テラーノベル
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⚠HAPPY ENDともBAD ENDとも言い難いです。ご注意ください。
儀式の日から2カ月が経った。ライは日中、あの赤い翼を持つウェンという人と共にどこかへ出かけることが多くなった。正直寂しい……けど我儘は言えないのでいつものように笑顔で手を振り見送る。
まぁ今日は教団の青年が訪れる週1の日だし、話し相手がいるだけいつもよりはいいか。そんなことを思っていれば、荒々しい音をたててお堂の扉が開いた。
「マナ様…!!」
「おはよー。……どしたん?今日いつもより来んの早いやん。」
青年は息を切らしながら俺に駆け寄る。そして今にも泣きそうな顔で訴えた。
「マナ様お願いします…!部落に来てください……!!」
その言葉に喉がつっかえて変な声が漏れた。前にライと約束した「部落へ行かない」という決まり。破るわけないと高をくくっていたが、目の前の必死な彼を見てしまうと……どうしても心が揺らいでしまう。
「えと…なんで?」
「実は__」
彼が嗚咽混じりに話してくれた内容を要約すると、教団のなかの数人が病で伏せってしまったということだった。病状的に先がもう長くないらしく、最後に少しでも俺と会いたい……とのことだ。
数人に挙げられた人の中には、俺がすごくお世話になった人もいる。もし彼らが居なければ、今俺が生きてるかどうか怪しいだろう。
断らなければと頭では分かっているが、可哀想なくらいに懇願する青年に同情したのか、もしくはライにあまり構ってもらえない人肌恋しさか、俺は「ちょっとだけなら……」なんて甘い言葉を吐いていた。
ライは基本的に日が沈む頃に帰ってくる。今から部落に降りてすぐ帰ってくれば、多分バレることはないだろう。ちくりと痛んだ心を無視して青年に向き直った。
「夕暮れまでに帰ってきたいから……はよ行こ!」
青年は泣き笑いしながらこくりと頷いた。お堂の扉を開けると見覚えのない景色が広がる。そう言えば……ここに来る時は途中で寝てしまったから、部落へ続く道が全く分からない。不安げな俺に気付いた青年が、くいっと俺の手を引っ張った。
「山道は危険なので……せめてご援助させてください!」
怪我をしてしまえばライに心配をかけるだけでなく、外に出たのに気づかれてしまう。ここは素直に援助されておこうと思い、小さくお礼を言って彼の後ろに続いた。
しゃらん__しゃらん___
少し歩いた先、どこかで響く鈴の音が聞こえた。思わず足を止めて辺りを見渡すが、特にそれらしいものは見えない。
「どうかされましたか…?」
くるりと振り返った青年を見て納得した。儀式のときと同じ、きっと彼は厄よけの意味合いを込めた鈴を携帯しているのだろう。
「ううん、何でもない。」
彼は不思議そうな顔をしながら再び前を向いた。そこからまたしばらく歩くと、何となく見覚えがある景色が見えた。部落までもうすぐなのだろう。
「マナ様!ここから部落までの道、分かりますか…?」
「何となくやけど多分わかるよ。」
彼は安堵したように微笑み、じゃあ……と話し始めた。
「僕は先に行って部落に教団以外の人が居ないか見てきます。門の前で待ってますのでマナ様はゆっくり来てください!」
俺が頷くと同時に彼は「雨が降らなければいいんですけどね、」なんて言い残して下り坂を駆けていった。確かに朝は快晴だったはずの空が、今は濃い灰色の雲で埋め尽くされている。心なしか、遠くから雷が鳴る音も聞こえる気がする。
なんて考えていたのも束の間、俺の頬を大きな水滴が掠めた。……彼の願いも虚しく雨が降ってきたようだ。おまけに雷の音もかなり近づいている。彼にはゆっくり、なんて言われたが俺は早足に歩みを進めた。
