テラーノベル
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朝の薄い光が差し込む頃、すちはゆっくりと目を覚ました。
頭の奥がずん、と重く鈍い痛みを訴えてくる。
「……ちょっと、頭痛いな」
そう呟きながらも、体を起こし、洗面所へ向かう。顔を洗っても、目の奥の熱っぽさは引かない。鏡に映る自分の頬が、いつもより少し赤い気がして、首を傾げる。
――まあ、寝不足かな。
そう自分に言い聞かせ、キッチンで簡単に身支度を整えていると、寝室のドアがきい、と開いた。
「……おはよ……」
眠そうに目をこすりながら、みことがリビングへ出てくる。まだ半分夢の中のような顔で、ふらふらとすちの元へ近づいてきた。
「おはよ、みこと」
みことはそのまま、ぽす、とすちの胸に顔を埋めるように抱きつく。すちも自然に腕を回し、ぎゅっと優しくハグを返す。
……が、みことの表情が、ふと変わった。
「……あれ?」
すちの服越しに伝わる体温が、いつもより明らかに熱い。
みことはゆっくり顔を上げ、不安そうにすちを見上げた。
「すち……なんか、あったかくない?」
「え?そう?」
すちは軽く笑いながら答えるが、みことは納得しない様子で、そっとすちの額に自分の額を合わせた。
「……やっぱり熱いよ」
その一言で、みことの目つきが一気に真剣になる。リビングの引き出しを開け、体温計を取り出してすちに差し出した。
「測って。すぐ」
「大袈裟だなぁ」
くすっと笑いながらも、言われるまま体温計を脇に挟む。
ピピッ、と電子音が鳴り、表示された数字を見た瞬間、すちの笑顔が一瞬だけ固まった。
「……38.5℃」
「ほら!やっぱり熱あるじゃん!」
みことは思わず声を上げる。
すちは額に手を当て、少しだけ考え込む。
「うーん……今、薬飲めばさ、大学着く頃には下がるかもだし……」
その言葉に、みことの眉がきゅっと寄った。
「だめ!今日は休んで!」
みことはすちの腕を掴み、ぐいっと引っ張るように寝室の方へ促す。
「え、大丈夫だって。これくらい――」
「大丈夫じゃない!」
珍しく強い口調で遮られ、すちは少し目を瞬かせる。
「ちゃんと休まないと悪化するでしょ。お願いだから……」
それでもすちがまだ軽く笑って「平気平気」と言おうとした、その瞬間。
みことの胸の奥に溜まっていた不安と苛立ちが、ぽろっと言葉になってこぼれた。
「……休んでくれないすちは……き、嫌い……!」
言い切った瞬間、みこと自身もはっとして口を押さえる。
「……あ……」
すちの耳には、その「嫌い」という言葉だけが、やけに大きく、エコーがかかったみたいに響いた。
嫌い。
嫌い。
嫌い――。
頭の痛みとは別の場所が、ぎゅっと締め付けられる。
一瞬、何も考えられなくなり、言葉も出てこない。ただ呆然と、みことを見つめるだけだった。
「……」
その沈黙を見て、みことはしまった、という顔をしつつも、今はそれどころじゃないと気を取り直す。
「……ほら、もう、寝て」
みことはすちの手を引っ張り、半ば強引にベッドまで連れていく。すちは抵抗する間もなく、ぽすんとベッドに座らされ、そのまま肩を押されて横になる。
「ちゃんと休んで。無理しないで」
布団をかけながら、みことは少しだけ潤んだ目で、すちを見下ろした。
すちはまだ「嫌い」という言葉の余韻に戸惑いながらも、みことの必死な表情を見て、ようやく状況を理解する。
「……ごめん」
小さく呟くと、みことはほっとしたように、すちの額にそっと手を当てた。
「……やっぱり、熱い……」
心配そうに眉を下げながら呟くみこと。
本当はそばにいてあげたい。様子を見て、こまめに水を飲ませて、ちゃんと寝ているか確認したい。でも、今日はどうしても休めないテストがある。
「試験……休めないよね……」
小さく独り言のようにこぼし、しばらく悩んだ末、みことは意を決したようにスマホを手に取った。
――らん兄にお願いしてみよう。
指先が少し緊張で震えながらも、メッセージを送る。
“すち兄が熱出してて……午前中だけでいいから様子見てもらえないかな?”
既読がつくまでの数十秒が、やけに長く感じられた。
するとすぐに返信が届く。
『らん:OK。ちょうど時間空いてるから行くよ』
画面を見た瞬間、みことの表情がぱっと明るくなる。
「……よかった……」
胸をなで下ろし、安心したように小さく息を吐く。みことはようやく心からほっとした。
そのまま、ベッドのそばに戻り、すちの顔を覗き込む。
「らん兄が、午前中見に来てくれるって」
「え、そこまでしなくても……」
すちは少し申し訳なさそうに笑うが、みことは首を横に振る。
「だめ。心配だもん。テスト終わったら、すぐ帰ってくるから……それまでちゃんと休んでて?」
布団の端をぎゅっと握りながら、不安を隠しきれない声で伝えるみこと。その目は真剣で、すちを大切に思っている気持ちがまっすぐに伝わってくる。
すちはその様子に、思わず優しく微笑んだ。
「うん。ちゃんと寝てるよ」
そう言って、みことの頭をぽん、と 撫でると、みことは一瞬だけ迷うように視線を彷徨わせてから、顔を寄せる。
「……」
ほんの一拍の間。
みことはすちの胸元に手を添え、ちゅっと、小さく唇を重ねる。
柔らかくて、あたたかくて、羽が触れるみたいな一瞬のキス。
すちは一瞬きょとんと目を瞬かせ、それからふっと表情を緩めた。
みことはすぐに離れ、頬をほんのり赤く染めながら視線を逸らす。
「……い、行ってきます」
照れ隠しみたいに少し早口で言い、くるりと踵を返す。その耳まで赤くなっている後ろ姿に、すちは思わず笑みをこぼした。
「行ってらっしゃい。テスト頑張ってね」
優しく声をかけると、みことは玄関の方から小さく「うん」と返事をして、ぱたぱたと足音を響かせながら家を出ていった。
静かになった部屋に残るのは、さっきの小さなキスの余韻と、みことのぬくもり。
すちは自分の唇にそっと指を当てて、小さく息を吐く。
「……ほんと、可愛いんだから」
胸の奥がじんわりあたたかくなるのを感じながら、すちはもう一度布団に身を沈め、みことの帰りを待つことにした。
コメント
2件
みこちゃんもたくましくなったなぁ…
ほんと可愛いんだから、、、