テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
1,441
結局憂鬱な気分のまま【りうくん】との予定の日になってしまった。こんな精神状態で楽しめるんだろうか。まともに会話ができるんだろうか。今からドタキャンでもしようか。また逃げ道だけ確保しようと考えてしまう。
気分が乗らないが準備をする。どんなに苦しくても好きな友人だから嫌われたくない、こんなドタキャンくらいで嫌いになるやつだとは思っていないが、些細な行動でも気にしてしまう。
リップクリームをヘアセットをし、意味もないような香水をかけ、現代社会で求められている程度の身だしなみを整える。
身だしなみではないが、傷口があるところに包帯をを巻いて見えないようにする。と言っても袖が落ちづらくなっているダボっとしたスウェットを着るので、包帯を巻かなくても基本的に見えないのだが。もしかしたら隙間から傷口が見えてしまうかもしれないという可能性を考慮する。もし袖から包帯が見えて、そののことを聞かれても火傷をしてしまったと言えば充分誤魔化せるだろう。バレたら人生終了だ。社会的とかの問題ではなく、もう自殺を選ぶしかない。
「…」
痒いな。普段もそうなのだが、包帯って本当に痒いし邪魔だ。数日前のXマッチ中、痒くてすこし試合に集中できなくなっていたから包帯を外して過ごしていた。そうしたら傷口を抑えなくても問題がないことに気づいてしまい、普段から包帯を外していたため、前よりも特段に痒く感じる。だからと言って包帯を取るという妥協の手にもできないので痒いのを我慢して仕方がなくつける。
憂鬱、憂鬱だ。会うのが嫌なのではないが、とにかくだるくていきたくない。けど会わないのも嫌なので仕方がなくドアノブに手をかける。開けた瞬間差し込んでくる光にさえ嫌気を覚えるが、その光の下をトボトボ歩き始めた。
集合場所に着くとそこにはまだ友人の姿は見えなかった。大抵あいつは集合時間ギリギリか10分遅刻した時間くらいに着くから当たり前と言ったら当たり前だが。
けれど周りを見渡すと見慣れた背丈、見慣れた歩き方でこっちに向かってきているやつがいた。顔が見えないくらいには遠い位置にいるがわすぐに誰かわかった。当たり前に【りうくん】だった。思ったより着くの早かったな。
「おまたせ〜」
「今日早いね」
「そう?笑」
「どこ行く?いきたい場所とかあんの?」
「えっとねー」
大丈夫だ。ちゃんと対応できている。鬱を出さないようにできている。けどこうして周りと接している時に元気になると、自分は結局精神異常者なのかそれとも単なる甘えなのかわからなくなる。
「ゲーセンと、カラオケと、あとここのご飯美味しいらしい!」
「じゃあ夜ご飯にそこ行こ」
「おっしゃあ!遊ぶぞー!」
ありえないテンションの高さだ。最初によったゲーセンでも「ねえ見て!これ取れそうじゃね!?」「え、やばい小銭ない!ちょっ両替してきて!」なんて騒いで、周りに迷惑がかかるんじゃないか心配になるレベルだった。
けどその高いテンションにつられて自分もどんどん楽しくなっていく。最初に纏っていた憂鬱さなんて気付かぬうちに消えていた。
「【りうくん】下手くそじゃない?」
「はぁ!?じゃあお前がやってみろよ!!!」
この久々の高いテンションが今は救いだ。来てよかった。楽しい。
「え!?やばいやばい!?!?いける!!」
「www」
「えええ!とれたー!」
「え!まじでありがとう【ましゅー】!!」
あぁ、楽しい!これがずっと続けばいいのに!そんな【りうくん】に乗っ取られたようなテンションでその後もゲーセンを楽しんだ。
「2名で機種はJOYSOUND、1時間でドリンクバーお願いします」
「え〜笑【ましゅー】JOYSOUND選ぶとか歌自信ないの〜笑笑」
「いやりうくんボカロ好きだからこっちにしたんだけど」
「えぇ!?【ましゅー】がそんな配慮を!?」
「うるさい」
まじでこいつずっとうるさいな。どっから湧き出てくるんだよその体力は。
「【りうくん】コーラ選ぶとかガキ?笑」
「ガキじゃねーよ!22だよ!!」
「www」
いや、そんなことじゃなくて、いや本当に今は。
「…?【ましゅー】?」
「あ、なんでもない」
言えるはずがないこんなこと。包帯が本当に痒すぎるだなんて!!痒い、痒い痒い痒い痒い!!包帯とかの違和感の痒みではなくて、包帯による蒸れで傷口が刺激された痒み!!手に持っているコップを落としてしまいそうなくらい痒い!今すぐにも掻きむしりたい!!
