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#タヨキミ

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#タヨキミ

27 - 第27話 羨み

♥

17

2024年07月20日

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「隣の家に越してきた、宮内です」


ミーンミーンって、セミのこえがきこえた。


あつくてそとにでたくなかったけど、おかあさんがでろっていったから、でる。


そしたらおかあさんがしらないひとと話しだしたから、オレはおかあさんのせなかにかくれた。


かしこそうなおばさんがこちらをふりむいて、おじぎをする。


「初めまして、佐藤です。ほら、ソーユも挨拶しなさい」


おくからでてきたのは、みずいろのかみのけのおとこのこ。


「……ソーユくんっていうんだね。よろしく、オレはツキミ」


「……よろしくお願いします、ツキミさん」


いいこそう。なかよくできそう。



これが、オレとソーユのであいだった。






「今日から新しいお友達になる、宮内ツキミくんです!」


かわいいほいくえんのせんせいが、オレをみんなにしょうかいした。


「ツキミくん、よろしくね」


「いっしょにあそぼうよ」


みんなはオレによってきて、オレにはなしかけた。うれしかった。


でも、ソーユだけは、オレにはなしかけなかった。


オレがソーユにはなしかけると、ソーユはいつもはやくちでいう。


「ぼくに近寄るな、馬鹿野郎」って。


「ひとのこと、ばかっていっちゃ、だめやで。ばかって言ったら、かばと結婚するんやで」


みんながそうだそうだっていうと、ソーユはちょっとわるいかおでわらう。


「人間は動物と結婚できないよ。あ、ツキミさんは馬鹿だから、馬か鹿とだったら結婚できるかもね~」


このときはいやなやつだとしかおもわなかったけど、すうねんごにかんじをならって、ばかをうまとしかってかくってしったときは、すごくびっくりした。ソーユはようちえんじなのに、かんじをしってた。


それからソーユはどんどんいやなやつにそだっていって、オレはだんだんとソーユがきらいになった。





オレの親は、オレを愛してくれない。


オレが五年生に上がるとき。両親は、オレに向かって言った。


「ツキミ。俺たちは、常にお前の考えを優先したい。だからすべて、お前の好きにすればいい。勉強も、進学先も、俺たちからはなにも言わん。遊びたいときに遊び、学びたいときに学べ」


