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翌日の午後、俺たちは那覇の街にいた。東京へ帰る飛行機に乗る前に母ちゃんが一応沖縄県警本部に東京へ帰る事を告げるためだ。あの事件は既に解決済みという扱いだったみたいだが、念のため挨拶しておくことにしたそうだ。
母ちゃんが県警本部に行っている間、俺とお婆ちゃんは通りの向こうの大きなホテルの前のベンチで並んで腰かけて待っていた。俺はお婆ちゃんと何と言葉をかわしていいか分からなくて、どうにも気まずい雰囲気だった。やがてお婆ちゃんの方から口を開いた。
「早いものじゃ。ヤマト世(ユー)に戻ってもう五十年か……」
そう言われて俺は突然気づいた。ホテルの外壁にも街のあちこちにも「本土復帰五十周年」と書かれた看板や垂れ幕がやたら目立つ。
「まだ本土には及ばんとはいえ、沖縄もそれなりに近代化しての。一つの家の子供の数も昔に比べてずいぶん少なくなった」
「は、はあ……少子化ってやつですよね」
「じゃから妹を持たぬ男や兄を持たぬ女も増えた。つまり『をなり神』を持たん男や『をなり神』になれん女も多いということじゃ。本来『えけり』と『をなり』は兄と妹という組み合わせ。だが今の若い者はそれにこだわらんようじゃ。姉と弟でもよいし、いとこ同士でもよい。あるいは母と息子でもよいし、父と娘でもよい。さらには何の血のつながりもなくとも、惚れ合った者同士で女を『をなり神』にする事もあるそうな」
「沖縄の信仰も変わってきている、という事ですか?」
「もう若い連中には琉球の神さんたちの事をよく知らん者も多い。ノロやユタが人から必要とされる事も年々少なくなっておる。イザイホーの祭りも絶えて久しい。そのうちアマミキヨ様や琉球の神さんたちの名前もすっかり忘れられる日が来るやも知れん」
「それは……なんかさびしい気がしますね」
「だがの、雄二、『をなり神』の心が消える事はない。ほれ、あれを見てみい」
お婆ちゃんが指差した方角には手をつないで道を歩くランドセルを背負った女の子と幼稚園の服を着た男の子がいた。次にお婆ちゃんが指差した所には若いお母さんと男の子。それから肩を抱き合って歩く恋人同士らしいカップル。お婆ちゃんが続けて言う。
「あれが今の、そしてこれからの時代の新しい『をなり神』の形なのかもしれん。たとえノロやユタが全て絶えていなくなり、琉球の神さんたちが全てウチナンチューにすら忘れられる時が来ても、『をなり神』が消える事はない。人がみな女の腹から生まれ、女親に守られて育ち、大人になっても常に男は女に癒されてつらい仕事に耐えて行く力をもらう……その、人の世の理が変わらぬ限り、『をなり神』の心はいつまでもこの世に残り続ける」
それからお婆ちゃんは俺の頭に手を乗せて、今まで聞いたことのない優しい声で言った。
「美紅のことを悲しむのはええ。だが気に病んではいかん。それはあれの魂(マブイ)も喜ばん。あれは世が世なら琉球神女の歴史に名を残したかもしれん立派なユタじゃった。おまえはその『をなり神』に守られた男じゃ。その事を誇りに思え。誇りに思ってこれから生きてゆくがええ」
俺はもう泣かなかった。右のこぶしで目をこすり、顔を上げると街のあちこちに仲良さそうに並んで歩く、兄妹、姉弟、母子、恋人たち……その姿が俺の視界に広がった。
それからすぐに母ちゃんが俺たちの所へ戻って来た。県警との話はうまく済んだらしい。お婆ちゃんがベンチから立ち上がって俺と母ちゃんに言った。
「では、わしは行く。達者での」
「母さん……」
俺の母ちゃんが少し遠慮がちにお婆ちゃんに向かって言う。
「本当にここで?」
「ああ。今から空港に行っとったら、島に帰る船に間に合わんようになるからの」
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