レクレス様は、女性が苦手な体質を克服されたのだ。
アンジェラである私を受け入れ、彼は泣いた。私を抱きしめた。
もう女性に怯えることはない。見ることも、触れることも、匂いを嗅ぐことも、肌のぬくもりを感じることもできる。
ああ、レクレス様は、子供の頃の初恋――入念に準備をして、しかし果たされなかった私との面談をついに果たしたのだ。
「アンジェラ、信じられない。本当に君なんだな?」
「ええ、私ですよ、レクレス様」
「『様』はいらない。名前で呼んでほしい、アンジェラ」
「はい。レクレス」
その瞬間、彼の体は震えた。ダメだった? まさか、体質が――
「いや、君に名前を呼ばれる日がくるなんて、こんなに嬉しいことはない」
レクレスはまたも私に触れた。
「信じられない。オレが、アンジェラに触れても何も起こらないなんて」
「よく、頑張りましたね」
今まで辛かったでしょう。もう、大丈夫ですね。
「ああ、他は知らないが、君は大丈夫だ」
そう言ったレクレスは、そこで心持ち表情を曇らせた。
「君に、言わなくてはいけないことがある」
「何です?」
改めて愛の告白かしら?
「オレは君が好きだ。10年前のあの日より前から」
「はい」
「でも……オレは女性を拒絶する体質のせいで、君に想いを伝えることができなかった」
知っている。だから、気にしなくてもいいのよ、レクレス。
「こうして君と会って、言葉を交わすことができるのは、君の弟――アンジェロのおかげなんだ」
アンジェロのおかげで体質を克服できた。いや、実際に克服できたかはわからない。アンジェロとアンジェラの容姿が同じだから、克服できたのはアンジェラに対してだけかもしれない、とレクレスは言った。
「それで、オレにとって、アンジェロもまた大切な存在というか……」
苦しそうな顔になるレクレス。私はふっと笑みが浮かぶ。
「アンジェロを愛しているのですね?」
「愛というか……いや、それは自信がないが、愛しくは思っている」
「嬉しいですわ、レクレス」
「嬉しい……?」
意外な言葉だったのだろう。驚く彼に私は告げた。
「ボクのことも好きでいてくれたんですね、レクレス様」
「アンジェロ……?」
一瞬、心臓が止まったかのように驚くレクレス。
「レクレス、私もあなたに謝らなければいけない。私はアンジェラ・エストレーモ。アンジェロという双子の弟など存在しないの」
「存在、しない……? いやいや、そんなバカな――」
「私が……ボクが男装して、ここに来たの。だから、あなたのそばにいたアンジェロは私なのよ」
黙っていてごめんなさい。私は詫びた。
「ずっと、そばにいてくれたのか……。アンジェラ?」
「ええ。ここ最近のことは、全部知っています」
途端、レクレスの顔が真っ赤に染まった。アンジェロの前で見せた行動、そのすべてが脳裏をよぎったのだろう。
恥ずかしがっている彼に、私は――ボクは言った。
「レクレス。あなたはどちらの私が好き?」
「――と、言うわけで、王子様は呪いが解かれ、愛しい娘に愛を告白したのでした……めでたし、めでたし」
グニーヴ城の最上階、一際高い屋根の上にメイアはいた。
『ぜんぜん、めでたしって顔してないわよ、姉さん』
その声はどこからともなく聞こえた。場にはメイアしかいないが、メイア以外の声である。
『ずいぶんと優しくなられたわね、姉さん』
「わたくしにとって、アンジェラの幸せは何よりも優先されるのよ」
メイアはきっぱりと言った。そこはブレることはない、と言いたげに。
『でも姉さん、アンジェラに対して過保護が過ぎるわよ』
「そうかしら?」
『そうよ。だって、レクレス王子の女性苦手体質、あれ姉さんがかけた呪いよね?』
その言葉に、メイアは唇の端を歪めた。
「それはそうでしょう? 遠くから幼きアンジェラを覗いていたストーカー野郎に制裁しただけよ。何が悪いと言うの?」
レクレスの体質は、アンジェラに会いに行ったあの日、以前から目をつけていたメイアによって掛けられた呪いだったのだ。愛しの主を守るために。
『……王子様、純愛だったのにストーカー呼びはかわいそう』
声は笑った。
『女に近づけない見れない呪いなんて、何もしていない少年にはかわいそうよ姉さん』
これだから過激派は――と声は一転して恨み節になる。
『古の魔女、メイア』
「呪いは解いてあげたわ。それでいいでしょう?」
『アンジェラが絡んでいたからでしょう?』
そう、アンジェラが絡んでいたから、メイアは彼女の願いを叶えた。
王子の体質を変えられないかと相談されたから、だからわざわざラミアに化けて、王子の寝室に入り、かつて彼に刻んだ呪いを解いてやったのだ。
『何故、そこまでするの?』
「そんなものは簡単よ。アンジェラに一目惚れしたからよ」
古の魔女として、人々に恐れられた伝説の存在。人間のことなど正直どうでもいいのだが、魔女は見つけてしまったのだ。
燦然と輝く宝石のような少女を。彼女を愛で、守りたいと思えるほど心奪われてしまったのだ。
「聞きたい?」
『いいえ、姉さんのとても長い思い出話に付き合う気はないわ』
声は、静かに遠ざかる。
『お姫様が王子様とお幸せにありますように』
「ええ……」
メイアは静かに、それを見守った。
「あなたの、いえ、あなたたちが幸せであるように見続けてあげるわ。伝説の魔女がね……」
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最終回でした。ここまでお読みいただきありがとうございました!