この頃、友達はみんな受験勉強をとっくに始めていて、オレは元々受験する気はなかった。


勉強も嫌だったので、強制されないというのは、かなり良い。嫌いなうえに苦手なんだ、誰がやるのか。


オレは遊んだ、とことん遊んだ。内容は理解できず、テストも絶望的で、宿題も提出しなかった。可愛い子をひたすら家に連れ込んで、中学生の不良と喧嘩をして。


そして何をしても、当然、両親はなにも言わなかった。親ガチャ大当たりだ、そう思った。




ソーユが大嫌いだ。


頭が良くて、顔がかっこよくて。


何でも完璧にこなすし、何をやってもさまになる。


自信家でいつでも注目の的、グループの中心。女の子にもモテる。


そのうえ真面目で、家が近いはずなのに、ソーユが放課後、外に出ているのを見たことがない。きっと、ずっと机に向かって勉強してるんだ。


気に食わなかった。


ソーユが努力しているというのは、痛いほどわかる。それでもアイツの、簡単に努力できるという才能が、どうしても羨ましかった。


完全なる嫉妬だ。こんなことを気にして嫌ってしまう、自分が情けない。


それでも、認めてしまったら──ソーユはすごいと言ったら、オレという存在が、どこかへ消えて無くなりそうで。


オレには、オレを褒めてくれる人がいない。


オレだってすごいんだ。三股バレても、モテてるし。


ソーユなんて、死ねばいいのに。ソーユが活躍する度、悪いと自覚しながらも、何回もそう思った。




愛がほしいだけだったんだ。


だって、お袋も親父も、オレのことずっと放置してさ。


人生で一回だけ、百点をとったテストを見せても、なにも言ってくれない。


自由に、オレの勝手に?冗談じゃない。


構わないことが教育か。面倒くさいだけだ、どうせ。


そうだ。だから、ソーユが嫌いなんだ。


ソーユが活躍してること自体はどうでもいい。


でもアイツは、両親にも、友達にも、みんなから愛されてる。あんなにウザいのに、あんなにぶりっ子なのに。


女を取っ替え引っ替えしてたのも、寂しかったからなんだろうな。一人からの愛じゃ物足りなくて、ソーユみたいに、たくさんの人から愛されてみたかったんだろうな。




オレたちはそのまま、六年生になった。


ソーユとは、クラスが別だった。


嬉しい。でも同時に、自分が知らないところでソーユが活躍することが、なんか怖かった。


クラスが別れてから、オレはソーユと、完全に話さなくなった。元々、全シカトされてたけど。



小学校生活最後の一年はあっという間で、冬にもなると、みんな受験勉強で忙しくて、遊ぶ相手がいなくなった。


学校に行っても、ソーユはいない。妙な不安感がある。


ただ、アイツは今も、あの小さな窓がついたいつもの部屋で、机に向かって。


家には、自分のために出費して、全力で支えてくれる、家族がいて。


それのなにが悲しくて、なにが悔しくて、なにが寂しいのか、オレにはよくわからなかった。


けど、なんか悲しくて、悔しくて、寂しい。


オレは、ソーユに会いたいの?ソーユが眼中にいなきゃ、悲しくて悔しくて寂しいの?


オレはソーユが嫌い。これは小さいときからずっとだし、絶対だ。


なにもわからなくなった。なにも、考えたくなかった。




その日の夜。ふと窓の外を見たオレに、衝撃がはしった。


ソーユだ。そこに、ソーユがいる。


こんな時刻に、あいつが?あり得ない、特に今なんて、受験勉強で忙しいはずなのに。


動かずには、いられなかった。





「ソーユ。何、やってんの?」


「ツキミさん…………?」


久しぶりに見たソーユの顔は、ひどくやつれていた。


その顔に、嫌悪感がした。ソーユが普段みんなに見せてない表情を、オレだけが見てしまったような気がして、口から血が出そうだった。


ソーユはその顔を変えないまま、あっさりと言う。


「家出。両親がウザくて」


それを聞いたら、喉から、自然に声が出た。


「なんで?」


ソーユは何か言おうとしたが、オレは構わず続ける。


「両親、愛してくれてるんやろ?勉強も運動も努力もできるんやろ?そんな人間が、どうして家出なんか…………ッ」


本人に言うつもりはなかった。それでもどうしてもムカついてしまって、言ってしまった。


案の定、ソーユは今にも泣きそうな顔で、不機嫌そうに叫んだ。


「…………ツキミさんに、なにがわかるんだよ……!」


わからないよ、お前の気持ちなんて、わかりたくもないよ。


なにが悲しいの、なにが苦しいの?


