俺が島の女の人たちに体を揺さぶられて気がついた時にはもう夜が明けかかっていた。俺と母ちゃんはウタキの中で倒れていて、俺の腕の中では美紅の体が既に冷たくなっていた。純のお母さんはウタキの森のすぐ外で木にもたれているところを沖縄県警から駆け付けた警官隊によって発見された。彼女もすでに息絶えていた。
俺と母ちゃんはその後島の駐在所で当時の事情を訊かれたが、もちろん本当に起きた事を話すわけにはいかない。母ちゃんが警察官の推測に適当に話を合わせ、大体こんなところでけりがついた。
純のお母さんは俺を追って久高島へやって来て、俺をかばって美紅は刺されて死んだ。純のお母さんの指紋が美紅の胸に刺さっていたナイフから検出されたから、これは問題ない。その後、純のお母さんは出直そうとしてウタキの森を出た所で突然心臓麻痺を起して死んでしまった。
俺の母ちゃんはあの女神に乗りうつられた後の事を全く覚えていなかった。だから美紅の最期を知っているのは俺だけだ。そしてなぜ純のお母さんが何かを抱きしめるような格好で死んでいたのか、なぜその死に顔が頬笑みさえ浮かべた安らかな物だったのか、それも俺だけが知っている。
きっとあの人の魂だけがどこか別の時代あるいは別の世界へ行ったのだろう。そこで生まれ変わった純と幸せに暮らしてくれる事を俺は心から願った。
美紅の葬式が終わり、俺は美紅の遺骨を故郷である久高島に葬って欲しいと願った。だが、フボー・ウタキは男子禁制、その島の掟を破った美紅にそれは許されなかった。結局美紅の遺骨は久高島の近くの海に散骨する事になった。
お婆ちゃんが近くの漁師さんに頼んで出してもらった船で俺、母ちゃん、お婆ちゃんの三人は骨壷を抱えて海に出た。壺を開け、美紅の遺骨を海面に巻こうとして、俺はたまらず母ちゃんに言った。
「本当にこんなんでいいのか? 沖縄本島かどこか、他の場所に埋めてやれないのかな? お墓もないなんてあいつがあんまり可哀想だ」
だが、お婆ちゃんは意外な事を言った。
「いや、それでええ。この方が久高島の伝統に近いからの」
ポカンとしている俺に母ちゃんが続きを説明する。
「沖縄でも今はお墓を作る方が普通だけどね。でも、それは仏教や本土からの影響よ。琉球の信仰では、本来お墓はないし、お墓参りをする習慣もなかったし、死んだ人の体は魂が抜けた、ただの穢れた肉の塊でしかない。そう考えていたの。魂はニライカナイへ行ってもう戻って来ないのだから。久高島ではね、ほんの三、四十年前までは死んだ人の遺体を海岸に放っておいてそのまま朽ち果てさせる、という葬り方をしていたのよ。さすがに衛生上の問題とかあって今ではお墓に入れるけどね。でもそのお墓は形だけの物。こうやって琉球の自然に返す……それが琉球神道での死者の弔い方の原型に近い。お婆ちゃんが言っているのはそういう事よ」
二人にうながされて俺は骨壷から少しずつ美紅の遺骨を海に落としていった。お婆ちゃんが俺の肩に手をあて、俺に言う。
「あれは最後まで琉球のユタとして生きユタとして死んだ。じゃから、太古の昔の琉球のやり方で葬ってやるのが一番ええんじゃ。もし美紅に墓が必要と言うなら、この海が美紅の墓じゃと思え。そして美紅が恋しくなったら海の見える場所へ行け。この沖縄の海は世界中につながっておる。もちろん東京の海にもな。おまえがこの先どこにいようと、海が見える場所へ行けばそこで美紅に会える」
俺は涙をこらえ、大声で泣き出したいのを必死でこらえながら美紅の遺骨を海面に撒いていった。母ちゃんが俺の頭に手を乗せこう言った時、俺はもう我慢の限界を超えてしまった。
「体はでかくてもチューボーなんてまだガキなんだからね。泣きたい時に好きなだけ泣ける。それが子供の特権よ」
最後に海面に骨壷をそっと投げ入れ、俺は船べりに両手でしがみついて泣きながら叫んだ。
「ウッ……ウッ……美紅……うわあ。美紅!……うわああ。うわあああ。うわあああああああああああああああああああああ!」






