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「そう。それで、どういった取引なのかしら?」草原に似つかわしくない長椅子の上でベルニージュは露わな足を組み替える。「アタクシの有利なこの状況で、ユカリちゃんの得する取引は出来ないと思うわよ?」


ユカリはネドマリアの姿を子細に眺め、眉根を寄せる。


「その前に、本当にネドマリアさんなんですか?」


口調も違えば身振りも違う。面影はあるが、面影だけだ。


「なんでもいいじゃない」ネドマリアらしき人物は気だるげに上半身を起こす。「まあ、もし呼び方に戸惑うのであれば、アタクシのことはヒヌアラと呼んでくださる? それがアタクシの名前なの。もちろんそう呼びたくないなら、そう呼んでくれなくても、それこそネドマリアでも結構よ。正直なところ名前なんてどうでもいいの」


ユカリは星を眺める時のような気持ちで一旦落ち着く。最優先事項は別にある。


「それじゃあ、ヒヌアラさん」ユカリは後ろに控えているハルマイトと、さらに離れたところで成り行きを見守る放浪楽団を示し、ヒヌアラに強く訴えかける。「巻き込まれてしまった彼らを解放してください。彼らは無関係でしょう?」


ヒヌアラは小さく唸り、ネドマリアの唇を尖らせる。あからさまな態度で、ユカリが想定していたよりもかなり長く悩んでいる。それはハルマイトと放浪楽団が、あるいはその中の誰かが無関係ではないことを示している。もちろんユカリはそれに気づいたことなどおくびにも出さずにヒヌアラの決断を待つ。


「いいわ。ユカリちゃんの善意に免じましょう」ヒヌアラはにこりと微笑んだ。「ただし魔導書を全て差し出すことが条件ね」

ユカリは首をひねる。「魔導書? 魔導書が欲しいのならなぜワーズメーズで迷わずの魔導書を持って行った時に一緒に持って行かなかったのですか?」


ヒヌアラは目を逸らす。


「まあ、なんでもいいじゃない? こちらにはこちらの事情があるのよ。ユカリちゃんの知ったことじゃないわ。さあ、交渉成立でいいの?」


合切袋の中を覗いた時に気づかなかった、ということは考えられない。その時は魔導書を必要としていなかったか。ヒヌアラは必要だと知らなかったか。あるいは事情が変わったのだろう、とユカリはひとまず納得しておく。


「分かりました」そう言ってユカリは三つの魔導書を取り出し、差し出すように持つ。


ヒヌアラは椅子から立ち上がり、ゆっくりと近づいてきて、お互いに手の届かない距離で立ち止まった。


ユカリは魔導書を少し引っ込めてはっきりと言う。「これを渡す前に、彼らにだけ抜け出す方法を教えてあげてください」


ヒヌアラは疑り深い者の目でじっと魔導書を見て、ユカリの後ろにいるハルマイトを値踏みするように観察し、首を横に振った。


「駄目ね。立場が分かっていないわ」

「別に構わないでしょう? 私は抜け出す方法を聞かないし、それまで彼らにも近づかない」

「もちろんよ、ユカリちゃん。それに関してアタクシ、疑ってはいないの。『魔導書を取引し、ネドマリアからここを抜け出す方法を聞いたら、それに従って立ち去れ』だったかしら。そうハルマイトちゃんに言っていたわね」


ヒヌアラはそう言って、掌をひらひらと振り、ユカリの後ろのハルマイトに微笑みかけた。


ネドマリアに呼びかける前にハルマイトに伝えていたことは全て聞かれていたらしい。つまりヒヌアラが求めているのは、とユカリは思考を巡らせる。


ユカリが察したことをヒヌアラも察したようだった。「魔導書はもう一つある。そうでしょう? アタクシと取引をするなら隠し事は駄目。疑われにくい人間というのは曝け出した人間のことだものね?」


そう言ってヒヌアラはハルマイトに目配せをする。


「この魔導書を届けるためにここを早く出たい人がいるんです。これを渡してしまうのは本末転倒で、到底聞き入れられません」


後ろにいるハルマイトの歯噛みが聞こえるような気がした。


「ハルマイトちゃんがその魔導書を必要としていることは知っているわ。でもアタクシの知ったことではなくてよ。ユカリちゃん。交渉の余地はほんのちょっぴりしかないの。こちらの条件に応じるのか、応じないのか。今大事なことはそれだけだわ」


「分かりました」ユカリはそう言って、もう一枚の魔導書、秘密を暴く魔法の魔導書を取り出す。

ハルマイトが反射的に手を伸ばし、「おい!」と言ってユカリの持つ秘密を暴く魔導書の端を掴んだ。

そしてユカリは【囁く】。「トイナムの港町へ行く最短の道筋を教えろ」

それに応じて、ヒヌアラは声高に唱える。「南西に真っすぐ進み、川に突き当たったら太陽に向かって進め」

ユカリが魔導書を離すと、それを受け取ったハルマイトは指さして叫ぶ。「南西だ! 南西に走れ!」


放浪楽団はヒヌアラの言葉通り、ハルマイトの言葉に従い、一斉に走り出した。

ユカリも後に続いて走り出す。しかし辺り一面の地面から蔦が伸びてきて、意志を持っているかのようにユカリに絡みつく。引きちぎりつつ進むが、ヒヌアラに追いつかれるのは時間の問題だ。