泣きたいのはこっちだよ、叫びたいのはこっちだよ。


その時、オレの中のなにかが、かきたてられた。




深夜二時。アキトがきてその場がおさまるまで、オレは、ソーユを殴り続けた。


ツキミさん、痛いよ、やめてよ…………そう泣き叫んでるのも聞こえないかのように、ずっと、ずっと。


ただ、いつもすましているソーユの、弱い顔が見えたような気がして。


そんなソーユが可哀想で可哀想で、思わず笑ってしまった。オレは変態なのかもしれない。



死ね、死ね、死ね…………


オレの視界の中で、何もできず、誰からも愛されず、無様に死ね。










隣の家に、同い年の少年が越してきた。


母親の後ろに隠れて、優しそうなアホ面をして、じーっとこちらを見ている。


母親はというと、息子に似ている。優しそうで、何も考えていなさそう。


もっとも、母が息子に似ているのではなく、息子が母に似ているのだろう。


この親子とぼくの親子の間には恐らく、鳩と烏ほどの知能の差がある。齢五にして三桁×三桁の暗算ができるのは、きっとぼくだけだ。


そう思っていると、その少年が、ぼくに近づいてきた。


「……ソーユくんっていうんだね。よろしく、オレはツキミ」


にっこり笑う彼に、ぼくは顔をしかめた。すると母さんが睨んできたので、仕方がなく笑い返す。


「……よろしくお願いします、ツキミさん」


初対面の人は、さん付けで呼びなさい……父の教えだ。


くん付けだなんて、子供だな…………ぼくはまた、心の中で見下した。





ツキミさんは幼稚園で、ちやほやされていた。


ぼくは集団行動が得意じゃない。こんな馬鹿どもと一緒にいると、こっちまで馬鹿になりそうで、意図的に避けている。


といっても、これからの未来を生きていくうえで、団結力やコミュニケーション能力はどうしても必要だ。


今は無理だとしても、小学校にあがれば、多少は賢い奴がいるに違いない。せめて連立方程式や一次関数…………このレベルは簡単なのだから、五人はいてほしい。


これを両親に話すと、きっぱり「無理だ」と言われた。


「お前は、賢すぎる…………さすがの父さんも、連立方程式を解けるようになったのは小6だ」


「なんで?父さんは、日本一の大学を卒業してるじゃない」


「母さんも、な…………父さんと母さんは、頭の良い子供をつくりたかったんだ。ソーユを賢く教育して、日本一にしてやりたい。けれどこの調子じゃあ、世界一までいってしまうかもな」


へぇ。そんなこと言うけど、どうせセックスしたかっただけでしょう。


「今のぼくの頭脳じゃ、日本一になんてなれやしないよ。本当にそう思ってるなら、ぼくを塾に通わせて。悪いけどぼくは、父さんの理想のために産まれてきた訳じゃないんだ」





幼少期、あそこまで尖っていたことを、今では後悔している。


期待したぼくが馬鹿だった。周りは字も書けないような奴ばっかりで、数学というものさえ理解していない。繰り上がりだ繰り下がりだ、わざわざ筆算におこす意味がわからない。紙の無駄だ。


前までのぼくなら、先生の言うことになんて耳も貸さず、もっとためになる事ついて考えていただろう。だが、今のぼくは違う。


小学校では、学期ごとに、成績なるものがつく。先生のような人間に評価されるだなんて不服だけど、仕方がない。これが小学生になるということなんだ。


最高評価をとっておけば、この先の人生が少し良くなるかも知れない。悪くなることはないだろう。


学業面……テストの点数は申し分ない。けれど授業態度や積極性、友人関係、健康にも気を付けなければ、最高評価を得ることはできない。


未来のぼくのためだ。頑張ろう。





ツキミさんが嫌いだ。


なんで嫌いかはわからない。学力、体力、人間関係、出席日数、授業態度、顔面、身長、性格……どこを取っても、ぼくのほうが上だ。


いや、性格……性格なのかもしれない。


ツキミさんは能天気だ。太陽のように明るくて、みんなを照らせる。


それが、羨ましいのかな。


小学生になって、ちょっと愛想よくしてみたら、友達はみるみる増えた。


でもその友達は、ぼくのどこが好きなんだろうか。勉強を教えてあげられるところ?家が金持ちだから、奢ってあげられるところ?


ぼくの賢さは、一体、誰のためなんだろう。


将来のぼくのため?賢い中、高、大を出て、賢い社会人になって。一体、何になる?


幸せになるためには、どうすればいい。家庭を築く?お金を稼ぐ?趣味に没頭する?


わからない。けれど誰にも相談したくない、自分で見つけたい。


ツキミさんは、今も幸せそうだ。いいな、いいな。




五年生になった。ぼくたちの太陽が、沈んだ。


明るくて純粋だったツキミさんが、グレた。女の子を取っ替え引っ替えして、夜な夜な遊びに行って、勉強することをやめた。


ぼくはずっと勉強していた。受験は楽勝だろうけど、両親からの期待が辛くて、勉強することで、自分を安心させようとした。


恋する暇もない。ぼくの頭脳は絶対だけど……落ちたらどうしよう、どうしようって。


羨ましかった。期待されず、縛られず、自由なツキミさんが。


いいな、いいな。ぼくも遊びたい、恋したい。


なんでぼくはこんなに悩んでるのに、あいつは幸せなの?



