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「ここ、来たの久しぶりだな」
朝の光がふわりと差し込む舞浜駅前。
人混みの中、パーカーのフードを軽く被って、顔を伏せた元貴はそう呟いた。
「俺、年パス持ってた時期あったからな。迷わず歩けるよ」
「…僕も。ディズニーめっちゃ好きなんで」
隣を歩く二宮は、キャップにサングラスという定番の“変装”スタイル。
でも、ふと見せた笑みに、元貴の視線が吸い寄せられる。
(ずるいな…やっぱ)
ほんの少し前まで、“ただの尊敬する先輩”だった。
それが、今はこんな距離で歩いてる。
「元貴、これ絶対行きたいのとか、ある?」
「うーん……ホーンテッドマンション」
「へぇ…なんでなの?」
「怖くないし、暗いし、ちょっと静かで……好きなんです、あの空間」
「ふーん……“ちょっと静か”?」
二宮が小さく笑う。
分かってるんだろう、元貴の意図を。
暗がりの中で隣に座って、声も動きも近くなる。
自然と距離が縮まるアトラクション。
でもそれでいい。
今日は“仕掛ける日”なのだから。
⸻
午前中は、ゆったりとしたアトラクションを中心に巡った。
スプラッシュは避けて、ジャングルクルーズ、イッツアスモールワールド、そしてホーンテッドマンション。
館内の闇に包まれた瞬間、元貴は二宮の手に指を伸ばした。
一瞬、触れかけて――
でも、握らない。
(……焦らし合い、か)
二宮も何も言わないけど、
その視線には「またやってるな」という薄い笑みが滲んでいた。
“どこまで近づいてくるのか、見ててやる”
そういう挑発が、目だけで伝わってくる。
⸻
そして昼。
「ここ、美味しいですよね」
2人がやってきたのは、パーク内のレストラン。
程よく空いた時間帯。
個室風のボックス席。
オーダーを済ませて、元貴がドリンクを運んでくる。
見た目は可愛い、ミッキーの形を模したストロー付きのジュース。
「じゃあ……乾杯?」
「乾杯って……何に?」
「いいじゃないですか、今日は特別な日なんですから」
「……ふぅん」
二宮が怪訝そうに笑う。
でも、グラスは自然と合わせてくれた。
(飲んでくれる。……ちゃんと)
この日のために準備してきた。
ネットで見つけた、“無味無臭でじわじわ火照りを引き起こす”という、あの媚薬。
ほんの数滴、席に着く前に自分の指につけて グラス越しにすりつけた。
「……なあ、元貴」
「はい?」
「今日、変じゃない?」
「どこがですか」
「その、誘い方も……視線も。なんか、違う」
「……気づいてるなら、話早いですね」
ストローをくわえてジュースを啜りながら、
元貴はわざとらしく視線を落とす。
「二宮さんって、いつも一枚上手ですよね。
いつも俺が、試されてるみたいで」
「……それが嫌だった?」
「悔しかったんです。だから……今日は、勝負を仕掛けてます」
「勝負?」
「“我慢できなくなったら、負け”ってルール。俺が決めました」
「……えっ」
その瞬間、二宮の眉がピクリと動く。
気づいた。
自分が何をされたのか。
「……お前、マジか」
「今頃、体、ぽかぽかしてきてるはずです」
「……」
沈黙。
でもその奥に、熱が走る気配。
「めっちゃ、卑怯じゃん……お前……」
震えるようにそう呟いて、二宮はドリンクをゆっくり置いた。
「我慢、してみてくださいよ」
元貴は静かに笑う。
“夢の国”の真ん中で、2人きりの心理戦が始まった。