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レジーナが男を連れて去った部屋。
フリッツが切り出す。
「……で、どっちにする?」
あの不審者の言葉を信じて従うか、或いは、自分たちで脱出を試みるか。
リオネルの心は男を拒絶していた。しかし、自力での脱出を想定すると、どうしても先程の戦闘――強大な力を持つ魔物の存在がチラつく。
あれが、この先も出現するような場所なら――
リオネルは黙り込む。
フリッツが、渋い顔で続けた。
「ここが本当にカシビアかどうかはさておき、だ。ダンジョン内という話は信じていいかもしれん」
彼がシリルに問う。
「シリル、転移魔法は本当に発動しないんだな?」
「うん、駄目。強制終了される」
頷いて返したフリッツが、今度は皆を見回した。
「仮にダンジョンでないとしても。シリルの転移が使えない以上、俺たちだけで脱出するのは無理だ」
断言するフリッツ。
リオネルは「否」を唱えたかったが、エリカの身の安全を考えると、黙るしかない。ただ、素直に認めることもできず、燻った思いを抱える。
アロイスが口を開いた。
「私は、彼女の言葉を信じてもいいと思う」
リオネルは反射でそれを否定する。
「駄目だ! 何を根拠にそんな!? 彼女を信じるなど、危険すぎる……!」
「それこそ、何の根拠があって彼女を疑う?」
「レジーナはエリカを殺しかけたんだぞ!?」
否定しようのない事実。
アロイスは一瞬、考え込む仕草を見せた。しかし、すぐに首を横に振る。
「エリカへの行いは置いておくとして。今回はフリッツが巻き込まれている。彼女とて王族に手を出す愚は犯すまい」
「そ、れは……」
「もし仮に、彼女が私たちを害すつもりなら、こんな提案をする必要はない。置き去りにすればいいだけの話。先程の戦闘も、助けに入る必要などなかった」
「確かに、表面的にはそうかもしれんが!」
その裏で姑息な手段をとるのがレジーナだ。
(もう、騙されるわけにはいかない……っ!)
かつて、リオネルはレジーナを信頼していた。その分、彼女がエリカを傷つけ、自身の傍で何食わぬ顔をしていたと知った時、深く傷ついた。
リオネルはもう選択を間違えないと決めている。
話が平行線を辿りそうになった時、フリッツが「そこまでだ」と割って入った。
「確かに、レジーナが何かを企んでいる可能性は捨てきれん。が、あの女が敵であろうと味方であろうと、今のこの状況を打破するには、クロードという男の助力は不可欠だ」
フリッツはそこで言葉を切り、嘆息した。
「レジーナの提案を受け入れる」
それで全てが決まった。この場における最高位者の決定。
不本意ながら、リオネルも賛同するしかない
リオネルの不承不承な態度に、フリッツが苦笑する。
「リオネル、気持ちは分からんでもない。が、決めた以上、脱出するまでは仲間、協力関係だ。無駄な敵意でレジーナを煽るなよ」
「……承知、しました」
無力ゆえに、相容れぬ存在と手を組まねばならない。
リオネルは自身の未熟さに歯噛みする。
アロイスが「二人を呼んでこよう」と部屋を出て行った。
やがて、アロイスが見慣れぬ恰好のレジーナを連れて戻ってきた。
ドレスが破れていたからだろう。
大きさの合わない男物の服に着替えた彼女は見苦しく、不格好だった。
リオネルの胸に、一瞬だけ、彼女に対する憐憫が浮かぶ。
二人の姿を認めたフリッツが、片眉を上げる。
「レジーナだけか? あの男はどうした?」
「支度中です。すぐに戻ってくると思いますが……」
レジーナが背後を振り返る。
「ああ。戻ってきました」
彼女が僅かに頬を弛めた。
その横顔に、リオネルは虚を衝かれる。
(な、んで……?)
レジーナが、自分以外にそんな顔を見せるなんて――
彼女は、基本、リオネルと居ても常に気を張っている。だが、本当にたまに、穏やかな笑みを浮かべることがあった。
緊張が緩んだ一瞬の笑み。
遠い記憶が呼び起こされ、リオネルは困惑する。
(なぜ、そこまで心を許している……?)
得たいの知れない獣。戦う力はあれど、でかい図体で物言わぬは愚鈍さの現れ。
そこで、リオネルはハタと気づく。
レジーナには、そんな男しか頼れる者がいないのだ。
彼女自身、この地に来るつもりはなかったのだろう。
エリカへの意趣返し、嫌がらせ。その程度のつもりが大事となった。
今、彼女の側には誰もいない。
リオネルは彼女への憐憫を増す。
(クソッ……!)
レジーナは悪だ。エリカを虐げた。決して許せない所業。
しかし、その裏にリオネルへの想いがあったことだけは認めるしかない。
彼女の過ぎた想いが罪を生んだ。
(駄目だ。私は……)
レジーナを切り捨てきれぬ弱さ。
リオネルは彼女から顔を逸らした。
その時、廊下の奥から件の男が現れる。
男の姿――変化に、リオネルは息を呑んだ。
隣で、エリカが驚きの声を上げる。
「うそっ! もしかして、英雄クロード!?」