「ちょっと先に部屋行っといてくんない?便所行ってくる」
「おっけー。先に曲入れとくよーん」
なんだこいつ可愛いななんて少し思ったが、今はそんなの気にしていられない。素早く個室に入り包帯をとっていく。包帯はいつも血が止まってから巻いているが、血が止まっても腕を動かしたりすることで多少の血や血漿が出る。その血と血漿が包帯について、傷口と包帯の布部分がくっついてとるときは少し痛みを感じた。それにより傷口を少し傷つけ、追うように血が流れてきた。 仕方がない、人もいないし洗ってやり過ごすか。
「…なに、それ」
一般の成人男性と比べると圧倒的に高い声。もう姿なんて見なくてもみんなわかってしまうだろう。トイレの出入り口、自分の目の前にある鏡でも反射して見えるくらいの位置に、【りうくん】が立っていた。察してしまった。自分が【りうくん】のことが反射で見えているということは、自分の正面姿も【りうくん】は見えているということを。
「っ、なんでいるの…?」
「いや、普通に俺もしたくなって」
終わった。終わった終わったんだ。死ぬしかない。この地獄の時間が終わったら家に帰ってすぐ死のう。いや帰る前でいい、途中で何かに轢かれれば、途中でどこかの川にでも落ちれば。
「とりあえず、部屋いく、?」
「あー、…うん」
気まずい。たった十数メートル先の個室へ向かっている時間がとても長く感じる。早くしてくれ。もう走ってやろうか。
もうすでに色々予約していたのか、かかっている音楽。りうくんは演奏中止ボタンを押し、その唯一の音源であった音楽を演奏中止し、広告の音が流れぬよう音量を0にした。それによって静寂と気まずさに包まれた密室空間が完成する。
「うん、で。それはなんなの」
全くこいつもデリカシーがないな。もしかして本当にガキなのか?
「いや、何って言われても…」
「まあ言わなくてもわかるけど、リスカでしょ?」
ほんとにデリカシーがなさすぎる。いやそうだけど、そうだけども!!もっと言い方っていうものが、
「なんか辛いことあんなら教えてよ、【ましゅー】そういうことするタイプじゃないでしょ?」
「いやぁ、…えっと、その……さ、?」
するしないじゃなくて、するしかなかったんだ。わかってくれないだろわからないだろう。
「ごめん、【ましゅー】が傷ついてるの知らなくて、聞かれるのも嫌だよね。けど俺は【ましゅー】に自分の身体傷つけてほしくないって思ってるよ」
「とりあえずさ、一部分しか見れなかったから全部見せてくれない?見たいとかじゃなくて、そのなんていうんだろう…」
お願いだ、もうやめてくれ。外部から見えている自分がどんどん崩れているような感覚がするんだ。もう内側はほとんど壊れ切っているのに、外側まで壊れてしまったらもう、形を完璧に失ってしまうじゃないか、
「見なかったことにしたくないっていうか、全部見せてほしい。誰にも言わないから」
誰にも言わない、?本当か?まだ自分を失わなくて済むのか?どうせ今見せないと【りうくん】は自分が見せるまで離してくれない。じゃあ、もう潔くこの右腕を差し出した方が良いように収まるのではないか。
心臓がいつもの焦燥感に襲われている時よりも、速く、強く、動いている。いつも刃物を握っている手で、刃物を当てている方の腕の袖を捲る。不安だ怖くて仕方がない。けど泣いている姿なんて絶対に見せたくない。歯を食いしばって苦しいのも怖いのも全てに耐える。
「……」
「……」
見せてと言っといてなんだその沈黙は。気まずすぎて顔も見れない。失望しているのだろうか。軽蔑しているのだろうか。それともあわれんでいるのだろうか。赤くなった線や、瘡蓋になったものがたくさんついている左腕を見ているしかなかった。
「うん、見せてくれてありがと」
「…うん」
やっぱ死ぬか。無理だこれ。もう耐えられない。もう逃げるしかない。逃げた先には光なんてない。闇もない。もう何もなくなる自死を選ぶしない。
