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儀式をした日から1週間が経った。ライと過ごす日々は楽しい。お堂は掃除さえしてしまえば快適な住居で、むしろ2人だと持て余してしまうほど広かった。
「マナー、どこにいる?……あーもう!ほんっとこのお堂の間取り分かりづらいなぁ。」
「んー?どしたん…?」
縁側から自分を呼ぶ声がして小走りで襖を開けて駆け寄れば、床に大荷物を広げたライがいた。
「さっき調達してもらったんだー。これが布団で、これがタンス、あとこっちが服とか。後でまた追加の荷物も来るよ!」
調達?というのがどこからのものか分からないが、きっと神様の力を使ったのだろう。部落にいた時よりも豪勢な暮らしになりそうで少し気後れしてしまう。
「ありがと!でも……そんなに色々貰っても何も返せんよ…?」
こんなに良くしてもらっているのに無一文どころか今や村では死んだことになっている俺は、ライになんのお礼もすることができない。申し訳なさからそんな言葉を漏らすと、ふわりと身体が抱きしめられた。
「マナはそんなこと心配しなくていいんだよ。全部俺がやりたくてやってることなんだから……ね?」
わかった?と念を押すようにわしわしと頭を撫でられる。そう言われてもやはり、自身の胸から悩みが消えるわけではない。浮かない顔をする俺にライが懐から何かを取り出した。
「じゃーん!これ、食べたことある?」
紙袋から取り出されたそれは餅に…匂いからして醤油?をつけたようなものだった。鼻腔をくすぐる良い匂いに思わずお腹の虫が鳴る。
「ない…?」
「食べていいよ。ほら、あーん。」
口の前に差し出されたそれに控えめに噛みつく。柔くて、でもそれでいて弾力のあるそれは、甘じょっぱくてとても美味しかった。
「美味しい…!ライ、これはなに?」
「だんごっていう甘味だよ。」
だんご……か。今まで甘味を頂くことがなかった俺にとって、あまりに珍しいものすぎて感動が止まらない。
「もっと食べてもええ?」
「もちろん!あ、でも待って……。こうするともっと美味しいから!」
ライがだんごに向かって人差し指を近づける。その指先から白い線と火花が散って、だんごの表面が淡く焼けていく。香ばしい匂いが周囲に広がり、自身の喉がごくりと鳴った。
「はい、どうぞ。」
再び差し出されてそれに、今度はさっきよりも大きく噛みつく。炙られたことによって風味が増したからか、確かにさっきよりも美味しくなっている。
「ん…ふふっ。おいしい……!」
思わず笑みがこぼれた俺の頬を、ライが優しく撫でた。
「気に入った?他にもいくつか味があるから今度買ってくるね!」
そう言って差し出されたライの手からだんごを受け取ったすぐ後。空からばさばさと何かを扇ぐような音が聞こえてきた。その音にライが眉をひそめると同時に、明るくふわふわとした声が外から響く。
「もーほんと人使いが荒いんだから。そんなんだから僕以外に頼れる人が居なくなるんだよって……あー!君がライのいう人の子!?」
赤い大きな翼に同じく赤を基調とした着物。それよりも薄い紅の髪に綺麗な青い瞳がよく映える。翼や容姿からしてこの方も人間ではないのだろう。
庭に降り立った彼は手に持っていた箱を適当に地面に置き、こちらへと距離をつめた。好奇心に揺れる瞳が俺を捉えてにんまりと細められる。
「うちの人の子と歳近そうじゃん。ねー今度カゲツも連れてきていい?」
「はぁ!?まぁ……いいけど。絶対事前に言ってね?」
約束を取り付けられた彼は満足そうに笑うと、くるりとライに向き直った。
「荷物はこれで全部だから、ほーんと感謝してよね?さ、次は僕の方手伝って!」
嫌そうな顔をするライの腕を掴み引きずっていく彼は、「またねー!」なんて言って俺に手を振る。
「ごめんねマナ。夜までには帰ってくるから!」
空へと飛び上がり消えていく2人を見送った。……あ、あの赤髪のお方の名前聞くの忘れてた。まぁ今度ライに聞けばええか。
「……静かやな。」
まだ荷物を広げきってないお堂には俺の独り言がよく響く。ライのいないこの場所は、儀式に来たときと同じようにひどく寂しい。早く帰ってこないかな、なんてぼんやりと物思いに耽っている時だった。
がらがらと大きな音をたててお堂の正面扉が開いた。儀式の日以降動かしていなかったからか、砂埃がふわりと舞う。その煙の中から出てきたのは……
「……マナ…様!?」
弾圧された西洋宗教崇拝者の一人だった。確か俺と部落で一番年の近い青年だ。でも…どうして彼がここに?1ヶ月前にまとめて部落の牢に隔離されていた姿を思い出し疑問が募る。
俺が尋ねるよりも先に、彼が内情を語ってくれた。どうやら信仰者たちは、俺が儀式で亡くなったことにより士気が衰えただろうとされ、現在は仮釈放されているようだ。
「亡くなったと聞いてせめて遺骨の一つでも拾えればと思って参上したのですが……生きてらしたんですね!」