坂が平面になり草木のあまり茂ってない道に出た。うっすらと蘇る記憶が、部落の入り口までもう少しだと急かす。そのまま小さな橋を越えると、質素な木の塀と門が見えた。
先程よりも皮膚に当たる頻度の増えた水滴が、俺の服に無造作な柄を作っていく。帰りまでに止めばいいなぁと思っていた刹那、ぴかりと空が光った。反射的に自身の耳を強く押さえる。
ばりばりばり、と咄嗟の防御なんて関係なしに轟音が耳をつんざいた。空気が震えてしまうような、こんな大きな音聞いたことがない。山の木にでも雷が落ちてしまったのだろうか。
駆け足で門の下に入りなんとか雨をしのぐ。周りを見ても青年は居らず、流石に急ぎすぎたかと自身の行動を内省した。ぼんやりと地面の色が変わるのを見つめて彼を待つ。さっきのを境に雷が鳴り止んだのはせめてもの救いだった。
「……まだかなぁ。」
ぽつりと呟いた言葉が雨音と混じる。体感で15分はここに居ると思うが……。耳を澄ませてみても門の内側から人が歩くような音は聞こえない。いっそのこと、自分から中に入ってしまおうか。
前に青年から聞いたのは、部落の門から見て一番手前にある小屋で教団の人は寄り集まって生活してるという話だった。あの小屋か?という見当はついているので、さっと行ってしまえば問題ないのではないだろうか。俺は門に手を当て、力いっぱいに押した。
視界に広がるのは幼い頃から見覚えのある風景。豊富な緑も、まばらに立つ家も、儀式の日から何も変わってないなと笑う……つもりだった。
「…………え?」
赤、赤、赤。視界を埋め尽くすその色に、頭をがつんと殴られたような衝撃がはしる。それが燃え盛る炎だと気付いたのは、雨と混じった焦げ臭い匂いが肺に広がってやっとのことだった。
水滴が自身に降りかかるのも気にせず、小屋の方へと駆け出す。病に伏せる数人を青年が1人で担ぎ出せるわけがない。教団以外の部落の人間が、そんな人たちを見捨てて避難することも想像に難くない。
「助けないと……!」
目的の小屋は遠目に見ても既に炎の渦の中だった。屋根の一部分が黒く焦げていて、見るも無残な有り様だ。でも、それでも…!僅かな望みにかけて足を速める。
小屋の入り口は幸いにもまだ火が回りきっていないように見える。そう判断した俺は入り口の扉を半ば体当たりするように開けた。勢いのまま一歩を踏み出した瞬間。
上から崩れ落ちてきた真っ黒い木の破片が、右足のすぐ隣に刺さった。驚いて顔を上げた俺のすぐ真上には、さらに大きな、赤みの残る木の破片が迫っていて……。
「助からない」
そんな言葉が脳を埋め尽くす。咄嗟に思い出されたのは、ライとの約束だった。あの約束を守ってれば……いや、もう考えるのはよそう。
俺はぎゅっと瞼を閉じ、来たる衝撃をじっと待った。
「マナ!!」
ぐいと後ろに引きづられる感覚がして、身体が宙に浮く。腰から着地した地面は固くなく、代わりに「うっ」なんて短い悲鳴が聞こえる。
「っ……!?ライ!?」
「危なかったぁ……。」
腰に回された腕は少し震えていて、ぐっしょりと濡れた服からはいつにもまして体温を感じない。身をよじり顔をのぞき込めば、その大きな瞳には涙が滲んていた。
「ライ……ッッ!……ライ、ごめん…。」
背中を擦る優しい手と大丈夫、大丈夫と言うライの声に心がきゅっとなる。本来俺が泣くべきじゃないのに、生きているという安堵からか涙が溢れて止まらない。ぽつりぽつりと事の経緯を語る俺の話を、ライは頷きながら聞いてくれた。
「なるほど……マナは優しいね。」
違う……俺はそんなんじゃない。教団の人に会いに行こうとしたのも、ライとの約束を破ったのも、燃えてる小屋に突っ込んだのも、全部俺が悪いのに。背後にある小屋へちらりと目をやると、既に入り口は完全に炎に包まれてしまっていた。
「何で部落に火が…?」
無意識の内にこぼれた俺の問いかけに、ライは目線を逸らし言いづらそうに口をもごもごさせる。そして少しためらった後に、小さく呟いた。
