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【奇病にかかった者たち】
第四話「目覚めと仲直り」
朝日が部屋に差し込む。その温かな光が眩しくて、百合斗は寝返りを打ちながら目を覚ました。ベットの上から窓側へと目をやると長い黒髪に目を奪われる。百合守がこんな明るい時間帯から現れる訳がないと目を擦って再び前を向けば、そこに立っていた人は梦存だった。
物音に気がついたのだろう。振り返った梦存は百合斗の顔を見て目を丸くしている。そしていつも通りの無表情へと戻った。どうして此処に。と、声をかけようとしたが自分が目覚めた事に対して驚いた顔をした梦存の反応に色々と察してしまう。
「……おはよう。……」
「うん、おはよう」
百合斗が何も言えずにいると、梦存の方から声をかけた。その表情は何処か嬉しそうに緩んで見えた。
そんな梦存を前にしてさっきまでの沈んだ気持ちが嘘のように晴れていくのを感じた。百合斗は満面の笑みでおはようと挨拶を返す。
そんな百合斗を見ながら、久しぶりにサモエドを思い浮かべる梦存だった。
*****
「百合斗ーーーーーッ!!」
「あ、おはよう花影!」
「ッ!ッ!!ッ!!!〜〜〜ッおはよう!!!」
ダッダッダッダッダッと廊下を駆ける音が迫って来たかと思えばスライド式の扉が勢いよく開く。百合斗の名前を叫びながらやって来た花影は、何ともないように笑って挨拶してくる百合斗を見て、心配という気持ちと、嬉しいという気持ちがせめぎ合いながら言葉を詰まらせて、最終的に挨拶を返した。
花影は1週間ぶりに目を覚ました百合斗と会話を盛り上げる。もちろん梦存は花影の腕の中にいるのだが、2人が笑いながら話しているのを見て胸が何だかポカポカ暖かくなるような感覚に心地よさを覚えていた。
「騒ぎ過ぎです!あと廊下は走らない!」
「「「ご、ごめんなさい」」」
「百合斗くんは今から検査なので一階まで来てね」
「じゃあ行ってくるよ」
楓乎に呼ばれて百合斗が目を覚ました事を知った看護師が305号室に訪れると、そこにはわいわいとはしゃぎ倒す3人がいた。病院内には他の患者もいるので念のため注意する。
そして百合斗は看護師と一緒に自室を出て行った。
しゅんとしながら騒ぎ過ぎた事を反省している花影を見ながら梦存は自分の胸に手を当てて、さっきの感覚が何だったのか疑問に思う。そんな2人に楓乎は一度部屋に戻っておくよう言った。恐らく百合斗の検査は時間がかかるし、ずっと見舞い続きだった2人にも安静が必要だと感じたのだろう。
「それじゃあ僕は楓乎と先に部屋に戻るね!
ちゃんと休むんだよ?」
「お前が言うか」
「えへへ〜」
楓乎に図星を突かれ、頬を掻きながら笑って誤魔化す花影。
そんな2人に手を振りながら廊下で別れた。梦存は階段を上がりながら、ふとガラス窓に目をやった。
―――あ、猫。
キラキラと太陽の光を反射して落ちる影の中。見かけない形を見つけた。ゆらゆらと尻尾を揺らす猫。
梦存が階段の踊り場まで上って窓の方へ近寄ると既にその姿はなかった。代わりにその瞳の中に映ったのは、紫陽花。どれだけ前髪で隠そうとしても枯れた花の中から蕾が目立つ。
きっともうすぐ花が咲く。月に一度、梦存の片目に紫陽花が花開く。分かっている事なのに、自分が奇病を患う者なのだと突き付けられているようだ。けれど今は何だかその現実が不思議とそんなに気にならない。
梦存がガラス窓に映る自分を見つめていると、上から足音が聞こえてきた。
「…………」
「…………」
ぱちりと目が合う。
そして沈黙が流れた。
この間はまだ此処へ来たばかりで挨拶すら出来ないままだった。しかし初対面で失礼なことをしてしまった手前、梦存の方から声をかけるのは少し気が引ける。
階段の方に来たという事は下の階に用があるのだろう。邪魔にならないように避けようとして後ろに下がる。すると梦存が何処かに行ってしまうと思ったのか慌てて呼び止めるイリオス。
「あっ、待って!」
「?」
踊り場まで降りると、梦存の方へと寄って行く。
そして3歩ほど離れた場所で立ち止まると躊躇しながらも口を開いた。
「こ、この前は…挨拶もせず逃げてごめんなさい。
ずっと気にしてたけど…あんまり関わるのは行けないって言われてるから謝れなくて」
気まずそうに目を逸らす。
ぎゅっと服を掴む手は汗ばんでいた。きっと緊張しているのだろうと梦存は察する。誰に言われたのかは知らないが関わるなという言いつけを破ってまで勇気を出して謝る為に声をかけてくれたのだろう。
そっとイリオスの右手を掴むと梦存は自分の右手を差し出してその手を握った。そしてぶんぶんと軽く上下に振る。ぱちくりとイリオスが目を丸くしていると梦存は言った。
「私の方こそ初対面で失礼なことをしてしまったから、ごめんなさい。私がいた場所ではあまり見かけない花だったからつい見つめてしまったの。
仲直りは握手をすると良いって聞いたんだけど…違ったかしら?」
「う、ううん!違くないよ!!握手!!」
少しだけ通っていた小学校で、担任の先生が仲直りの握手をするよう他の生徒に言っていたのを思い出して試したは良いものの。
困惑したような表情を浮かべるイリオスを見て何か違ったのかもしれないと小首を傾げる梦存。そんな様子に気がついたイリオスはハッとしたようにぶんぶんと握手した手を上下に動かした。