涙ぐんだ彼が俺の手を取った。久しぶりの人肌の熱さに身体がびくりと震える。なんと言ったらいいのか迷い曖昧な相槌を返す俺を、彼はじっと見つめてくる。
「さあマナ様、帰りましょう!前程には及びませんが……教団の者たちから集めれば食べ物や住居には困らないはずです!」
真っ直ぐなその瞳は、俺を映しているようで映していない。あくまで”信仰対象”……か。俺は彼の手を自然な風に解き目を伏せた。
「……ごめんな。俺はお狐様のお嫁さんやから、ここから離れられんねん。」
俺の言葉に彼の表情が曇った。そう言えば西洋宗教の人たちはお狐様を信じていないと、前に聞いたような気がする。その証拠に彼は、雄弁に部落へと帰るよう促す言葉を並べてくる。だが、確固として頷かない俺に痺れを切らしたのかその口の動きが不意に止まった。
「……分かりました。ですが週に1回、ここを訪れることだけはお許しください。マナ様が望むものなら私共が用意いたします…!」
望むもの、その単語で一つ思い出したものがあった。それを俺のいた場所から持ってきてほしいと言えば、彼は笑顔で立ち上がる。直ぐに戻ってくると宣言した彼は、本当に1時間も経たずに帰ってきた。
「こちらで合っていますでしょうか?」
「……うん。合ってるよ、ありがとう。」
木箱に入ったそれの中身を確認し彼に微笑む。もう日が傾き始めていることもあり、彼はまたお堂を去っていった。
それから数十分が経った頃、庭から足音が聞こえたので襖を開けた。
「ライ!おかえり。」
どこか疲れた様子の彼だったが、瞳がしっかりと俺を捉えた瞬間、表情がぱっと華やぐ。ライはいつも俺を”俺”として見てくれる。
嬉しさに乗じで珍しく自分から腕を伸ばした俺に、ライは驚いたように目を開いた。すぐにその顔は優しい笑みへと変わり、ふわりと身体を包みこまれる。
「なんか良いことあったの?」
「んー……えっとなぁ、」
先ほど受け取ったばかりの木箱を懐から取り出す。少し力を込めれば箱は簡単に開いた。中の物を手に取り、ライの前に差し出して見せる。
「かんざし…?」
薄藍色と黄色の玉飾りがついたかんざしは、夕日に照らされて光沢がより映えている。
「これは俺がちっちゃい頃から持ってたやつなんやけど……良ければ、ライにもらってほしい。」
驚きで固まってしまった彼の頬に手を添え、耳に当たらないように右側の髪へ差し込む。
「やっぱり、ライによく似合うよ。」
照れたようにはにかむライが愛おしい。やっと今までしてもらったことのお礼が出来た気がして、こっちまで思わず笑ってしまった。
「あり…がとう。……でも本当に俺が貰っていいの?マナの大切なものなんじゃないの…?」
微笑みながらもどこか不安げに揺れるライの瞳が、じとりと俺を見つめる。
「大切な物だからこそ、ライにあげたいって思ったんやけど……受け取ってくれる?」
俺の言葉を聞いたライはもちろん!と力強く頷いた。ふと木箱に目線を落としたライが言わんとすることを察して、言葉を被せるように口を開く。
「あはは…本当は2個で一つの物やったんだけど、1個は多分小さい頃に失くしちゃって……。今は手元に無いんよ。」
木箱のくぼみは2つ。1つはさっきまでかんざしが入っていた箇所。そしてもう一つは気づいたときには空白になっていた箇所。覚えてない以上どうしようもできないし、もうかなり前に探すのを諦めてしまった。
「あのさ、今度このもう一つのかんざし探してみるよ。……神様の勘だけど、見つかる気がする!」
「神様の勘ね。そら当てになるなぁ!」
「あー!信じてないでしょ?絶対見つけてくるからね!?」
ひとしきり言い合ったところで、2人で顔を見合わせて笑った。辺りも暗くなってきたのでお堂の中に入り、適当に駄弁りながら食事をとったり湯につかったりして就寝の準備をした。
「そう言えばこのかんざしどうしたの?元々持ってきてたとか…?」
風呂のために解いたかんざしを名残惜しそうに見つめながらライが呟いた。隠しても仕方ないと思い、教団の人が訪ねてきたことを伝える。
「へぇ……教団の人間がねぇ…。」
いつも朗らかなライの顔が渋い。嫉妬してるのかも?と思い、安心させるようにぴたりと隣に座り身体を寄せた。
「俺は…ここを離れないよ。だってライのお嫁さんやもん。」
「うん、そうして!絶対部落に行っちゃ駄目だよ。教団の人たちはまぁ置いとくとして……マナを人柱にしたような人たちも居るんだから、マナのこと見つけたら何されるか…。」
ライの言うことは最もだ。死んだことになっている俺がわざわざ部落に行くことなんてないだろうし、まぁ杞憂に過ぎないだろうけど。
「約束するよ、ライ。」
この約束を破ることになるとは、この時の俺は思ってもみなかった。
スクロールありがとうございました。
次回で本編は一区切りつきます。
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