジーナの足元へ跪く。
何をするつもりなのか。
理解して、レジーナは慌てて自分の足を引き寄せる。
「触らないで!」
「……怪我の治療を」
「自分でするから!」
信じられないことに、クロードはレジーナの靴を脱がせ、足に触れようとしている。
レジーナは必死に、ドレスの下に隠した足を抱き締めた。
はしたないが、こうでもしないと彼は問答無用で触れてきそうだった。
(あり得ない! 私を騎士団の部下か何かだとでも思ってるの!?)
もしくは、庇護すべき子ども。
そこに、男としての欲がないことは知っている。だから、彼を恐ろしいとは思わない。
思わないが、なぜか、腹が立つ。
「……着替えるから、出ていって」
腹立ち紛れの言葉。
クロードは迷う様子を見せる。
(ちょっと……、『目の前で着替えても平気』とか考えてないでしょうね)
更に腹が立って、レジーナは彼を押しやる。
追い出そうとした彼は、だが、偏にレジーナを案じていた。
――一人にして良いものか……
レジーナは毒気を抜かれ、ハァとため息をつく。
「魔物避けを焚いてくれているでしょう? 危険なんてないわ」
それでも、クロードはレジーナを案じることを止めない。
言葉――思考としてはっきり確立していない獏とした不安。
それがなにか、彼を読み続ける内、レジーナは気付いた。
「……クロード、あなた」
どうやら、彼が案じているのは、レジーナの心だった。
リオネルたちの言動に傷ついたのではないか。ここで一人にしていいものかと考えているらしい。
(……バカバカしい)
傷ついた私が一人で泣くかもしれないと――?
見当違いの心配。
それが妙に気恥ずかしく、レジーナは「ああ、もう」と叫びたくなる。胸に渦巻く感情が、クロードへの嫌味になって飛び出しそうだ。
レジーナはクロードを部屋から追い出しにかかった。
「クロード、あなたも着替えてきて」
「?」
首を傾げる彼に、レジーナはクリーンを掛けた。一度では落ちない汚れに、二度、三度と重ねがけする。
「……まぁ、少しはマシになったかしら」
髪もヒゲも伸び放題だが、多少は改善されたように見える。
そこで、レジーナはリオネルたちの態度を思い出した。彼らのクロードに向けるそれは、とても命を救われた相手に対するものではない。
(まぁ、確かに、私も最初に見たときは獣のようだと思ったのよね)
見た目が問題なら――
レジーナの中にいくつかの可能性が生まれ、決断が求められた。
「……クロード。もし、リオネルたちが同行を拒んだら、どうするつもり?」
「……距離をとる。後方支援で――」
「それって、とっても危険よね。彼らだけじゃなく、あなたも」
クロードは沈黙した。
それでも、彼は、リオネルたちを救うのだろう。
レジーナは溜息一つで決意する。
「私、あなたにまだ伝えていないことがあるの」
反応のないクロード。「言いたくなければ、言わなくていい」とでも思っているのだろう。
レジーナは、彼の手首をガシリと掴んだ。
「読まれたくなかったら、振り払って」
クロードは動かない。
「これから伝えることは、あなたに関する情報。あなたが消えた四年間で、『英雄クロード』がどうなったか」
伝わる彼の内は凪いだもの。漣さえ立たない。
レジーナは彼の手を両手で握り込んだ。
「伝えるから、それから判断して」
口角を上げてニッと笑う。
「……あなたのその髪と髭、ちゃんと切って整えるかどうか」
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