テラーノベル
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「あれ? 私のレッスン着が、ない……」
2次審査の2日目。更衣室でひまりは立ち尽くしていた。ロッカーに入れておいたはずの予備のTシャツとショートパンツが、どこを探しても見当たらない。
「どうしたの、星野さん? あら、まさかレッスン着を忘れたの?」
クスクスという忍び笑いとともに、沙耶と莉奈を従えた美月が現れた。美月の顔には、これ以上ないほど憐れみに満ちた「嘘の笑顔」が浮かんでいる。
「プロ意識が足りないんじゃない? 練習着も用意できないなんて」
「美月、自前の服がないなら、あそこにある『モップの予備』でも着せたら? お似合いだよ」
沙耶の底意地の悪い言葉に、莉奈が声を立てて笑う。ひまりは確信した。彼女たちが隠したのだ。
「……制服でやります。問題ありません」ひまりは感情を押し殺し、昨日雨で濡れて、少ししわの寄った学校の制服に着替えた。スタジオに入ると、他のグループの参加者たちから「何あの格好……」とヒソヒソ噂される。しかし、ひまりはただ前だけを見つめていた。
「じゃあ、通しで練習するよ!」
美月の掛け声で音楽が鳴る。ひまりの立ち位置は、指定された通りの
『一番後ろの端っこ』。鏡を見ても、センターで踊る美月の影に隠れて、自分の姿はほとんど映らない。それでも、ひまりは正確にステップを踏んだ。昨日、夜遅くまで一人で動画をスロー再生し、美月の動きを完璧に頭に叩き込んだのだ。(右、左、ここでターンして、手を伸ばす――)
「ちょっと、ストップ!」
美月がパンと手を叩いて音楽を止めた。鋭い視線が、端っこのひまりへと向けられる。
「ひまりちゃん、さっきのターン、ちょっと早すぎ。全体のバランスが崩れるから、もっと目立たないように、動きを小さくしてくれる?」
「え……。でも、音のカウントには合って――」
「私がズレてるって言いたいの?」
美月の瞳に、隠しきれない不快感が走った。未経験のはずのひまりが、たった一日で完璧にステップを覚えてきた。その事実が、美月のプライドを逆撫でしたのだ。「端っこなんだから、影に徹してよ。余計なことしないで」
美月の取り巻きたちも
「そうだよ、目障り」
と同調する。ひまりは唇を噛み締め、小さく「はい」と答えるしかなかった。その日の全体練習が終わり、夜の21時。全員が帰宅し、静まり返ったスタジオに、再び音楽が流れた。
「はぁ、はぁ、……っ!」
制服のブラウスは汗で完全に張り付き、ローファーの底は擦り切れかけている。ひまりは一人、スタジオの片隅で踊り続けていた。昼間、美月に「動きを小さくしろ」と言われたパート。ひまりは逆に、指先の一ミリまで神経を研ぎ澄ませ、誰よりも大きく、ダイナミックに四肢を伸ばした。(端っこだからって、手を抜いていい理由にはならない。画面の隅に一瞬映るだけでも、私は私の全力を出す……!)鏡の中の自分と向き合い、何度も、何度も、倒れそうになるまでステップを繰り返す。パチ、パチ、パチ。不意に、スタジオの入り口から、乾いた拍手の音が響いた。心臓が跳ね上がる。驚いて振り返ると、そこには腕を組んで壁に寄りかかる男がいた。プロデューサーの黒崎だった。
「く、黒崎さん……!? すみません、無断で居残りを……」
「構わん。スタジオの使用許可は俺が出している」
黒崎はゆっくりと歩み寄り、ひまりのボロボロのローファーに視線を落とした。
「白金たちに、一番端のポジションに追いやられたそうだな」
「……はい」
「不満か?」
「いえ」ひまりはまっすぐ黒崎を見つめ、力強く首を振った。
「どこに立っていようと、関係ありません。私は、私のダンスをするだけです」
黒崎はしばらく無言でひまりの目を見つめていたが、やがて、フッと微かに口元を緩めた。
「面白い。……明日が2次審査の本番だ。お前のその執念、審査員席の最前列まで届かせてみせろ」
その言葉を残し、黒崎はスタジオを去っていった。ひまりの胸の奥で、消えかけていた炎が、ゴウと音を立てて燃え上がった。
コメント
1件
いやもう、めっちゃ胸アツだったわ……! ひまり、あの状況で「制服でやります」って言い切るところ、かっこよすぎん? しかも夜中に一人で動きを大きくする反骨心、ド直球に刺さった。黒崎プロデューサーの登場も「来た!察した!」ってなるし、演出が最高。端っこでも全力って言葉、ズルいわ。次の審査、絶対ひまりが化ける予感しかしない🔥