そこまで考えて、気がついた。


ぼくが不幸で、ツキミさんが幸せなんじゃない。


ツキミさんが幸せだから、ぼくは不幸なんだ。



そうだ、そうに違いない。


つまり、ツキミさんを不幸にすれば、ぼくは幸せに…………





ツキミさんを不幸にするために、努力した。


こんな子供に育てた、父さんと母さんが悪いんだ。無理に期待してくる、父さんと母さんのせいなんだ。


ツキミさんは、何でも食べれる。食べ物に毒でも混ぜれば、嘔吐でも失神でも、死亡でもしてくれるかもしれない。


殺してやる。ぼくは幸せになりたい。


社会的地位だったら、ぼくのほうが上なんだ。あんな不良品が死んで、誰が悲しむ。


でも……その必要は、なかった。




理科の授業で、ツキミさんは、塩酸を飲み込んだ。


突然、試験管を喉にひっくり返して。


「…………、ごぶっ」


みんなが状況を飲み込めないまま、彼の口からは赤い血が吹き出した。


「きゃあああああああ!!」


「みなさん、宮内さんから離れなさい!」


女子が叫んで、先生が怒鳴って。ぼくは先生に駆け寄って、先生のポケットからスマホを出す。


「ちょ……ソーユ!」


友達の声が聞こえる。それでもぼくはお構いなしに、緊急連絡の画面を開いた。


119。ツキミさんは能力もあるので、押しさえすればきっと、無事で助かる。



ぼく、なんてこと、考えて…………


殺そうだなんて。大馬鹿だ。


今ここでぼくがツキミさんを救えば、ツキミさんは、ぼくに………



純粋に人助けもできない自分に、ものすごい嫌気が差した。


「救急です。佐藤ソーユ、──小学校です。090の………………はい。生徒が塩酸を飲み込みました」


電話を切って、ツキミさんのほうを見る。


ツキミさんは辛そうな顔で、こちらを見た。


いかにも、不幸そうだ。この不幸を、ぼくの電話で、救った…………


後悔はないけど、特別な優越感もなかった。スッキリしないけど、スッキリした。





六年生になった。塩酸の事件は以外とみんなすぐに忘れて、ぼくは受験のために学校を休んだ。


ツキミさんは学校で、何をしているんだろう。クラスが離れたので、わからない。


ただ学校を休んでしまったら、ツキミさんのことなんて考える暇もなく、両親がウザくなった。


毎日毎日、日本一だ。お前らのような頭の良いだけの落ちこぼれ人間の子供が、日本一になんてなってたまるか。


うるさい、死ね。ぼくはお前たちの駒じゃない。




深夜、ぼくは家を出た。勉強がいやになったとかじゃなくて、両親がとことんウザくて。反抗してやろうとか、思った。


寒かったけど、明かりがあたたかい。夜が、ぼくの味方をしてくれてる……そんな気がした。




「ソーユ。何、やってんの?」


突然、ツキミさんがきた。ぼくが家出だと話すと、彼は、切羽詰まった顔で言った。


「両親、愛してくれてるんやろ?勉強も運動も努力もできるんやろ?」って。


久しぶりに、怒りが込み上げてきた。お腹がきゅっと痛くなって、頭に血がのぼって、つい叫んでしまう。


「…………ツキミさんに、なにがわかるんだよ……!」


叫んだら叫んだで、泣きたくなってしまう。


するとツキミさんは、ぼくを殴った。ずっと殴った。


痛かった。とても痛かった。


ちょっと前までひょろっひょろで、キラキラ輝いていたのに………いつのまに、人なんか殴るようになったんだ。


ぼくは泣き叫んだ。痛い、苦しい、やめてって、何回も大声で言った。


唇が切れて、脚を地面の石で怪我して、お腹はいたくて、さんざんだ。


でも……ちょっと、ちょっとだけ…………嬉しいような。


あぁ、お前、ここまで落ちぶれたんだな。もしぼくが死んだら殺人罪、死ななくても暴行罪で少年院行きなんだな。


ぼくに、お前の、人生がかかってるんだなぁ…………



でも、いなくなってもらっちゃ、困るよ。


ぼくの目の前で、もっと、底無しに堕落していけ。そしたらぼくは、幸せに…………。







「ふっ…………あ、」

ふいに、ソーユがフラついた。それを見たツキミが、叫ぶ。


「おいっ…………ソーユ……!!」


怒りとも、心配ともとれる。一見複雑そうで、ただ単純な叫びだった。




(ソーユ……オレは、お前に…………、)


あの日……ソーユが、オレを、救ってくれた日。塩酸を飲んだオレを見て、すぐに救急車を呼んでくれた、あの日。


いつもは全然話してくれないのに、ああいう時だけ、ソーユはいつもかっこいいんだ。


お前の最期を見て笑うためにタヨキミに入ったけど、お前が死んでしまうのは、どうも怖い。


まただ。また、何もわからない。


ただ…………ここで死なせちゃ、いけない気がする。




(ぼく、もう…………ツキミさん……、)


