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金曜日、ターミナル駅に着いた愛理は、待ち合わせの大きな柱に身を寄せた。

「由香里ももうすぐ来るかな?」

時間潰しに、スマホをタップして、淳のスマホにダウンロードした追跡アプリWatch quietlyを立ち上げると、画面地図上を赤い丸が点滅している。

赤い丸は淳の現在地、会社から出て最寄り駅の方に移動中なのが分かった。


──会社の仲間と……。なんて、言っていたけど本当なのかな?


そんなことをふと思い、画面を閉じる。顔を上げれば、ちょうど人ごみの向こうから由香里が歩いて来るのが見えた。小さく手を振り合図を送る。


「由香里!」

「いつも待たせてごめんね」

「ううん、私も来たばかりだから」

「じゃあ、お店に行こうか」


由香里の案内で、ターミナル駅から5分ほどにある、今日のお目当てのお店に向かい歩きだした。


少し前を歩く由香里は、長い髪をかき上げて、颯爽としている。女性として、内面からイキイキして仕事も生活も充実しているのがわかる。

自分とは対照的な由香里の自信の満ちた様子が眩しく見え、愛理は目を細めた。


「私もイメチェンしようかな?」


「イメチェン? いいんじゃない? 髪の色を少し明るくするとメイクも明るい色をチョイスするようになるから、気持ちも上がるよ」


「うん、グズグズと悩んでばかりいないで、色々とチャレンジしてみる」


「そうそう、その調子!」


洋風居酒屋『青の洞窟』に到着した。お店のドアを開くと店員から「いらっしゃいませ、2名様ですか?」と声が掛かる。


待ち合わせだと伝え、店の奥に足を進める。店内は洞窟を模したゴツゴツとした岩肌の壁に仕切られた個室がいくつも並んでいた。

店員に指定されたカーテンを開けると、先に到着していた、朝比奈美穂と佐久良が笑顔を向ける。


「久しぶり! 先に始めていたよ」


朝比奈美穂と佐久良は並んで座っていた。テーブルの上には、既にサラダやローストビーフ、生春巻きなどが置かれている。

テーブルをはさんだ向かいの席に愛理と由香里は腰を下ろした。


「今日の招集は何か、報告したいことがあるのかな?」

と挨拶がわりに由香里が問いかけに美穂がフフフッと笑い頬を染める。


「実はね。結婚が決まったの」


「えー、おめでとう」

「どんな人」

「どこで知り合ったの」

などと、愛理も由香里も佐久良も矢継ぎ早に質問を飛ばした。


「ほら、私、フラワーアレンジメントの講師やっているでしょう。生徒さんが割と良い家の奥様が多くてね。息子に会ってくれないか、って言われちゃってね」

と、誇らしげな表情の美穂は、髪を耳に掛けながら言葉をつづけた。

「それでね。田丸薬品に勤めている田丸誠二さんを紹介されたの」


「もしかして、それって御曹司? 製薬会社の跡取りって事? すごーい」

由香里が驚きの声を上げ、愛理は横で頷き、佐久良は目を大きく見開き口に手を当てている。


美穂は、その反応に満足気に頷き、口角を上げ憫笑を浮かべる。

「まあ、たまたま紹介された人が田丸さんだったの。ご縁ってあるんだなって思ったわ。来月に婚約パーティーをすることになって、参加してもらえると嬉しいんだけど、コレ、招待状なの。ぜひ来てね」


美穂は、ブランドのバッグを持ち上げ膝の上に置いた。そのバッグは南京錠が付いたデザイン、MがインストにUPしていた物と同じだ。

それに気付いた愛理は、ひゅっと息を飲み込む。

表情を固くさせた愛理をよそに、美穂はバッグから薄いグリーンのバラが印刷された封筒を取り出し、3人に手渡した。

「これ、招待状なの。よろしくね」


その封筒には、各自のフルネームが記入されている。愛理の封筒には、”中村愛理様”と書かれていた。

自分の封筒から視線を上げると、美穂の横に座る佐久良へ渡された封筒の文字が目に留まる。


” 佐久良 麻美様 ”


