テラーノベル
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「……お願いがあるんだけど、いい?」
「いいよ。何でも言って」
「もう一回、ちゃん付けで呼んで欲しいな」
「え?」
「アリアちゃんって呼んで欲しいと思って。わたしも「ちゃん付け」で呼びたい」
「…………」
サーシャがポカーンとして固まってる。
……変なお願いだったかな?
結婚してるのにお互いを「ちゃん付け」で呼ぶのは変なことなのかもしれない。
愛の大ベテランのサーシャが固まるくらいの……。
「あ、やっぱりいいよ。ごめんね、変なこと言って」
「……いいよ」
「え? いいの?」
「家では今まで通りに呼んで、学校とか外では結婚する前みたいに「ちゃん付け」で呼ぼう」
「ほえ?」
サーシャが急に「家では」とか「外では」とか言い出したせいでフリーズしてしまった。
わたしは懐かしくなってちょっと呼んで欲しかっただけなのに、サーシャは違うことを考えたみたい。
……意味がわからないよ……。
「ゴメンね、アリアの気持ちをちゃんと考えてあげられなくて。今は家だけでも十分だよ」
「えっと、わたしはちょっと呼んでほしか―――」
「大丈夫だから。お風呂の前にも言ったけど、ゆっくり大人になろうね」
「う、うん……」
よくわかんないけど、サーシャの決意は固そうだ。
サーシャがそれでいいと言うなら、そっちの方がきっといいんだよね。
でも、とりあえずは……。
「今、いい?」
「今夜は特別だよ。明日からはちゃんと分けようね」
「うん。じゃあ……」
「アリアちゃん、大好きだよ」
「!?」
ビリッと来た! すっっっごくビリッと来たよ!!
身体中に雷が走ったみたいにビリビリッとした!
顔がにやけてるのがハッキリわかる。心の中で沢山のわたしが万歳合唱してる。
……嬉しい、嬉しい、嬉しい、嬉しい―――。
「どう? アリアちゃん?」
「すっっっごく嬉しいよ!!!」
わたしは隣にいるサーシャに思わずダイブして抱きつく。
「さっちゃーーーん!!! 大好きだよーーー!!!」
抱きついて思いっきりスリスリした。
この嬉しさは抑えきれない。
「さっちゃんさっちゃんさっちゃん―――」
さっちゃんは優しくぎゅっとしてくれて、わたしの自由にさせてくれてる。
わたしは「さっちゃん」と呼び続けながらずっと顔をくっつけてスリスリだ。
「さっちゃんさっちゃん、さっちゃん……大好きだよーーー!!!」
「うん。私も大好きだよ、アリアちゃん」
「さっちゃーーーん!!!」
なんでこんなに嬉しいのかな?
アリアって呼び捨てにされてわたしがサーシャって呼んだ方が距離が近くて幸せに感じるのに、「ちゃん付け」はすごく特別に感じる。
これは愛とは違う感情だと思う。
なんだろう? 友情、とか?
……うん。きっとそうだ。
結婚してからはいっぱい愛し合って愛情を感じてきたけど、こんな感情―――友情は感じなかった。きっと、友情に飢えてたんだと思う。
愛情ゲージは常に満タンだけど、友情ゲージが減ってきてて、無くなる寸前だったに違いない。だからこんなに嬉しいんだ。
「さっちゃん……すごく嬉しいよー……」
「私も嬉しいよ、アリアちゃん」
わたしはひたすらさっちゃんにスリスリした。
悲しくはないけど、嬉しすぎて涙が出てくる。
……あぁ、友情ゲージがどんどん満たされていく気がするよ。
「ありがとう。もう大丈夫だよ」
「よかったよ」
さっちゃん呼びとスリスリのおかげでわたしの友情ゲージはすっかり回復した。
これからは切らさないように注意しよう。
わたしには「さっちゃん」と「サーシャ」が必要なんだと思う。
……さっちゃんは大丈夫なのかな?
