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「ふかし芋にバターか、シンプルだが美味いじゃないか」
「まぁ……そうですね」
たしかに美味い、美味いともさ。
でも僕はもう、魚料理の口になってたんだ。
予想通り宿も空いてなかったので、テントと焚火を準備し、湖を眺めながらのふかし芋となった。
「しかし人を襲うユアか……」
従業員の方に聞いた話では、朝獲った内の半分程度が人に噛みついたりと狂暴な上に、身が固くなっていてとても提供できるものではないということらしい。
なので収穫量が減り、夕方には品切れに……。
道中襲ってきたアイルグースも、本来はユア湖に住み着いていたそうだ。
だが変質したユアの影響で別の獲物を求め、湖を離れ冒険者を襲うように……ということだそうな。
「ではお言葉に甘えて、先に休ませてもらいますね」
今日はだいぶ魔力も使ったので、先に休んでくれとリズさんに言われたのでお言葉に甘える。
「あぁ、ゆっくり休んでくれ」
気配りのできる姐さんだ。
――そして事件は日付が変わる頃に起こった。
◇ ◇ ◇ ◇
「おいエル、起きてくれ。周りの様子がおかしいんだ」
火の番をしていたリズさんに揺さぶられる。
「うん……二人だとこのテントはちょっと狭いですね……」
リズさんの顔が近い、ドキッとする。
「いいから早く起きろ」
強引にテントの外へ押し出され、頭が覚醒し始めると周囲の異常が目に入った。
「んッ……ぐっ……」
「あぐ……ぅ……うぅ」
周囲には何かに苦しむ呻き声、そしてそんな状態を見て狼狽する者たち。
そしてそれは、良く知る荷馬車からも聞こえた。
「うぅ……うっ……」
「――チロルさんッ!?」
荷台を覗くと、そこには苦しそうなチロルさんの姿があった。
「彼女だけじゃない、他のテントや、私と同じように火の番をしていた者……何も異変はなかったはずなんだが、急に苦しみ出したんだ」
周囲を見ると、無事な人とそうじゃない人は半々といったところだ。
チロルさんの額に手をあてると、ものすごい熱さだった。
「すごい熱だ……」
「あぁ、他も同じ状態のようだ」
ということは、この症状の原因は同じということだろうか。
なら症状が出てる人に何か共通点が……?
そんなことを考えてると、他の冒険者が大声で呼びかけ始めた。
「おい! 解毒薬が効くぞ! 皆早く飲ませろ!」
それを聞いた他の冒険者たちは皆、解毒薬を飲ませ始める。
そして、僕が預けていたポーチをリズさんが漁るが……
「たしかに毒の症状に似ているが……エル、我々は持ってないぞ?」
たしかに買ってない。
食当たりなんかにも効果があるのだから、旅の必需品のはずなのに!
「…………必需品?」
そうだよ、必需品だよ!
そうなら――――
「チロルさんの積み荷の中にあるかもしれません!」
なるほど、っとリズさんも積み荷を漁り始める。
衣類だらけの木箱や、鉱石だらけの木箱……統一性がまったくない。
あとあるのは、横になったチロルさんの側にあるバッグ……
「こういうの良くないんだろうけど……ごめんね、緊急事態だから」
マジックバッグではない、普通の革のバッグだ。
中に入っているのは水袋や干し肉、そして瓶が二つ入っていた。
「……リズさん、解毒薬って見たことあります?」
二つある瓶は、どちらも違う形状をしていた。
「……すまない、今まで必要になったことがなかったから……」
雑草食って『ちょっと調子悪い』ぐらいで済む人はそりゃ必要ないよね……。
そもそも、どっちも解毒薬ではない可能性もある。
そんなことを考えていると――
「エル、両方とも飲ませてはどうだろう」
――――それだッ!