そして嬉しそうに笑った。
「百合斗から聞いた通りに勇気を出して良かった!」
「百合斗から聞いたの?私のことを?」
「そうだよ!」
聞き返してくる梦存を不思議に思いながらもイリオスはその疑問に対して肯定を示した。
しかしながら百合斗はつい先程まで眠っていた筈。だが、こうして今イリオスが話しかけて来たのは百合斗に梦存のことを聞いて仲直りをする為だろう。眠っていた筈の百合斗がどうやってイリオスと会話をしたのか。
辻褄は合わないが、イリオスが嘘をついているようにも見えなかった梦存は小首を傾げるしかなかった。
「ねえ、それっていつの…」
「イリオスくん!先生が待ってるよ」
一体いつ百合斗と話したのか。問おうとした梦存の声を遮るように階段下から名を呼ばれるイリオス。二人は同時に下を向くと、手招きしている看護師を見た。
ハッと何かを思い出したようにイリオスは梦存の方へと向き直り、ぶんぶんともう一度握手している手を上下に振るとパッと手を離して階段を降りていく。
看護師の後をついていく途中で梦存の方へと手を振りながら口をパクパクと動かしていた。大きな声を出しては怒られてしまうので、小さな声で「またね」と言っていたのだろう。
「……まぁ、別にいっか。」
手を振り返すと嬉しそうに笑うイリオスが角を曲がり見えなくなると梦存は小さくそう呟いた。
百合斗は既に目覚めているし、仮にイリオスと百合斗が自分の話をしていたとしても別に困ることもないからである。降っていた手を下ろすと梦存は階段を上り、自室へと戻った。
*****
次の日。
梦存はお昼ご飯を食べた後、花影と百合斗に連れられて旧病棟の方へとやって来ていた。階段から見た時に4階廊下の左側の道を進むと、梦存たちの病室がある病棟から唯一旧病棟へと繋がっている渡り廊下がある。
そこを通って階段を下り、2階へ向かうと少し古びてはいるが綺麗な廊下に出た。そして花影に手を引かれながら向かった先には図書室と書かれた札が入り口にかかっている扉があった。
「……図書室?なんだか学校みたいなのね。」
「入院してる子たちが少しでも外と同じ様な環境で過ごせるように 学校の作りみたいにしたんだって!」
「花影はよく体育館もあったら良いのにって言ってるけどね」
「だって全然体動かせないんだよ?
せっかく部活で鍛えた筋肉が鈍っちゃう…!」
「部活やってたの?」
「まあ大会前に奇病を発症して辞退せざるおえなくなったんだけどね〜!」
扉をスライドさせるとガラガラガラっと音を立てながら開いた。嗅ぎ慣れない特有の匂いがする。
梦存は花影の話に耳を傾けながらキョロキョロと辺りを見回していた。少しだけ通っていた学校も結局図書室など人が多い所へは行く気になれなかったから、梦存にとっては初めて本が沢山ある空間。
そんな様子に気づいたのか百合斗は花影に図書室を案内しようと提案して、梦存が知りたそうな事を全て説明して回った。
入って5、6歩進むと左右に本棚が3連ずつ。部屋の奥へと続いており、そのまま真っ直ぐ窓の方を見ればふわりとカーテンが揺れている。そして、細長い机が壁にぴったりとくっついて並んでいた。
流石に全部の本棚にどんな本があるのか案内するのは時間がかかるので、それぞれ好きな本や気になる本を手に取って集まることにした。
「僕はこの本がお気に入り!」
「植物図鑑?」
「そう!毒がある草とか花言葉とか色々のってて面白くてね!
あ、ほら!梦存ちゃんの花についてものってるよ」
窓辺に置かれた椅子に座って、花影が指差す本の内容へと視線を落とした。
雨の雫とカタツムリを乗せた紫陽花の写真。花言葉や名前の由来など事細かに記されている。他にも朝顔や菜の花、チューリップやヒヤシンスなど沢山の植物が載っていた。
百合斗が持ってきたのは、一冊の絵本。
幼い頃に両親が読み聞かせてくれた本らしい。
「百合守にも読んでほしかったから、この本を見つけた時は凄く嬉しかったんだ。」
「思い出深い絵本なのね」
「僕も読んだことあるんだけど、とっても素敵な話なんだよ!双子ってなんだか百合斗と百合守のことみたいで」
花影の言葉に百合斗は嬉しそうに笑った。
梦存はそんな二人を見て、何だか不思議な気持ちになる。家族以外でこうして当たり前みたいに話をした事があっただろうか。
まるで年相応の子供がするような、そんな何気ない会話。図書室の中で互いの好きな本を見せ合って楽しく話し合っている。梦存には初めての経験だった。
本当に、ただの普通の女の子になったようだったのだ。
「あのね、二人とも…」
「うん?」
「どうしたの?」
ふと、声をかける。
無性にこの言葉を言いたくなったのは、初めてだった。
「ありが」
「騒がしいな。
図書室では静かにって習わなかったのか?」
そして、別の声が遮るようにそう言い放った。
ーーーーー ーーーーー
・主人公→梦存(むつぎ)。404号室の患者
・一話登場→百合斗(ゆりと)。305号室の患者
・二話登場→楓乎(ふうや)。203号室の患者
・二話登場→花影(かえい)。203号室の患者
・三話登場→百合守(ゆりま)。305号室の患者
・三話登場→イリオス。405号室の患者
・三話登場→濡羽(なう)。301号室の患者
・三話登場→月白(きしろ)。302号室の患者
・四話登場→???。???号室の患者。