テラーノベル
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「偶然、か……。随分都合のいい言葉だな。まぁいい。では、此処に来た目的は?」
「それは……」
凛の問いに塩田は言葉を詰まらせた。その間にイライラさせられたものの、ここで爆発してはいけないと思い、ぐっと堪える。
「こ、答えたく、ない」
「……」
その言葉に、凛の瞳の鋭さが増した。塩田は自分の置かれている状況がわかっていないのだろうか?
怯えているくせに、答えたくないとはどういうことだ?
「まぁいい。では質問を変える。高瀬奈々はどこにいる? お前が唆した女だ」
「唆してない。あいつは、自分の意志で俺についてきたんだ」
――……は? 何を言い出すかと思えば……。
思わず蓮は兄と顔を見合わせた。こいつ、本気でそんなことを言っているのか?
「白々しい……。彼女がいなくなってこっちは大変だったのに」
吐き捨てるように呟いた声は思った以上に大きく、ファミレス内に響いた。数人の客がちらりとこちらを見たが、すぐに興味を失ったように視線を戻す。幸い、騒ぎにはなっていない。
だが、凛のフォークを握る手は小刻みに震えていた。怒りか、それとも別の衝動か――蓮には判断がつかなかった。
「本当だって! 奈々は監督からのセクハラと、ハードすぎるスケジュールに参ってたんだ。だいぶ思い詰めてて、SNSで知り合った俺に愚痴を零すくらいでさ……」
塩田は必死に言い訳を並べ立てる。声は裏返り、目には涙すら浮かんでいた。
「……それで?」
「そ、それで……会って話をしてたら、急に『もう戻りたくない』って泣きながら頼まれて……お願いだから誰も知らない世界に連れて行ってくれって……。だから俺は……」
「それで彼女を連れて夜逃げした、というわけか」
「……まぁ、そう……っすね」
凛の冷たい声に、塩田は観念したように俯き、掠れ声で答えた。
悪びれた様子もないところから察するに、塩田は自分がしたことの重大さがわかっていないのだろう。
彼女が逃げ出したくなるほどの精神状態に追い詰めたのは監督だろうが、きっかけが何であれ、それを唆したのは紛れもなくこの男だ。
曲がりなりにも元同業者なら、技術スタッフが行方をくらます事で生じる影響は知っているはずなのに。
いや、もしかしたら知っていた上での行動かもしれない。 この男は、仕事を失って恨みを持っていたと言っていたし、彼女の失踪に加担する事で己の鬱憤を晴らすつもりもあったのではないだろうか? そして、あわよくばその罪を彼女に擦り付けようとしたとか?
――いや、考えすぎか。
が、その可能性は十分考えられる。
「……奈々さんの件が事実だと仮定して、その彼女はいま何処にいるんだ? 一緒じゃないのか?」
凛の問いかけに、塩田は再び「それは……」と口ごもった。
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――やはり何か隠している。情報を素直に話しているように見えて、肝心なところはのらりくらりとかわしている。
「彼女一人に責任を押し付けるつもりはないよ」
蓮はあえて声を和らげ、にこやかに続けた。
「もちろん、逃げ出すのは重大なコンプラ違反だから、お咎めなしとはいかないだろうけど。監督からのパワハラやセクハラが関係しているなら考慮されるだろうし、最悪でも解雇は免れるんじゃないかな。……僕の大事な友人が代わりに必死で頑張っているけど、やっぱり大変そうなんだ。だから、できれば戻ってきてほしいんだよね」
穏やかな声音の裏に潜む鋭さを感じ取ったのか、塩田は俯いたまま沈黙した。
膝の上で落ち着きなく指を擦り合わせ、しばらく逡巡する。
やがて観念したように顔を上げ、蓮を正面から見据えた――。
「わかった。一応伝えてみる。だけど、戻るかどうかまでは保証しないからな!」
何故か偉そうな物言いに蓮はムッとした。
何でコイツはこんな上から目線なんだ? まるで被害者は自分達だと言いたげな態度だ。
それに、コイツの表情は兄に凄まれて怯えていた時の人間と同じとは思えないほど謎の自信に満ち溢れている。
恐らく、自分は下に見られているのだろう。それがまた腹立たしい。
「……クソ、偉そうに……」