◇ ◇ ◇ ◇
「はわぁ……私そんな状態だったんですねぇ」
解毒薬? らしき物を飲ませてから数十分。
チロルさんの呼吸が落ち着いていき、意識もハッキリと、そして返事もできるまで回復した。
「ふぅ、一時はどうなることかと思いましたね」
「あぁ……だが原因は一体何なのだろうな」
たしかに、解毒薬が効くということは毒の一種なのだろうが、一体何の毒に……。
じゃがいもの芽でも食ったのか? とも思ったが、さすがにそんなもの食堂で提供するとは思えない。
なんでしょうね……っとリズさんと不思議に思っていると
「なんだか胸元がモゾモゾしますぅ」
と言いながらチロルさんが胸元から、羽の生えた何かを取り出した。
それは淡く水色に光っており、10cm程度の女の子のような――
「ひぇ、でっかい羽虫ですぅ」
さすがに羽虫は無理があるのでは……。
「これは水の妖精だな、珍しい」
リズさんは見たことがあるのか、妖精だと答える。
まるで人形のような妖精は、パッと目を覚ますと外に飛び出していった。
「逃げましたね……」
「逃げたな……」
他に情報もないので、あとを追うことにした。
逃げ出した妖精を追っていると、他にも淡い光を追う冒険者がいるようだった。
どうやら、他の解毒が済んだ者からも妖精が逃げ出してきたようだ。
近くにいる世紀末的な風貌の冒険者から声をかけられる。
「あんたらもアレを追ってきたのか」
「……そちらも解毒した方の体から?」
「あぁ、おそらく妖精だとは思うが、そうなると斬るわけにもいかないし、一応追ってはきたんだが……」
たしかに武装はしていない。
見た目の割に紳士だ。
そして妖精が飛んでいった先には真っ暗な湖。
その一部分に次々と集まり、水面を淡く照らす。
「あれは……何か浮いてるな」
そこそこ距離はあるはずだが、リズさんには見えているようだ。
「ちょっと様子見てきますね」
飛行魔法で妖精の集まる水面へと向かっていくと、妖精たちがこちらに怯えながらも、何やら指を差していた。
その先には……女神像? のようなものが浮かんでいた。
(多分女神像だよね、でも……首から上が……)
浮かんでいたのは、首無しの女神像だった。
声は伝わらないが、妖精たちが困った表情をしていたので、像を拾い上げる。
すると妖精たちは、ちょっとだけ表情が明るくなり、湖の奥深くへと潜っていった。
リズさんのところへ戻って、象のことを報告しようとすると――
「あんたスゲーな! 飛行魔法なんて初めて見たぞ。ひょっとして二つ名持ちか?」
世紀末さんがテンション高くてウザかった。
二つ名なんて恥ずかしいものあるわけないでしょう。
「それで? 何か拾っていたようだが」
リズさんが話を戻してくれた。
「えぇ、これなんですけど……」
首無しの女神像をリズさんに見せる。
「……邪神像か」
すごい物騒なワードが出た。
「邪神て……拾ってきたのまずかったですかね?」
「いや、複製品ではなく本物のようだからな。そのままにしておくほうが問題だ」
「そんな危険な物なんですか?」
もしそうならその辺に捨てることもできないし、かといって持ち歩くのもちょっと……ね。
「私もそれほどくわしいわけではないが、おそらく湖の異変に関わってるだろうな」
つまりこれのせいでユア湖の生態がおかしくなっていたと……。
あの妖精たちは、それを取り除いてほしかったのだろうか。
「ひょっとして妖精たちは、このことを教えようとしてたんですかね? 毒状態にしてまで……」
「妖精の力は人のそれとは根本的に違うからな。あまり近くにいると、その力にあてられて中毒症状を起こすというのは聞いたことがある」
教えようとしただけで悪気はなかったんだよ、ってことかな。
「どうせならリズさんとか、強い人に助けを求めればよかったのに……」
「妖精は臆病だからな……気配を消されると私も気づくのは難しい。それに、ここは妖精だけで精霊の姿はないようだし」
怖いから強い人は避けたってことか。
……僕は? 人畜無害のはずだけどな。
「……ん? 精霊?」
「あぁ、妖精の上位の存在が精霊だ。私も見たことはないが、妖精の親のようなものだと聞いたことがある」
上位の存在なのか……体内の人工精霊ことアーちゃんを警戒したのだろうか。
「ま、どちらにしても神聖な存在だ。手を出せば女神の神罰が下ると言われている」
なるほど……世紀末さんが斬るわけにいかない、と言っていたのはそういうことか。
……人工的に作った人には神罰降らないんですかね。
「でも邪神像どうしましょうか?」
「エルヴィンについたらギルドに報告するのがいいだろうな」
テントに戻りながら、リズさんと邪神像の扱いを相談していた。
「こんなところにあるのは不自然だからな……人為的なものかもしれん」
「な、なんだって……そんなの許せませんね!」
つまり誰かが、ユア料理という旅のオアシスを汚したということだ。
僕が食べられなかったのもそいつのせいじゃないか!
アタイ、許せへんっ!
「……キミの怒りの方向性はちょっと間違ってそうだな」
リズさんにジト目で見られた。
「チロルさん、調子はどうですか?」
荷馬車に戻り、チロルさんの様子を見に行くと、チロルさんがこの世の終わりのような顔をしていた。
「ど、どうしたんですか? また具合でも悪くなったんですか?」
するとチロルさんが、そっと空の瓶を指差した。
「……? それが何か?」
「片方はぁ……解毒薬ですぅ……」
「でしょうね、だから回復したんですよね?」
「もう片方はぁ……高級回復薬ですぅ……1本金貨5枚ですぅ」
「…………どんな味でした?」
「今はしょっぱいですぅぅぅぅ!」
高級回復薬の味は、涙で上書きされてしまったらしい。
この日、火の番をしながら、朝までシクシクとすすり泣く声を聞き続けた。
僕は悪くねぇよっ! ……多分。