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「また今日も残ってんの? ゆあんくんってほんと勉強熱心だよね~」
能天気な声が、放課後の誰もいない教室に響く。声の主は、クラスの三大マドンナの一人、えと。オレンジ色の夕日が差し込む教室内で、俺──ゆあんは参考書から顔を上げずに「別に」とだけ応じた。それが、俺のいつもの返事。
俺は、クラスの隅で息を潜めるタイプの「隠キャ」だ。休み時間はイヤホンをつけ、昼飯はいつも一人で済ませる。グループワークは最小限の会話で乗り切り、提出物は完璧に仕上げる。おかげで成績は悪くないけど、誰にも話しかけられないし、話しかけもしない。存在感? そんなもの、最初から捨てて生きてきた。それが楽だから。
でも、本当の俺を知る奴はほとんどいない。俺の本当の顔は、人気マイクラYouTuberだ。動画の中では、明るく振舞い、時に無茶な企画にも挑戦する。画面越しには、何万人もの登録者が俺のトークやコマンドに熱狂している。学校では徹底的にその痕跡を消しているけど、ネットの世界では全くの別人として生きている。
そしてインキャだが前髪を上げると実はイケメンだったりする。
一方、えとは真逆だ。いつも明るくて、友達に囲まれていて、クラスの中心にいる「陽キャ」。くるくると変わる表情は可愛らしくて、笑い声はひまわりのように明るい。男女問わず人気があって、まさしく「クラスのマドンナ」ってやつだ。そんなえとが、なぜか放課後、俺のいる教室に時々顔を出す。
「それより、明日の数学の小テストさ、この問題わかんないんだけど〜」
えとが手に持った問題集を俺の机に置き、上目遣いで尋ねてくる。こんな可愛い顔で見つめられても、俺の鉄壁の「隠キャ」フィルターは健在だ。多分。
「……どれ?」
参考書を閉じ、問題集に目を落とす。さらさらとペンを走らせて解法を書き込むと、えとは「うわー! やっぱゆあんくん頭いいー!」と目を輝かせた。その純粋な反応に、ほんの一瞬だけ、俺の心臓が不規則な音を立てる。でも、すぐに元の平穏に戻った。
「ありがと! また明日ねー!」
えとはパタパタと教室を出ていく。その背中を見送りながら、俺はフッと息を吐いた。
(なんで、あんな陽キャが、俺なんかに構うんだろ……)
正直、面倒くさい。そう思わないわけじゃない。だけど、絵斗が俺に話しかけてくる時だけ、凍り付いたような日常に、微かな熱が宿るのも事実だった。この「隠キャ」な俺が、「陽キャ」の絵斗と関わるなんて、クラスの誰も想像しないだろう。
そう、これは、誰にも知られてはいけない、俺とえとだけの、放課後の秘密だ。