「さっちゃんの友情ゲージはどう? ちゃんと回復した?」
「友情、ゲージ……」
「うん、友情ゲージ。わたしはすっかり回復したからいいけど、さっちゃんは大丈夫なのかなって」
「……大丈夫、私も完全回復したよ。ありがとう、アリアちゃん」
「そっか、よかったー」
それからジュースとお菓子がなくなるまで昔話に花を咲かせた。
プールやお泊り会。ピクニックに行ったり、海水浴したり……。さっちゃんとの思い出は切りがない。どこかに遊び行くときはずっと一緒だったので、全部の楽しい思い出にさっちゃんが出てくる。
さっちゃんも笑顔で「そんな事もあったね」とか言っててすごく楽しそうだ。
……あぁ、すごく楽しい。
結婚してからはいっぱい愛し合って幸せだったけど、こんなに楽しい気持ちにはならなかった気がする。どんどん楽しい思い出があふれてきて、会話が止まらない。
「……アリアちゃん、そろそろ寝ようか」
「へ?」
「もう遅いし、明日もノルマと学校があるから」
時計を見ると、もう9時近くになっていた。
お泊り会気分で「明日は休み!」みたいな気分になってたけど、明日は金曜日。普通に学校がある。それに修行ノルマも……。
「この雪、明日もずっと降らないかな……。そうすれば臨時休校になったり、ランニングもやらなくていいのに……」
窓の外を見ると雪はまだ降ってる。このまま明日も降ってくれれば休みになる可能性は高いと思う。なんてったって、領主様がうちに来るくらいの異常事態。雪の効果とかはわからないけど、非常事態には違いない。
あ、でも、この雪って魔術なんだよね……。こんなにすごい魔術を明日もずっと続けるのは、いくら領主様でも無理……じゃない気がする。だって、この雪魔術がありえない規模の魔術なんだもん。領主様くらい強い人だと、もしかしたら一週間くらいは余裕で降らせることが出来るかもしれない。
……一週間も臨時休校……領主様、頑張って!!
「アリアちゃん、それはちょっと楽観的過ぎると思うよ。ちゃんと寝て、明日に備えようか」
「うん、そうだね……」
さっちゃんはいつも現実的だ。臨時休校の夢を見させてくれない。
せっかく楽しくなってきたのに、ここでお開きかー……。
さっちゃんに手を引かれて洗面台に強制連行される。この時間に歯を磨いたら完全にお休みタイム突入だ。もうちょっと、お話ししたいな……。
「ねえ、さっちゃん―――」
「はい、口開けて」
「……」
なんか、言葉の圧が強い。イヤとか無理を言わせないすごみを感じる。
……これは、久しぶりの「お姉さんモード」だ。前はプールに行く時だっけ?
なんか嬉しいな。これぞ「さっちゃん」って感じ。サーシャだったらもっと甘やかしてくれそうな感じがする。なんだかんだ言って、ずっとおしゃべりに付き合ってくれると思う。
今は言動や雰囲気はさっちゃんだけど、行動がサーシャって感じかな?
口を開けてるだけで、わたしの歯を丁寧に磨いてくれてるし。さっちゃんは歯を磨いたりしてくれたことはない。この致せり尽くせり感はサーシャならではだ。
「はい、いいよ」
「ん……」
水を受け取って口をすすぐ。いつもなら、この後はタオルで口周りや顔を自分で拭くけど、今は……。
「はい、拭くよ」
「ん……」
サーシャが全部のお世話してくれる。
なにも出来ない子供みたいだけど、サーシャの夢がわたしのお世話なんだから、存分に甘えようと思う。
「次はサーシャの番だよ」
「優しくしてね」
やってくれたんだから、次はやってあげる番だと思う。
歯の磨き合いはしたことはないけど、サーシャがやってくれたんだから、次はわたしがお世話をする番だ。少し膝を曲げて口を開けてくれてるので、わたしでも口の中が見える。
……こんなにマジマジと口の中を見たことがなかったけど、すごく綺麗だね。
あーんとかでチラッと見えるのとは違って奥歯とかもハッキリ見える。歯並びがすごく綺麗で、獣人さん特有の犬歯がすごくカッコいい。虫歯? そんなもの、素人目に見ても全く見えないよ。全部の歯が真っ白で宝石みたいにキラキラしてるんだもん。
……さっきのお菓子の食べかすとか、どこに行ったんだろう?