「行け!」とユカリは【叫び】、守護者を呼ぶ。

「仰せのままに! 我が主! 悪婦め! 我が剣の錆となるがよい!」人の形に膨れ上がった土が蔦を引き千切りつつ、土の剣を掲げてヒヌアラに躍りかかる。


しかし次の瞬間、ユカリは行くべき方向を見失った。後ろを振り向いたはずなのに、行く先にヒヌアラがいる。放浪楽団を目で探し、見つけた方向に進むが、またヒヌアラがいる。また魔法に囚われてしまった。守護者には何が見えているのか、雄叫びをあげながら空中に斬りかかっている。


ヒヌアラはため息をつく。「行っちゃったわね。まったく、ずる賢い子だこと。本当に魔導書は厄介ね。それにしても、大事な大事な完成された魔導書の在り処を聞いた方が良かったんじゃないの?」

「先を急いでいたので」と言ってユカリはにやりと笑みを浮かべた。


ヒヌアラの湛えていた微笑みがすっと消えた。


「そう。まあ、好きにすればいいわ。アタクシ荒事は嫌いなの。できればこの手を汚したくもない。妥協案としてユカリちゃんが餓死するまで待とうかしら、と思っているんだけど」

「一つだけ聞かせてください」とユカリは頼み込むように言った。

「秘密は明かせないわよ?」と言ってヒヌアラは目を細め、口角を上げる。

「ネドマリアさんは死んだんですか? それとも勇気を奪われているだけなんですか?」


ヒヌアラの顔が微妙に変化する。無関心から好奇心へと。


「悩ましいね。ユカリ。どちらでもないが正解だよ。死んでないし、勇気を奪われたわけでもない。私の肉体を貸しているの、ただただ抵抗せずにいるだけ。人形みたいにね。こんな恥ずかしい格好をさせられるとは思わなかったけど」


それはネドマリアだった。表情も喋り方も、ユカリの知っている彼女だった。


「どうしてそんなことを? 何のために?」ユカリは今にもすがりつきそうな声色で言った。

ネドマリアはくすくすと笑いながら答える。「大いに悩み、迷いたまえ。と言っても、実のところ隠すほどのことでもないんだけどね。迷わずの魔導書が欲しかったっていうのと。好奇心もあるよね。あと、そうだなあ。ああ、そうそう、ちょっぴりのユーアちゃんへの同情かな」

「ユーアのためってことですか?」

「そうとは限らないかもよ? じゃあね、ユカリ。魔導書を渡す気になったら言ってね。それまでは逃げに徹するつもりだから。出来れば殺したくない。本当だよ。それに関しては私も一致しているんだ、ヒヌアラとね。急場しのぎの出来だったから、あの人たちは逃がしちゃったけど、今度は聞いても覚えられないくらい徹底的に複雑な迷宮に作り替えるから。もう秘密を暴く方法はないけどね」


ネドマリアならそれが出来るだろうとユカリには分かった。迷わせる人数が少ないこともネドマリアにとって有利なはずだ。

しかしユカリの中に最早焦りはなかった。秘密を暴く魔法のお陰で全ての企てが上手くいった。


「そうそう。盗まれた魔導書がどこにあるかは知ってるんです」どこかへ消えようとするネドマリアにユカリは言った。「いいえ、正確には、どこにあったか、ですね」


ユカリは懐から、魔法少女に変身する魔法の魔導書『わたしのまほうのほん』を取り出し、古来より勝利者が浮かべる【微笑み】と共に魔法少女に変身する。


「どうしてそれを!?」と言ったのはヒヌアラのようだった。


人形遣いの魔法を使って楽団員に盗ませたのだろう、とユカリは推測していた。でなければ彼らをここに縛り付ける必要などない。遠く離れてしまった今、『わたしのまほうのほん』は戦に勝利した忠臣の如く主の元に戻ってきた。


「グリュエー! あの女を押し倒しちゃって!」


グリュエーは迷うことなく、曲がりくねった野原を真っすぐに進み、ネドマリアにたどり着いて地面に転がす。


「行け! 蔦のたなびく方向に敵はいる!」


守護者が再び地面から飛び出す。蔦が倒れ、蛇の這い進んだ後のように曲がりくねった道が出来ている。守護者が鬨の声をあげながら、蔦が向いている方向へ、グリュエーの通った道をたどって進む。


「だからアタクシもうちょっと策を練ってからって言ったのよ」とうんざりした様子でヒヌアラが言った。「十分に練ったってば、少し上を行かれただけだよ」と今度はネドマリアが少し嬉しそうに微笑みを浮かべた。しかしすぐにヒヌアラは唇を尖らせ、視線を他所に向ける。「またお会いしましょうね。ユカリちゃん」と言った後すぐに、ネドマリアは大きく手を振った。「じゃあね、ユカリ。またね」


守護者がたどり着く前に、ネドマリアとヒヌアラは地面に溶けるように消えた。

魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。

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