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第三章
芽生えた感情、微かな嫉妬
無事に誌面デビューを果たした千鶴は瞬く間に人気を博していく。
千鶴の載った雑誌は重版がかかる程の人気となり、誌面登場から二回目で表紙を飾ることになった。
「蒼央さん、お疲れ様です」
「お前もお疲れさん」
撮影を終えて駐車場で待ち合わせた二人は車に乗り込むと、互いの顔を見合わせながら労いの言葉を掛けていく。
千鶴のデビューと共に佐伯から正式に彼女の送迎や精神面のケア、繋がりのある出版社や編集長が相手の際は次の仕事に繋げるよう売り込みをするというマネジメント業務をも任されることになった蒼央は、カメラマンとしての仕事をこなしつつ常に千鶴の身を気遣いながら日々を過ごしていた。
そして千鶴は仕事でもプライベートでも蒼央を頼り、嬉しいこと、楽しいこと、不安なこと、悲しいこと、その日あったどんな些細なことでも話す程に彼を信頼していた。
千鶴と関わるようになった蒼央は驚く程に人が変わり周りを驚かせた。
以前はモデルを写真に撮る際アドバイスなんてしたりはしなかったのに、最近では何が駄目なのか指摘するくらいの優しさを見せるようになったり、冷徹無比と言われた彼が千鶴と居る時だけは柔らかい表情を浮かべるようになっていたのだから。
蒼央や千鶴の実力を認めている大多数の人はそんな二人の光景を微笑ましく思っていたのだけど、皆が皆という訳にはいかない。
無名の新人モデルを贔屓しているのには何かしらの理由があるのでは無いか、二人は元から知り合いだったのでは無いか、裏で多額の金銭や性的な関係が結ばれているのでは無いかと疑いの眼差しを向ける者も一定多数いたりする。
そんな渦中にいる二人は、記者に追われることも度々あった。
それが鬱陶しかった蒼央は一度直接記者と対話する機会を設け、流れているあらぬ噂をキッパリと否定した上で、「自分が千鶴の魅力に惚れ込んで事務所には異例の措置を取ってもらっている」と公言したのだ。
しかし、そのインタビュー記事が載った雑誌が世に出ても尚、下世話な噂は無くなることはなく、千鶴は密かにそれを気にしていた。
「今日はまだ早いし、久しぶりに佐知子さんの店にでも行くか?」
ある日の仕事終わり、久しぶりに早めに仕事が片付いたこともあって、蒼央が佐知子の店で夕飯を食べようかと提案したものの、
「えっと……行きたい気持ちはあるんですけど……でも、あまり二人でそういうことをすると、噂が……」
やはり千鶴は噂を気にしているせいか、最近は仕事以外で蒼央と二人きりになることを避けている状態だ。
「そうか、そうだな。それじゃあ帰り際に何か買って行くか。食べながら明日の撮影の打ち合わせもしたいから事務所で食おう」
「はい」
千鶴の心配を感じ取った蒼央は彼女の意見を尊重し、食事に行くことを諦めて事務所で打ち合わせをしながらご飯を食べることに決めて車を走らせた。
千鶴は蒼央に気を遣わせて申し訳無い気持ちでいっぱいだった。
自分たちの間にやましいことは一切無いのだから堂々としていればいいと分かってはいるけれど、周りの言い分も分からないでも無いと思う千鶴は依然として止まない噂に、その噂を鵜呑みにした母親からも色々と言われていることに心が疲弊してきていて何も考えたくなくなってきていた。
そして何よりも、自分のせいで蒼央が仕事にやりにくさを感じていないか、彼の重荷になっているのではないか、それが不安で仕方が無かった。
途中、ドライブスルーで商品を受け取れる飲食店に寄って晩御飯を調達した二人は事務所へ辿り着く。
駐車場に車を停めていざ、二人が事務所内へ入ろうと事務所の玄関扉を開けようとしていると、
「西園寺さん、遊佐さん、少しお話いいですか!?」
どこかの週刊誌の記者らしき男が一人、蒼央と千鶴の元へ駆け寄って来た。
戸惑う千鶴を背に庇うように立った蒼央は、冷めた瞳で記者の男を一瞥した後で、
「話なら、きちんと事務所を通してアポ取りをしてくれ。待ち伏せ行為は迷惑だ」
玄関扉を開けて千鶴を中へ入れながら、事前にアポを取るようにということと、突撃取材が迷惑であることを伝えて自身も中へと入り、振り返ることなく扉を閉めた。