「――さぁ、降りてください。皆さまがお待ちですよ」
兵士たちが囲む円の中心まで行くと、旦那さん――馬車の御者がそう言った。
……この三人は家族だと思っていたけど、それはきっと違うのだろう。
大人の二人はともかくとして、娘役の女の子には戦慄さえ覚える。
私たちを油断させるための、決定的な要員。あどけない顔をしながら、私たちを騙していたのだから――
「……ふふふ。きっと、名女優になれるね」
「ふーんだっ!! あんたたちなんて、死んじゃえ!!」
女の子は大人の影に隠れて、舌を思い切り出していた。
大人の二人は既に短剣を構えて、私たちにその切っ先を向けている。
「……アイナ様、どうしますか?」
ルークはそう言いながら、神剣アゼルラディアを鞘から抜いた。
今の彼でも、この三人くらいは問題なく倒せるだろうけど――
「あなたたちは――
……ここを抜けるための、人質にはなりませんよね?」
「はははっ! 犯罪者を葬るためなら、この命なんぞ惜しくはないっ!!」
私の言葉に、旦那さんが吠える。
「そうですか……。……ルーク!」
「はい」
「――ッ!!」
「――ッ!?」
私の合図の直後、神剣アゼルラディアが大人の二人に叩き込まれた。
脇腹にそれぞれ一撃ずつ入り、その場所からは徐々に血が滲み出してくる。
「あ……、あ……」
それを見て愕然としたのは、娘役の女の子だった。
どういう経緯でこの場にいるのかは知らないが、本来自分を護ってくれるはずの大人たちが、あっさりとやられたのだ。
何らかの覚悟はしているのだろうが、冷静でいられるはずもない。
――しかし、相手は子供だ。
「……あのね、お姉ちゃんたちね。これから外の人たちと話をしなきゃいけないの。
あなたたちのせいでね」
「う……」
「いつか絶対、あなたを叱りにいくから。
どこにいたって見つけてあげる。だから、ずっと待っているんだよ?」
「だ、だって……! あなたたちは、王様を――
――ッ!」
話の途中で、ルークが女の子の首に手刀を入れた。
そのまま女の子は、静かに崩れ落ちた。
……私たちは馬車に倒れた三人を見下ろして、ため息をつき合う。
「――はぁ……。
これから一体、どうすれば良いの……」
「本当に……。……あはは、何が起こるんでしょうね……」
「何があろうと、私が護ってみせます」
ルークは真面目な顔で言い切るが、恐らくそれは無理だろう。
暗黒の神殿で囲まれたときのような距離や人数であれば、まだ何とかなるかもしれない。
しかし今は、あのときよりも距離を空けられている。
その上で、円状のどこにも切れ目が無いほどの人数がいるのだ。
……一体、どれだけの人員を割いているんだか……。
「リリーも、ごめんね。巻き添えにしちゃった……」
リリーはいつもと変わらない感じでぷるぷると揺れている。
もう一緒にはいられない。短い間ではあったけど――
ヒュヒュンッ!!
突然、馬車の外から空気を切る音が聞こえてきた。
この音は……矢でも撃たれたのだろうか。
しばらくすると、馬車の幌が突然赤い光に照らされ始めた。
もしかして、馬車に火を点けられた……?
そして――
「ヒヒーンッ!!?」
ガタタンッ!!
馬の嘶きと共に、馬車が大きく揺れた。
「アイナ様、仕方ありません! 外に出ましょう!!」
「う……うん!」
馬車を奪って囲みを突破する――そんなチャンスも潰えて、私たちは馬車の外に逃げ出した。
その瞬間、火のまわった馬車は暴走を始めた。中には私たちを騙した三人が残されているけど――
……しかし私たちは、そんな心配をしている場合ではない。
この絶望的な状況を、どうにか脱しなければ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
私たちが外に出たとき、矢はすでに収まっていた。
空はどんよりとしており、これからの不吉な未来を連想させる。
周囲の人影は私たちを中心にして、半径100メートルほどの円を描くように陣形を組んでいた。
まったく、そこまでしなくても良いだろうに……。
そんなことを考えていると、私たちの前から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「んっんっんっ♪
やぁやぁ、キミたち。元気してたかな~? ……って、何で元気にしてるんだよぉ!!?」
「呪星……、ランドルフ……!」
ルークに呪いを掛けた張本人が、悠然と歩み寄り、再び私たちの前に立ち塞がった。
「この前受けた傷のぉ……恨みを晴らしにきたよー。
んっんっんっ♪ 今日こそは皆殺しにしてあげよう!!」
「恨みって……。それだけのために、こんな人数を……!?」
「……人数? ああ、そうそう。
ちょっとね、クレントスに向かう途中の部隊を借りてきたんだ♪
証人はたくさんいた方が良いし……それに、確実に殺しておきたかったからさぁ~」
何という職権乱用……。
――って? え、クレントス?
