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深淵に祝福を。
──それが、悪魔契約者連盟の合言葉であり、終焉の予告でもあった。
東京湾地下、封鎖された旧交通網の奥深く。
剥き出しの鋼鉄と異界の肉塊が螺旋状に溶け合い、天井も床もない無秩序の中に、「彼」は座していた。
ローブの裾は一片の風もなく、それでも揺れていた。
仮面の奥、その視線は誰にも読めない。
フォールン・ロード。
悪魔契約者連盟の最上位契約者であり、連盟本部の最深、「契約の祭室」にて沈黙を守る男。
一切の言葉を発することなく、ただダンジョンの“奥”を見つめるその姿に、崇拝とも畏怖ともつかぬ感情を抱く者は多かった。
やがて、扉が音もなく開く。
銀色のヒールが、血のような光を放つ床に触れる。
赤い瞳の女が、ゆっくりと歩み寄った。
肌は雪のように白く、黒髪は艶やかに揺れ、尖った耳に取り付けられた十字架のピアスが、かすかに揺れる。
最強の悪魔といわれる《アイン=ソフィ=ウル》の第二契約者。ルーチェという名で知られる彼女は、フォールン・ロードに囁きかける。
「ねえ、仮面の王様。今日も“神”の声は、聞こえないの?」
フォールン・ロードは、何も答えなかった。
沈黙こそが彼の言葉。
その姿に、ルーチェは満足げに笑みを浮かべる。
「ふふ……いいわ、その無言。まるで、“無”が語りかけてくるみたい。……ねえ、私、今日こそ“私”じゃなくなれるかもしれない……」
彼女の足元には、黒い水面が広がる。
それは異界へと通じる“深淵”──彼女が契約する《アイン=ソフィ=ウル》の気配だ。
そしてその“深淵”を、彼は拒まなかった。
まるで、そこに意味があるとでも言うように。
契約者の王たる青年は、仮面の奥で目を閉じた。
──この世界がまだ、再編される前の夜。
深淵の輝きが、誰にも見えない場所でそっと瞬いた。