「やっぱ辛いのはわかるけどさ、自分の身体傷つけるのはやめようよ。ほら、散歩とか良いっていうじゃん?俺もするから、なんなら【ましゅー】の家に住むから」
バカじゃないのかこいつ。お前に自分の辛さがわかるわけないだろ。この毎日襲ってくる絶望感と不安感と焦燥感、常人じゃ感じることができない。そのクソみたいな三つの要素を感じなかった時のことを思い出せない。どんなに楽しくてもその後こいつらがずっとついてきたから。苦しくて苦しくて苦しくて、その場から動くこともままならないのに散歩なんてできるわけがないだろ。光に怯えるくらいなんだぞ。一緒に住むなんてほぼ監視じゃないか。もうこれ以上干渉しないでくれ。1人の時間をくれ。それか前の自分を返してくれ。
なんてこと言えるはずもなく。
「…うん」
口から出てきたのは心の中では一切思っていない肯定の言葉。いや、だなんて言えるはずがなかった。もっと面倒なことになる。
「今はさ、こんなことちょっと我慢して、頑張ってみようよ」
頑張ってるよ。頑張ってるからこんなことしてるんだ。頑張って頑張って頑張った先に辿り着いたものがこれだったんだ。
「あと、なんでこんなことするぐらい我慢してたの?何が辛いの?」
「…わからない」
「…わからない、?」
何が辛いかわからないんだ。だから辛いんだ。何が原因なのかはわからないのに明確に痛みだけは存在している。霧の中で全方向から弓を撃たれているのと一緒だ。
「あとはどこにあるの?」
「は、」
気づかれているのか、?片方の太ももにも同じような傷があることが。腕と同じように少しかゆいが、気が散るほど気になる痒みでもないから仕草には出ていないと思う。勘か?さっきもちょうど腕洗う時にきてタイミング悪すぎたり。こいつこういう時だけ何かしらが鋭いんだよ。やめてくれ。
「他にもあるでしょ?」
「…太ももだけ」
口元を歪ませて目を逸らしながら話すことしかできない。今自分はどんな醜い顔をしているのだろう。
「痛くないの?」
「……痛い、痛いけど…」
「じゃあ、やめようよ。痛いんでしょ。痛いの辛いでしょ。」
「…」
もう、返答するのもめんどくさくなってきた。だって理解されるはずがない、こんなこと。話しても全部無駄だ。
「今日さ、【ましゅー】の家泊まってもいい?前から行きたかったから」
「いいけど…」
「部屋片付いてるでしょ?じゃあ決まりで」
「はぁ、、お前さあ…」
「何?見せられないものでもあんの?」
「いや、もうちょっとデリカシーっていうもんが…」
「1人でのこのこと帰らせるわけには行かないでしょ。どうせ帰ってもするんでしょ? 」
「…………あと、客人用の布団とかないから普通に泊まるの無理でしょ。男が身を寄せ合ってシングルベッドで寝るつもり?」
「問題あんの?」
「まじかよ、」
今は小柄で筋肉もない、力比べだったら圧倒できるはず【りうくん】に逆らえない。弱みを握られているのもそうだし、なんだか怖くてたまらない。
「まぁ、なんか湿っぽい空気気まずいし時間余ってるから歌おう」
「…うん」
こいつ気まずいとかいう感情抱くんだとか考えながら、りうくんの歌を聴いていた。会話が少なくぎこちない状態が続いたが、どちらもキツすぎと思ったので徐々に会話を増やしていき、いつも通り会話をして笑い合う。
カラオケが終わった後予定通りご飯を食べて、家へと向かう。別にやましいことはないのだが、りうくんを家に招待、いや無理やり来ただけだこいつは。とにかく気が乗らないまま自宅への道を歩んでいった。
コメント
1件
わあ…第5話、読ませていただきました。 冒頭の憂鬱な空気と、りうくんとのテンションのギャップがすごく生々しくて、こちらの心臓もドキドキしました。トイレでばれるシーン、あの一瞬の静け方が怖いくらい伝わってきて、思わず息を止めてしまいました。 それでもりうくんが「見なかったことにしたくない」って言ってくれたところ、すごく救われました。彼なりの真っ直ぐな優しさに泣きそうになりました…。続きが気になります。