「放火、じゃないかな。」
「部落の人か教団の人かわからないけど、マナがここに降りてきた日に起きたってことは …。」
教団の人……か。お狐様に嫁いだ時点で、彼らから見た俺は”裏切り者”だったのかも知れない。ぐちゃぐちゃになった頭では、もう何を信じればいいのかわからなかった。
「ねぇ、マナ。」
ライがこちらに左手を伸ばしたかと思ったら、雨で顔に張り付いた横髪が退けられた。そして右手にあるものを、俺の目の前でさらりと揺らす。
「かんざし……?」
俺の左髪にほんの少しの重さが加わった。俺があげたものかと思ったが、付いてる飾りの色が微妙に違う。薄桃色と黄緑色の飾りがつくそれはもしかして……
「これ、もう片方の……見つけてくれたん!?」
「言ったでしょ?神様だから見つけられるって。」
この方はどこまで優しいのだろう。また目頭が熱くなって思わず俯いた。そんな俺の左手をライがそっと握り、何かを手渡す。それは最初に俺があげた方のかんざしだった。視線を上げると、とびきりの甘く優しい顔で微笑むライがいる。
「ねぇ、俺にもつけて。」
こてんと軽く首を傾げてこちらを伺うその姿に、愛おしさと共に罪悪感が降り注ぐ。こんな素晴らしい人の隣に立つのに、自分は相応しいのだろうか。
「俺で…ええの?」
「マナがいいの!」
間髪いれずにライが言い切る。そのまま「ん!」と目を閉じ俺がかんざしをつけるのを待ち始めた。震える手でかんざしを握り、右側の髪に差し込む。
いつのまにか開いていた桃色の瞳が耽美に細められて思わず息を呑んだ。そして薄く開いた口から言葉が紡がれる。
「ねぇマナ。2人でここじゃない、どこか遠くへ行こっか。……俺の守るべき場所はなくなっちゃったから。」
雨が強くなる一方、燃え盛る炎の勢いは止まない。土地とその地に住む人を守るという役目を失ってしまったお狐様の、哀愁を含んだその声に俺はただ頷いた。
「ええよ。……俺にはもうライしか居らんから。」
すり、と雨粒で濡れた頬に手を添える。やっぱり人肌ほどの温かさは感じなくて、でもそれが心地いい。じっと見つめたまま、じんわりと暖かくなる心をこぼす。
「ライ、好きだよ。」
小さくびくりと身体が跳ねた彼に、自然と笑ってしまう。お返しと言わんばかりにライの顔が近づいて、咄嗟に目を閉じた俺のすぐそこで悪戯っぽい笑い声が響いた。
「俺も好き。」
彼に見合う人になりたい。
そんなことを密かに胸に思いながら、唇に当たる柔い感触と多幸感に身を委ねた。
Side??
ぱちぱちと弾ける火の音が頭上で響く。辺り一面が真っ赤に染まっているのは建物に潰された人の血なのか、はたまた燃え盛る炎なのか、もう判別はつかなかった。
そんな中でも1点、地面の茶色が見える箇所にマナ様と奴は立っていた。言わなくては…伝えなくては……!!最後の力を振り絞り大きく息を吸い込む。
【騙されるな】
その言葉が音となることはなかった。十分すぎるほど煙を吸い込んだ身体は、思うように動いてくれなかったのだ。
後悔と憎悪の念を持ちながらただ2人を見つめる。その唇が近づき重なる直前、明確にこちらをみて笑った妖かしの桃色に光る瞳が頭に焼きついて離れない。
あれは……神様などではない。
お狐様なんてやはり最初から居なかったのだ。
無念を消化しきれぬやり切れない気持ちのまま、自身の意識は永遠の闇へと落ちていった。
スクロールありがとうございました。
以上で妖怪万化パロ〜side緋八〜は完結です!毎回♡の数がすごくて正直びびってました…!
次回は妖怪万化パロ〜Side伊波〜です。まだお話の中で疑問や謎が残る所が多いと思いますので、それを補えるような内容にする予定です!
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