「え!?」

いつも佐久良と呼ばれていて、フルネームなど気にしたことが無かった。

でも、淳のLIMEのあやしい人物の ”浅見” は、もしかしたら ”麻美” ではないのかという、考えが過る。

その一方で、淳の不倫相手がインストにUPしていたバッグを同じ物を持っている美穂のことも疑わしく思えてしまう。


── 佐久良ならともかく、御曹司と結婚が決まっている美穂まで疑うなんて。私ってば、被害者意識が強すぎる。


その佐久良が愛理の方を向いた。視線が合うと口角を上げ薄く笑う。


「そういえば、淳クンは元気? 学生時代から付き合って、結婚するなんていいわよね。お伽噺みたい。結婚2年目だっけ?」


「うん……」


「いいわね。私も淳クンみたいな御曹司と結婚したいなぁ」


佐久良の言葉にゾワリと悪寒が走る。淳と結婚したいと言っているようにしか聞こえない。


「御曹司とかって……。そんなにすごくないよ。御曹司って美穂の婚約者の田丸さんのような人を指す言葉だよ」


「でも、親の会社の跡取りだし、御曹司だよね。あー、私も大学時代に頑張れば良かった。アハハ」

「大学時代には、淳クンの事なんて興味なかったクセに、今になってそんな事を言うんだ」


佐久良に向かって、由香里が笑いながら軽口をたたく。それにピクリと佐久良の眉が反応したのを愛理は見逃さなかった。


「だって、そんな有望株とは思っていなかったし、あの頃に比べたら淳クン、あか抜けたよね」


その言葉に愛理は、矛盾を感じた。淳クン元気?と聞いて来たクセに、あの頃に比べたらあか抜けただなんて、最近会っていないような事を言って、実は会っていたのではないだろうか?


「あか抜けたのは、奥さんである愛理が頑張ったからだよ。ねー、愛理そうでしょう」


「う、うん」


由香里のフォローに上手く反応できない。佐久良の挑戦的な言葉が頭の中でグルグルと渦巻く。



もしかしたら、不倫相手は佐久良麻美なのかもしれない。

最近淳と会っていたのか、淳の不倫相手なのか、問い質したくなる。

でも、そんな事をすれば、自分の結婚生活が上手くいっていないのを露呈してしまう結果になる。佐久良が淳の不倫相手でも、不倫相手でなくても他人の不幸は蜜の味とばかりに食いついてくるだろう。



愛理は目一杯、虚勢をはる。


「主人を高く評価してもらえて、妻としては喜ぶべきかな? でも、淳は服一枚自分で片付けられなくて、ホント手が掛かるの。食事も出来合いのお惣菜とか嫌がるから、お姑さんにおふくろの味を教わって、手作りして頑張っているの。御曹司とか言って持ち上げてもらったけど、お手伝いさんが雇えるような暮らし向きじゃないから奥さんやるのも意外と大変なのよ」


「そ、そうなんだ……。あっ、美穂のところは、もしかしてお手伝いさんがいる家だったりする?」


愛理の話が、佐久良の想像していた結婚生活と違っていたのだろう。一瞬、驚いたように目を見開いた佐久良は勢いを失くし、話しを逸らした。


「あ、ウチの話になった。あはは、お手伝いさんなんて居ないよ。新居になるマンションのサービスにハウスキーパーはあるみたいだけど……」


クスクス笑いをする美穂に由香里が問いかける。


「新居のマンション、コンシェルジュがいるタワーマンションなんだ」


「まあ、田丸さんが用意してくれたから……」

そう言って、美穂は、したり顔をみせる。


「いいな~、うらやましい」


みんながワイワイと話をしている間も愛理の気持ちは落ち着かない。淳の浮気相手は佐久良なのかも⁉という思いが頭の中を占めていた。


みんなと別れ、家へ向かう電車の中で、追跡アプリWatch quietlyを立ち上げた。淳が通った経路が赤い点線で表示されている。

赤丸がついた場所を検索すると、チェーン店の居酒屋だった。

車窓からは、幸せそうな街の明かりが流れている。

それを見ながらポソリと呟く。


「私が遅い日なんて、浮気をしているなら絶好のチャンスのはずなのに……」


会社から駅の間の居酒屋に寄ったぐらいで、そのまま自宅へ帰っている。

でも、もしも、佐久良麻美と浮気をしていたなら。

今日、淳が浮気相手と会わなかったと言うのにも、納得がいく。

女子会に参加していた佐久良とは会えないからだ。


── 佐久良か……。

実家が華道家の美穂やエステサロン経営の由香里、セレクトショップを展開している佐久良。華やかな3人に比べたら、私なんて、インテリアコーディネーターと横文字の職業だけれど、ただのサラリーマン。

佐久良から見たら、つまらない女に見えるんだろう。

だからと言って、あからさまに淳が良かったとか言うなんて、浮気相手だと自分で白状しているようにしか思えない。


疑い出したらキリが無い、証拠も確信も無いのに浮気相手を佐久良だと決めつけている自分に嫌気がさしてくる。

いっそ、淳から離婚を切り出してくれたら、実家の工務店の下請けを外さないのを条件にして、話を勧められる。鬱陶しく思っているなら、手放してくれればいいのに……。



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