わたしは磨かれながら食べかすを感じてたのに、目の前のサーシャの歯は、磨いた後みたいにすごく綺麗でいい匂いがする。
……とりあえず、一本一本、愛情を込めて、丁寧に磨いてあげよう。
「はい、終わったよ」
「ん……」
わたしにやってくれたことをそのままお返しする。
「ありがとう。丁寧にやってくれたから凄く気落ちよかったよ」
「うん。さっちゃんの綺麗な歯はわたしが守ってあげるからね。虫歯になんかさせないから」
「私も、アリアちゃんを虫歯になんかさせないよ。最高の形で夢を叶えたいから」
「え?」
「……じゃあ、寝ようか」
なんか、意味がわからないことを言われた気がする……。
サーシャの夢と虫歯……なんの関係があるんだろう?
疑問に感じたけど、有無を言わせずに手を引かれて部屋に戻ってきた。お姉さんモードは継続中らしい。お姫さま抱っこでベッドに入れられて布団をかぶせられる。
「お休み、アリアちゃん」
「うん。お休み、さっちゃん」
最後に頬をくっつけてスリスリしてさっちゃんは部屋を出て行った。
「……お泊り会じゃ、ないんだよね」
お泊り会ならベッドの横に布団を引くか、わたしのベッドでぎゅっされながら寝ることになるけど、今はさっちゃんの部屋が目の前にあるので、寝るのは当然自分の部屋だ。寂しいような悲しいような。
……向こうで寝ようかな?
さっちゃんの部屋には何度も入ったけど、そこで寝たことはない。晩ご飯前にさっちゃんのベッドで愛しあって感じたけど、あのベッドや布団は高級品なのですごくフカフカで気持ちがいい。わたしのベッドよりも大きいので、二人一緒に寝ても全然余裕がある。
……あのフカフカでぎゅっされながら寝られたら最高な気がする。
最近はノルマとかがあってちょっと疲れてるし、一緒に寝られないかさっちゃんに相談してみよう。
善は急げと思ったわたしはさっちゃんの部屋に突入した。
「さっちゃーん、一緒に―――」
「ア、アリア!?」
既に布団に入っていて寝る寸前だったのか、さっちゃんがビックリしたような声でこっちを向いた。呼び捨てに戻ってるし、かなりビックリしたんだと思う。
「ごめんね、ビックリさせちゃって」
「ううん、いいよ。どうしたの?」
さっちゃんは布団から出ずに、布団で顔を半分隠した状態で答えてくれる。
「えっと、さっちゃんのベッドで一緒に寝られないかなって思って」
「い、今から?」
「うん。この布団、すごくフカフカで気持ちいいし。ダメ?」
わたしが布団に触って感触を確かめてると、さっちゃんがちょっと困ったように目を閉じて考えてる。
……急は迷惑だったかな?
わたしだったらいつ来られても大丈夫だけど、さっちゃんは違うのかもしれない。
「……ゴメンね、今はちょっと無理かな。明日、一緒に寝よう」
「そっか。うん、わたしこそ急にごめんね。今度こそお休み、さっちゃん」
「うん。お休み、アリアちゃん」
さっちゃんは最後まで布団から出ずに返事をしてた。よほど疲れていて眠かったに違いない。
……はぁ。また、迷惑かけちゃったのかな?
「……寝よ」
最後に迷惑をかけてしまい、落ち込んだ状態で自分のベッドに入る。
「あ……」
落ち込んでしまったので頭から布団をかぶると「愛の匂い」がした。
お風呂の残り香だ。
勝手に強めてしまった「お湯マッサージ」のせいでお湯に移ってしまった愛の匂い。
布団を完全にかぶると匂いがこもってハッキリわかる。
「さっちゃん……。サーシャ……。愛してるよ……」
サーシャがいないので、枕を抱いて枕にスリスリする。
本人は及ばないけど、愛の匂いのおかげでちょっとは気が晴れた。
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