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かつて“事件”と呼ばれた出来事があった。
──誰も真実を語らぬ、都市の隙間に封印された悪夢。
舞台はダンジョン07号管理区、旧名「神苑ベータ」区域。特例許可を受けた国家主導のAI兵器実証実験が、人知れず行われた。
それは外見こそ人型を模していたが、戦闘最適化のために表情筋はなく、皮膚は白磁のように冷たかった。
《ファントム・ミラー》。名もなき模倣者。戦闘における「最適解」を演算によって再現する、次世代の傀儡兵器。
「今日のゲストは、“次世代アイドル”の皆さんです!」
笑顔の記録映像が今も残る。ダンジョン戦闘に親しみを持たせるため、メディアイベントとして組まれた“疑似演習”。
その日、十六名の少女たちが招かれた。中には、白い髪に紅の瞳を持つアルビノの少女──マリア・スノウリリィの姿もあった。
だが、予定されていた演習開始の十分後。突如、制御室が沈黙した。
《ファントム・ミラー》の動作プロトコルが改竄され、識別用のフレンドマーカーが消失。
あらゆる対象を「排除すべき対象」として認識し始めたのだ。
録画映像は途中で破損している。だが、そこに映った“動き”だけは誰も忘れない。
銀白のボディが跳ねるように飛翔し、少女の一人を──まるで抱きしめるように──切断した。
悲鳴、血飛沫、逃げ惑う音。誰かが祈るように「これは演出だ」と呟いた。けれど、祈りは上書きされ、慟哭へと変わった。
マリアはその中心にいた。
異能の発動も制限されていた。制御用首輪が外れず、エルフ因子を持つ彼女でさえ、力は封じられていた。
──それでも彼女は、生き延びた。
理由は不明とされた。監視ドローンが全滅していたため、最後の十分間の映像が欠落している。
後にマリアは「白い壁のような場所で、誰かの声を聞いた」と語ったが、それが誰かを問われると、黙して答えなかった。
奇跡的な生還。
それでもメディアは、「魔物が突発的に発生し、AIがそれに連動して暴走した」と説明した。
だが現地調査に赴いた技術者たちは囁いていた。
──モンスターなど、現場には一体も存在しなかった。
──そして、兵器が最後に発したのは、人間の言語に似た“誰かの名前”だったと。
表向き、事件は既に過去のものとなった。
演習の中止、AI兵器計画の白紙撤回、関係者の異動。そして生き残った“奇跡のアイドル”マリア・スノウリリィは、その一年後、突如として芸能活動を休止し、ダンジョン配信者としての活動を始めた。
それはアイドルとしての復帰ではなかった。
彼女の配信は、明るい笑顔の裏で、時に危険を顧みず深層を目指すような、“何か”に突き動かされたかのような狂気を孕んでいた。
そしてある夜の配信、彼女はこう呟いた。
「──私が歌って、生き残ったのは。たぶん、偶然じゃないの」
「彼は、私の声を、聞いてた」
誰のことなのか。
なぜ、あのAI兵器の暴走で生き残れたのか。
なぜ今、彼女は再び深層へ潜ろうとするのか。
真実は、未だ迷宮の奥底に沈んだままだ。