テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
🎧第3話「正しさの外側」
ライブから数日後。
スタジオの空気は、やけに重かった。
アンプの電源は入っているのに、音は鳴っていない。
ただ、沈黙だけがそこにある。
琉夏「……なあ」
ベースを持ったまま、口を開く。
冬星は椅子に座って、ぼんやりとギターの弦を触っていた。
琉夏「この前のライブさ」
反応はない。
でも、聞いてるのはわかる。
琉夏「……やっぱ、ズレてたと思う」
言葉にした瞬間、少しだけ喉が引っかかる。
あのときは“それでいい”って思ったはずなのに。
今は、少し違う。
客の反応。
他のバンドの視線。
あの、微妙な空気。
頭のどこかに、ずっと残っている。
冬星「……だから?」
やっと返ってきた声は、驚くほど平坦だった。
琉夏「だからっていうか……」
言い淀む。
自分でも、何が言いたいのかはっきりしていない。
ただ──
琉夏「もう少し、ちゃんと合わせた方がいいんじゃねえかなって」
その一言で。
空気が、少しだけ冷えた気がした。
冬星の指が止まる。
冬星「ちゃんと、ってなに」
低い声。
責めているわけでもないのに、妙に鋭い。
琉夏「いや……普通に聴いて分かる音、っていうか」
冬星「それ、面白い?」
即答。
間を与えない問い。
言葉に詰まる。
“面白いかどうか”なんて、考えてなかった。
ただ──
琉夏「……伝わらなきゃ意味なくね」
ぽつりと落とす。
その瞬間。
冬星が、はっきりと顔を上げた。
初めて、感情が乗った目だった。
冬星「俺には、あれで伝わってたけど」
まっすぐすぎる言葉。
逃げ場がない。
琉夏「……俺にはな」
小さく返す。
それだけで、十分だった。
“俺には”。
つまり──
“他には伝わってない”。
その前提を、置いたままの言葉。
沈黙が落ちる。
スタジオの時計の音だけが、やけに大きく響く。
冬星が、ゆっくり立ち上がる。
ギターを構える。
冬星「……じゃあやろうぜ」
低く言う。
冬星「お前の“ちゃんとした音”」
挑発みたいな声音。
逃げる気は、もうなかった。
琉夏「いいよ」
ベースを握り直す。
心臓が、少しだけ速くなる。
冬星のギターが鳴る。
今度は──
外していない。
綺麗にまとまったコード。
誰が聴いても“正しい”音。
違和感が、走る。
(……なんだこれ)
弾きながら、眉をひそめる。
確かに、整っている。
でも。
つまらない。
音が、どこにも引っかからない。
そのまま、歌を乗せる。
……乗るには乗る。
でも、あのときみたいに引っ張られない。
どこまでも、自分一人で歌っている感覚。
(違う)
気づいた瞬間。
冬星の音が、わずかに崩れる。
一音だけ、外れる。
──あのときの音。
ぞくり、とする。
無意識に、声が変わる。
それに呼応するみたいに、ギターがさらに歪む。
ベースも、少しだけ揺れる。
さっきまでの“正しさ”が、崩れていく。
でも──
その方が、しっくりくる。
琉夏「……っ、やっぱこっちだろ」
思わず笑う。
冬星も、わずかに息を吐く。
冬星「だろ」
短い肯定。
音が、どんどん自由になる。
ぶつかって、歪んで、でも離れない。
あのときと同じ感覚。
いや、少しだけ──
深い。
曲が終わる。
静寂。
さっきと同じはずなのに、全然違う沈黙。
琉夏「……なんなんだよ、これ」
呟く。
分かってきてしまっているのが、少しだけ怖い。
冬星が、壁にもたれながら言う。
冬星「“正しくない方が、合う”ってだけだろ」
あまりにも簡単に言う。
でも、それが一番しっくりくる。
琉夏「……それじゃダメなんだよ」
小さくこぼす。
自分でも、どこまで本音かわからない。
でも。
このままじゃ、どこにも行けない気がする。
冬星は、少しだけ目を細める。
冬星「どこ行きたいの」
静かな問い。
琉夏「……もっと、上」
その言葉に、嘘はなかった。
沈黙。
冬星が、少しだけ視線を逸らす。
冬星「……俺は別に」
ぽつりと落ちる声。
冬星「今の音、鳴らせればいい」
それだけ。
シンプルで、揺るがない答え。
──違う。
初めて、はっきりと思う。
同じ音が好きで、同じ場所に立っているのに。
見てる方向が、少しだけズレている。
そのズレが。
たぶん、これから──
もっと大きくなる。