「クレントスに……、向かう……?」
「んっんっんっ♪ 何だか革命を目指している連中がいてねぇ……。
でもそっちは決着が付きそうだから、ちょっとだけ借りてきたんだよぉ~」
革命……それは、私たちの心の支えのひとつだったもの。
もしもアイーシャさんに会うことができたら、力になって欲しかったのに――
「アイーシャさんたちが……負ける……?」
「おや? キミはアイーシャのことを知っているのかい?
んっんっんっ♪ 国王暗殺に、国家転覆……罪状は多いねぇ♪」
そこまで言うと、ランドルフは手を大きく上げた。
その瞬間――
「プロテクト・ウォール!!」
エミリアさんの魔法が、光の壁を作り出した。
そして直後、遠くから飛んできた大量の矢がぶつかって、次々と地面に落ちていく。
気が付くと、ランドルフの姿はもう無かった。
その後も機械的に矢が降り落ちてきて、機械的に光の壁がそれを弾いていった。
「――……ッ!
……あ、アイナさん……。ちょっと、もう少しで、限界……、です……」
エミリアさんが光の壁を維持しながら、辛そうな表情を見せる。
この魔法は攻撃を受けるたびに、魔力を消耗してしまう。攻撃を受け続ければ、魔力が枯渇してしまい――
「危ないっ!!」
ルークの声が聞こえた瞬間、私の身体にドシンと衝撃が走った。
気付いたときには、私の身体は地面に倒されていて、ルークの身体が私の上に被さっている状態だった。
「えっ!? えっ!? ちょ、ちょっと――」
私が身体を動かすと、上に乗っていたルークはゴロリと地面に転がった。
その背中には、無数の矢が突き立っている。
「アイナ様……、ご無事……で……?」
息も絶え絶えのルーク。
このままでは危険だ。私はアイテムボックスからポーションを取り出して、矢を抜きながらルークに振り掛ける。
「エミリアさん、ルークが……! ルークが……っ!!」
「う……。アイナさん……ごめんなさい……。
わたしも、もう限界――」
エミリアさんがそう言った瞬間、不安定に歪んでいた光の壁が消えてしまった。
そして――
ヒュンッ
「――ッ!」
エミリアさんの肩に、1本の矢が突き立った。
その勢いのまま、彼女は地面に倒される。
気を失った彼女の元に駆け寄って、慌ててポーションを振り掛ける。しかし、矢は次々と降ってくる。
私たちを護るものは何も無い。ポーションが効果的だったとしても、その数には限りがある。
もう、おしまい――
「――……や……やだよ……。ねぇ、エミリアさん?
私……私を、一人にしないで……? ほ、ほら、ルークも……目を……目を、開けてよ……?
開けて……よぉ……っ!!」
私の言葉は虚しく空に消えていく。
今まさに、私たちの旅は終わろうとしている。
大切な人を失うという、最悪な形で……?
……嫌だ。
――嫌だ!!
――嫌だ!!!!
……そんなの、許さない。
私から大切な人を奪う、こんな……こんな世界なんて許さない。
だから、私に……もしも私に、もっともっと力があるのなら……ッ!!!!
……その瞬間、不思議な光が私を包み込んだ。
そして聞こえた、何度目かの声――
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【アイナ・バートランド・クリスティア】
レアスキル『神竜の卵』が消滅しました。
ユニークスキル『――――』を獲得しました。
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