テラーノベル
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スタジオに入る回数が、少しだけ増えた。
それが良いことなのかは、正直わからない。
音は、確実にまとまってきている。
前よりも、ずっと“聴ける”形になっている。
——はずなのに。
どこか、物足りなかった。
琉夏「……今の、悪くないと思う」
曲が一通り終わって、そう言う。
冬星はギターを下ろしながら、小さく息を吐いた。
冬星「悪くない、ね」
その言い方に、少しだけ引っかかる。
琉夏「なんだよ」
冬星「別に」
短い返事。
それ以上、続ける気はなさそうだった。
沈黙。
アンプのノイズだけが、微かに響く。
(……なんなんだよ)
イラつくわけじゃない。
でも、落ち着かない。
前はもっと──
ぐちゃぐちゃで、自由で、
考える前に音を出していた気がする。
今は。
“正しくしよう”としている。
それが悪いわけじゃないのに。
琉夏「……もう一回やろ」
ベースを握り直す。
冬星は、少しだけこちらを見てから、何も言わずにギターを構えた。
次の瞬間、音が鳴る。
今度は──
少しだけ整えた形。
コードも、リズムも、外しすぎないように。
誰が聴いても分かるように。
その上で、ほんの少しだけ崩す。
(……これでいい)
そう思う。
思う、けど。
歌いながら、違和感が消えない。
音が、まとまっている分だけ、距離を感じる。
冬星のギターが、遠い。
“合わせてる”のに、“噛み合ってない”。
そんな感覚。
一曲目が終わる。
沈黙。
琉夏「……なあ」
思わず口を開く。
冬星は何も言わず、こちらを見る。
琉夏「今の、どう?」
少しだけ、探るように。
冬星は、数秒だけ考えてから。
冬星「……つまんない」
はっきりと言った。
心臓が、少しだけ跳ねる。
でも、不思議と否定できない。
琉夏「……だよな」
苦笑がこぼれる。
正解に近づいてるはずなのに、遠ざかってる感じ。
その矛盾が、ずっと引っかかっている。
冬星が、ギターを軽く鳴らす。
一音だけ。
わざと外す。
その瞬間、空気が変わる。
(……あ)
さっきまでの音よりも、よっぽど“らしい”。
体が勝手に反応する。
ベースを重ねる。
低音が、少しだけ揺れる。
冬星の音が、それに絡む。
さっきまで避けていたズレが、自然に混ざる。
声を乗せる。
今度は──
迷いがない。
音が、ちゃんと“引っかかる”。
琉夏「……これだろ」
思わず笑う。
冬星が、ほんの少しだけ口角を上げる。
冬星「最初からそう言ってる」
軽い声。
でも、その裏にある確信が、やけに強い。
音が広がる。
崩れて、でも離れない。
ぶつかるほど、まとまっていく。
“正しくない”のに、完璧だった。
曲が終わる。
息が少しだけ乱れる。
さっきより、明らかに熱が残っている。
琉夏「……っは、ほんと意味わかんねえな」
笑いながら呟く。
冬星は肩をすくめる。
冬星「分かる必要ある?」
その一言に、少しだけ詰まる。
確かに。
分からなくても、成立している。
でも。
琉夏「……分かんないままは、怖いだろ」
ぽつりと落とす。
自分でも驚くくらい、素直な言葉だった。
冬星が、少しだけ目を細める。
冬星「怖いなら、やめれば」
あっさりと言う。
逃げ道を差し出すみたいに。
でも。
その選択肢は、最初からなかった。
琉夏「……やめねえよ」
即答する。
少しだけ間を置いてから、続ける。
琉夏「こんな音、他で鳴らせねえし」
本音だった。
他の誰かとやっても、こうはならない。
冬星だから、成立している。
それがもう、分かってしまっている。
沈黙。
冬星が、わずかに視線を逸らす。
冬星「……俺も」
小さく呟く。
聞き逃しそうなくらいの声。
でも、確かに。
同じことを思っている。
その事実が、少しだけ重い。
嬉しいのに、引っかかる。
琉夏「……じゃあさ」
軽く息を吐いて、言う。
琉夏「ズレててもいいから、合わせようぜ」
矛盾した言葉。
でも、今の自分にはそれが一番しっくりくる。
冬星が、ゆっくりと頷く。
冬星「いいよ」
それだけ。
簡単な返事。
でも。
その選択は、たぶん——
“正しくない”。
ズレてると分かっていながら、続ける。
噛み合わない部分を抱えたまま、音を重ねる。
それでも気持ちいいから、やめられない。
その感覚が、少しずつ。
逃げ場を、なくしていく。
スタジオを出たあと。
夜の空気が、少しだけ冷たかった。
隣を歩く冬星の足音が、妙に近く感じる。
琉夏「……なあ」
ふと、声をかける。
冬星「なに」
琉夏「さっきの音さ」
少しだけ間を置く。
言葉を探す。
でも、うまくまとまらない。
琉夏「……なんか、やばくね」
曖昧なまま、出す。
冬星は少しだけ考えてから。
冬星「今さら?」
と、短く返した。
その軽さに、少しだけ笑う。
でも同時に。
──ああ、もう。
遅いんだな、と思った。
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