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アンジェロとアンジェラは双子。その容姿はよく似ているという。
それを聞いた時、オレはかつて恋したアンジェラ・エストレーモの今の姿を、アンジェロに重ねた。
アンジェロはもとから女性的な姿をしていたが、彼をみれば今のアンジェラの姿がわかると思った。
だから、彼に女装を頼んだ。今のアンジェラが、どんな姿なのか知りたかったから。
オレはアンジェロにときめいてしまっている。だがそれは、アンジェラを重ねているからだ。彼を彼女と思うことで、オレはかつての気持ちを取り戻そうとしていたんだ。
アンジェラへの気持ちは、高まるばかりだ。正直、仕事も手がつかない。
だが同時に、悪いことをしているという気持ちもある。
アンジェロには、本当に悪いことをしている。オレの体質のせいで、双子の姉の役割を演じさせられたり押し付けている。
彼はオレを慕ってくれている。それは普段の言動を見ていればわかる。えもすれば、男女の関係のような、そんな気分にさえさせてくる。それは容姿のせいなのか、オレが彼に女を重ねているせいなのかはわからない。
仮にアンジェロが友情めいた尊敬ではなく愛情を求めていたら? 男と男だぞ? いやそんなことより、オレが姉アンジェラを重ねているせいで、彼の気持ちを踏みにじっているのではないか?
ああ、オレは最低だ。
それでもなお、アンジェロは、オレの我が儘に応えて女装してくれるという。ここまで尽くしてくれるのに、彼の気持ちに応えることができないとは。
もし、オレが、このまま体質で女を抱けないのであれば、アンジェロでもなんて本人の前で口にしてしまうなんて……。ダメだった時の予備としてしか見ていない最低なヤツじゃないだろうか。
もしアンジェロに会わなければ、こんなに苦しむことはなかったのではないか?
いや、違う。アンジェロに出会えたから、女性苦手体質を克服しようと思えた。感謝こそすれ、恨んではいけない。
だが、オレが本当に体質を克服できたなら、その時は、オレは姉のアンジェラに――
「……」
アンジェロの気持ちを無下にしてしまうな。いや、彼が男としての関係以上を考えているなど、オレの妄想に過ぎない。その通りなのか、違うのかわからないではないか。
だが、結果はどうあれ責任はとらねばなるまい。義弟となるのか、それとも――
コン、コン、と扉がノックされた。
オレは扉を見やる。いつもなら、扉の前に立つツァルトかハルスが、誰がきたか知らせるのだが……。
コン、コンとまたもノックされた。
「入れ」
返事待ちかと思い答えれば、扉がゆっくりと開いた。
視界が白に染まった。天使、いや女神が降臨したのだ。
白きウェディングドレスをまとった乙女。栗色の髪をなびかせたアンジェロがしずしずと入ってきた。
息が詰まった。
いや、これは体質ではない。あまりの美しさに、心が締め付けられ、いや飛び跳ねたのだ。
艶めいた栗色の髪、整った顔立ちにはほのかな化粧と、完全に女だった。その胸の膨らみは女のそれで、ドレスの形状が、より腰回りの細さ、くびれを演出する。
「ご機嫌よう、レクレス・ディエス王子殿下」
優雅に、凜とした、しかし乙女の声。
「お久しぶりにございます。エストレーモ侯爵家が娘、アンジェラ・エストレーモ。ここに参上致しました」
「え……?」
オレは面食らった。だってそうだろう? アンジェロに女装を頼んだのに、いきなりウェディングドレスで現れ、しかもアンジェラだと名乗っているのだ。
さすがにこれはやり過ぎなのでは、と私は思った。
最高のドレスを用意しろとは言ったけれど、まさか花嫁衣装が来るとは普通思わないじゃない?
メイア曰く『この純白の白こそ、最高のドレスにございます』と真顔で言うのだ。
せいぜいパーティー用のドレスくらいと思っていた私が甘かった。しかしメイアはそれ以外の衣装を頑として用意しなかった。
私は渋々ウェディングドレスを着込んだ。おそらくメイアは察したのだろう。これが一世一代の勝負どころ。状況によっては、レクレス様に二度とこの純白のドレスを見せることができなくなるかもしれないということに。
最初で最後かもしれないならば、一番いいものを見せたい。最高のトラウマを刻みつけてしまうかもしれないのに、過激なことをするわ本当。
グニーヴ城の私の部屋から王子の部屋まで、メイアがエスコートした。私の姿を見た騎士たちは驚き、しかし王子に女を近づけまいとしたが、メイアが魔法を使って眠らせていった。
……さすが私の魔法の師匠。いとも容易く行われる所業。皆には後で謝らないとね。
そしていよいよレクレス様のお部屋に到着。ツァルトも魔法で眠らせ、いよいよレクレス様と一対一で会う。
アンジェロに逃げない。アンジェラとしてぶつかる!
ノックの後、『入れ』とのレクレス様の返事。メイアが扉を開けて、私は中に入った。
「ご機嫌よう、レクレス・ディエス王子殿下」
さあ、後はあなたの反応、体質次第です。もう私にできることはありません。
「お久しぶりにございます。エストレーモ侯爵家が娘、アンジェラ・エストレーモ。ここに参上致しました」
オレの婚約者。初恋の人。まさか、本当にオレのもとへ来たというのか? いやいや、アンジェロとアンジェラは瓜二つだという。アンジェロが気を利かせて、侯爵令嬢を演じているのではないか……?
「お加減はいかがですか、レクレス様?」
「え、あ……」
彼女は目尻を下げて、同情するような顔になる。
「すべて聞いています。レクレス様の体質のことは。……どうですか? 私を見て、感じて、苦しくないですか? つらくないですか?」
慈愛のこもった声。女神様はいるんだな。苦しい。でもこの苦しさは、今までとは違う。彼女が近づいてくる。
「わかりますか、レクレス様」
彼女は自身の胸もと、ドレスの間からわずかに見える胸の谷間を失礼にならない程度見せた。
「本物ですよ、レクレス様。……お体は大丈夫ですか?」
「あ――」
オレの中で何かが切れた。視界が猛烈にぼやける。彼女はそっと両手を広げた。もう何が何だかわからなかった。
オレは、愛する女の胸に飛び込み、女神の抱擁に身を任せた。