ダメだ。これ以上動けば、死んでしまう。


でも……ツキミさんに殴られたときのほうが、だいぶ痛かったような。


ツキミさんより先に死ぬだなんて、嫌だ。絶対に嫌だ。




「おい、ソーユ…………!お前、動けるか……?」

「う…………う、ん……」

「ソーユが死んでもうたら、きっと、オレも死ぬ」

ソーユは驚いて、ツキミのほうを向く。するとツキミはどや顔で、親指を立てた。


「そう、時間の問題や…………シノだけにな!あっはっは!!」


「えっ……………………は、はぁ!?」


たいして面白くもない、ましてやギャグとして成立していないギャグに、ソーユは呆れた。

「この期に及んで、そんなつまらないこと…………」

そんなソーユにお構い無く、ツキミは続ける。


「黙らっしゃい、続きがあるねん!でな…………実は、オレらが助かるのも、時間の問題や」


「え?」


どういう意味なのか。首をかしげていると、背後から、いきなり大きな音が鳴った。


ゴンっ、ゴンっ、ガンっ…………固いものと固いものがぶつかり合うような、どこかで聞き覚えがある音だ。


二人が振り返ると、ドアがへこんでいた。シノは何があったのかと、不思議そうな顔をする。


数秒後、ぎぃいいいいっと音をたてて、ドアは至って普通に空いた。


「…………みなさん、ご無事ですか?」


ひょこっと現れたヒトネの後ろから、拳を赤くしたトオンが顔を出す。


「…………しくじった。無駄に体力を消耗しちまった」


突然現れた伏見を見て、ツキミとソーユは、救われた気分になる。

それと反対に……シノの顔は、分かりやすく青ざめた。


「なんで、トオン先輩とヒトネ先輩が…………」


トオンが吐き捨てるように言う。

「よせ。俺たちはもう、お前の先輩じゃない」

「シノ、久しぶり。トオンったら、ここ抜けてからおしゃべりになったでしょ………ソーユさんとツキミさんは、進んでください。シノは僕らが片付けます」


心強すぎる応援に、二人は、しばらく動けなかった。腰の力が抜けて、立てなかったのだ。

「な、未来、読んだやろ…………?トオンだけに」

くどいツキミを無視して、ソーユは自分の手を見る。

「…………カエデ姐さん、ユズキ姐さん、チェリーちゃん…………!こらっ、ツキミさん!ぼーっとしてないで、助けにいくよ!!」

「おい、さっきまでぶっ潰れてたくせに…………」

そう言いながらも、ツキミは頑張って立ち上がった。

後ろでは、双子が、シノの相手をしていて…………ばきっぼきっと、痛々しい音が部屋中に響いている。

「ひえー。オレらじゃ歯も立たんかった相手を、あんな簡単に…………」

「ちょ、振り返っちゃダメだよ!はやく行こう、あれでもシノは底辺レベルだったみたいだし……姐さんたちが、心配だ」

ソーユに言われて、ツキミは前を向く。

「…………なあ、ソーユ」

「ん?」

「言いたいことがあってんけどさ…………えっとさ、その…………」

「なに。勿体振ってないで、さっさと言ってよ」

全く、人の気も知れないで。

そんなことを思いながら、ツキミは少し恥ずかしそうに、口を開く。


「あのとき…………ソーユが家出したとき。殴って、ごめんな」


ソーユは思わず、階段を上がる足を止めた。

「あのあと急にタヨキミに入ることになって、そういえば言ってなかったなって。ごめん」

