テラーノベル
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旅行当日。待ち合わせの駅前に到着した俺を待っていたのは、目を疑うような光景やった。
「……なんでそうなるん?」
思わず独り言が漏れる。
そこには、背後霊を二匹も引き連れたはんちゃんが、無邪気に可愛く手を振って立っていた。
その後ろには、光を失った「死んだ目」をしている豆柴のような男。
そして、もはや視界にはんちゃんしか映っていない、執着心全開のゴールデンレトリバーのような空。
「……はんちゃん、この地獄絵図はなに?」
引きつった笑顔で問い詰めると、はんちゃんは申し訳なさそうに眉を下げた。
「やっぱりくうちゃんがついて行くって聞かんくて。個人で部屋とったみたい。ごめんな?」
「……いや、俺はそれでも全然楽しいんやけど……大丈夫?」
心配になって、はんちゃんの横にいる「豆柴」……同僚の彼に声をかけてみた。やけど、彼は一瞬だけ俺を視界に入れたものの、すぐに目を伏せて無視した。
あー、これは全然大丈夫じゃない。そりゃそうやろ。この状況で正気を保てという方が無理な話や。
「ほら、はんちゃん、電車乗り遅れるではよいこ」
「うわ、待って、くうちゃん!」
空が強引にはんちゃんの手を引っ張り、歩き出す。
置いていかれそうになった豆柴くんを見ると、彼は二人とは全く逆の方向へふらふらと歩き出そうとしていた。
「ちょっと待って」
放っておけず、俺はその腕を掴んで引き留めた。
彼は怪訝そうな顔で俺を見たけど、ここで彼を逃がすわけにはいかん。
「……これからも、ずっと、はんちゃんの友達でいたいなら、行こ、旅行。……俺も、ずっと苦しかったから」
「……え?」
「……俺も一緒やったから。でも、乗り越えたから、今はこうやって二人とずっと親友のままや」
彼が安心できるように、精一杯の笑顔を向ける。
そう。はんちゃんと関わる人間の大半は、はんちゃんの無自覚な魅力に呑み込まれる。この痛みを今、分かってあげられるのは、この場では俺しかおらんから。
俺の言葉を咀嚼するように黙り込んでいた彼が、ポツリと冷たく言い放った。
「……立派な当て馬ですね?」
一瞬、バカにされたのかと思った。
でも、その震える声を聞いて思い直す。彼はきっとここまで耐えて昇華させたことを、彼なりの言葉で立派だと表現したかったんやろう。
「……当て馬友達やな? 俺、元宮宗一。みんなもとちゃんって呼んでる」
「君は? 」と顔を覗き込む。
感情が追いついていないのか、彼の瞳が少しだけ潤んでいるように見えたのは、きっと気のせいじゃない。
「……上重元です。はんちゃんは、上重って苗字で呼んでくれてる」
「ん、じゃあ、俺は元(げん)って呼ぶわ。そしたら、いつかはんちゃんも俺に釣られて下の名前で呼んでくれるかも」
俺が茶化すように言うと、彼はふっと力を抜いて笑った。
「今時、下の名前で呼ばれて嬉しいとかあります?少女漫画じゃないねんから」
良かった。少しだけ、表情が戻った。
はんちゃんが絶賛する友達なんやから、この子はきっと大丈夫や。
握り合った手から伝わる温もりに、俺は確かな手応えを感じていた。
「もとちゃーん、かみしげー、こっちぃ~!」
ことの重大さに気づいているのか、それとも気づかないフリをしているのか。
はんちゃんが満面の笑みで、大きく手を振っている。
俺が笑顔で振り返すと、隣で元の足がじりっと後退りした。
「ほら、元も大きく振って!友達のフリが、いつかフリじゃなくなるから」
抵抗する元の力ない手首を掴んで、思いっきり振り返す。
操り人形みたいに揺さぶられる元を見て、向こうではんちゃんと空が笑っているのが見えた。
俺はさ、あわよくば空と元も仲良くなれたら、なんて思ってる。
だって、同じ人を好きになったってことは、絶対に気が合うはずやろ?
「出発まであとちょっとあるから、食べ物でも買ってくる?」
「ん? 二人は?」
「俺ら家でいっぱいたべてきたから、飲みもんだけ買うわ」
うわ、今の空の言葉。
元を威圧してるように聞こえたな。
俺もよくからかわれるけど、他人がやられてるのを見る方が、正直ちょっと辛い。
「元、俺朝ごはん食べてないからおにぎり買いたいねん。迷子になったら困るからついてきてくれる?」
「……うん、ええよ」
よかった、やっと声が聞けた。
一安心して、自然と笑顔がこぼれる。
「……もとちゃん、元って呼んだ? 距離詰めるの早ない?」
はんちゃんのまんまるお目目をみながら笑い飛ばす。
「友達になるのに遅いも早いもあるかよ。ほら、元行くで」
元の腕を掴んで引っ張る。
少し強引なのは自覚してる。けど、引き留めたのは俺やから。
ここから先、どう転ぶかは全部俺にかかってる。
「……元は朝ごはん食べた?」
コンビニの棚でおにぎりを手に取り、どれにしようかと呟きながら話しかける。
元の目も、どれにしようか迷っているように見えたから。
「いや、食べてへん。……旅行するの嬉しすぎて、緊張して、食べれへんかった」
元が一つおにぎりを手に取るけれど、「やっぱり無理そうやな」と首を捻って棚に戻そうとする。
その手を横から遮って、おにぎりを奪った。
「じゃあ、今から俺と一緒やから緊張せんで食えるな?これ、奢るから夜にビールでも奢ってや」
もう一つ、元が好きそうなおにぎりを掴んでレジに向かう。
ついでに、レジ横にあるはんちゃんと空が好きそうなスイーツもカゴに入れた。
会計を済ますと、元が小さく「ありがとう」と言って頭を下げた。
そうやな、まだ出会って時間は経ってへん。
俺は仕事柄、誰とでもすぐ和気あいあいとやる術を身につけてるけど、元は普通の会社員や。
俺の距離感、詰めすぎたらしんどくなるかもな……。
少しだけ反省しながらも、俺は元の背中を軽く叩いた。
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