ツキミは、笑っていない。とにかく、まっすぐな目だった。

(そういうところが、ズルいんだよなぁ…………)

ソーユも表情を引き締めて、ツキミのほうを向く。


「ぼくも、ごめんなさい。何に対してかは、わからないけど……」


「いや、正直すぎるやろ」

ツキミは笑った。ばかにしている訳でもなく、ただ純粋に笑った。


「…………まだまだ、終わってない。はやく行こう」


「ああ。オレたち揃えば、最強やもんな」


「馬鹿言え…………こっぴどくやられたくせに」


「あれはソーユが…………」


「はあ!?ツキミさんだって…………」


そこまで言って、二人は顔を見合わせて笑った。



歪んでしまった……いや、元々歪んでいた。

お互いの気持ちは、きっと、今も一切変わってない。はやく死ねだ、不幸になれだ。

それでも、今のままでも、良いかもしれない………………そんな気がした。







「シノ、洗脳はされてないんだね」


整備が届いていない山道を、三人の少年が歩く。

「シノは、なんでキビアイに入ろうと思ったの?」

ヒトネはシノに訊いた。

(こいつら、躊躇なく人の骨折ったり、躊躇なくセンシティブな話題に触れてきたり……目茶苦茶だな)

その目茶苦茶さこそが、こいつらがキビアイで上り詰めた理由だろうか。

「冗談じゃないよ……なんでこの俺がお前らに、過去を話さなければならないんだ」

「おい…………ヒトネに対する態度がそれか?その気になればお前一人、埋めて帰ることなど容易いが」

クソ……この兄貴、面倒くさいぞ。

俺のことおんぶしてるからって、調子に乗るんじゃない。

無口なのもウザかったが、無口が治った今は、ブラザーコンプレックスが前に出すぎている。

ただ困ったことに、トオンは決して、馬鹿げた冗談を言うような奴ではない。

埋める、なんてのは怖がらせるために言っているんじゃないだろう。ヒトネへの応答を拒否でもすれば、俺はたちまち土の中……死んでも御免だ。


「…………親に捨てられ、身寄りもなく盗んでたら警察に追われて、そこをルナに勧誘された。つまらないだろ、損したな」


そうだ、俺の人生はつまらない。この人の下で働くと決めたのに、最後まで何もできず、元上司に救われて…………馬鹿みたいだ。

思い出したくもない。とにかくひもじくて、惨めで…………母親に対する憎しみも、いつ捕まるのかという恐怖も、なにもかもがぐっちゃぐちゃになって、なにもかもが嫌になって…………


すると、ヒトネが笑った。

「へぇ、僕たちと似てるんだね」

トオンも言った。

「別に、つまらなくないぞ」


なんなんだよ、こいつら。

不思議だ。年下のクソ双子に嘲笑されているのに、気分が嫌じゃない。


「…………なんで、つまらなくないと思うんだ」

「お前がつまらなくないからだ」

トオンの顔は、シノからは見えない。あの頑固野郎が、どんな顔してこんなことを言ってるんだろう………心底気になる。

(俺は救われたってことで、いいのか…………)

実感がわかない。やり足りないけれど、もう何もしたくない。

ただ、まあ…………どうにでもなれ、って思った。









続く







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