思わず洩れた低い声は自分でもびっくりするほど冷たく、刺々しい口調になってしまった。コイツの目的をはっきりとさせるまではキレるわけにはいかないと、何度か深呼吸をしてなんとか気持ちを抑え込む。
「ところで、もう一つきいてもいいかい? 君の話し方から察するに、彼女とは恋仲のようにも聞こえるんだ。それなのに、僕に声をかけた理由は? 今日ここに来た理由だって架空の彼女とランチデートを期待していたんだろう?」
この男の話を聞きながらずっと疑問に思っていた。 どうしてこの男は女装した自分に声を掛けたのか。
ホテルでうろついていた理由も定かではないし、何より一番不可解なのは、何故自分を選んだのかだ。
あの時、自分以外にも弓弦が女装していた。 顔立ちの良さから言えばナンパするなら断然向こうのほうが可愛かったと思うのだけれども……。
「そ、それは……魔がさしたというか……。あまりにもドストライクだったからつい……。アレがアンタだって知ってたら声なんてかけなかったよ」
「……」
コイツ、本気で一発殴ってもいいんじゃないだろうか?蓮は無言で拳を握り締める。
どうせなら、人気のない山奥にでも呼び出せばよかったかもしれない。流石に此処では人の目があり過ぎる。
チラリと兄を見てみれば、今の発言で更に怒りが増してしまったらしく、ギリリ、と音を立ててフォークが真っ二つに折れた。
「……俺の弟が美人なのは認めるが、お前は万死に値する」
凛はそれを塩田の目の前にコトリと置くと、顎を掴んで顔を覗き込む。
「このフォークのようになりたくなければ、今知っていることを全部吐け。お前に拒否権はない」
「ひぃっ、こ、怖っ……! 言います! 言いますからっ!」
「兄さん……。言ってること、色々とおかしい気もするけど……」
凛の言動に呆れながらも、蓮はふっと苦笑した。
――まぁいい。どうせ最後には全部吐かせるつもりなのだから。
「で、結局お前は何がしたいんだ? たまたま観光で此処にいたわけでは無いだろう? 此処は別に観光地でも何でもない、のどかな山あいの街だ。誰から聞いた? 目的はなんだ?」
「……」
「答えないと、指一本ダメになるが? それでもいいか?」
「わ、っ、わかりました! 白状しますからっ!!」
人差し指を変な方向に折り曲げられそうになり、塩田が悲鳴にも似た震え声を上げる。
「偵察に来たんだよ! 奈々が居なくなってさぞ困ってるだろうと思ってたのに、回を増すごとにクオリティは高くなってるし、視聴率もうなぎ昇りで、ダメージを受けるどころか益々勢いづいてるお前らが一体どんな不正を働いてんのか。それを探ろうとしただけだ」
聞き捨てならない言葉に、背後でじっと聞き耳を立てていた全員の怒りを買ったのがわかった。
「へぇ……。君もなかなか面白いことを言うね。つまり、僕らが何かズルをしていると疑っていた訳か。それで、収穫はあった?」
「……」
「あるわけないよな。そんなの……あるとしたら、スタッフや共演者全員の努力と才能と団結力だけだ」
コイツのせいで自分たちがどれだけ悩み、苦しんだと思っているのか。
そう思うと、無性に怒りが込み上げてくる。背後で聞き耳を立てている仲間たちも同じなのだろう。ピリッと張り詰めた空気が、振り向かなくても伝わってきた。
「キミ、元スタッフだったんだろう?」
蓮はニヤリと笑い、わざとらしく肩をすくめる。
「随分と問題児だったそうじゃないか。僕を怪我させて干されたらしいけど……今の言動を聞いてたら、それも当然の結果だったんだと思うよ」
鼻で笑って言い放つと、その嫌味がよほど気に障ったのか、塩田の顔に怒りの色が浮かんだ。
「なっ! お前に何がわかる! お前があの時、道具を踏んで大怪我を負わなければ俺は今でもスタッフとしていられたんだ! お前さえいなければ……っ。しかも、業界から引退したと聞いていたのに、いつの間にか戻って来ているし。随分往生際が悪いんじゃないのか!」
憎悪を込めた眼差しを向けられて、蓮は思わずため息を吐いた。
――逆ギレかよ。小物すぎて呆れる。
「……中々おめでたい頭をしているようだな。まだそんなことを言っているのか」
ギリッと音がしそうなほどに、凛は唇を噛みしめると塩田の胸倉を掴み、冷酷な眼差しで睨みつけた。
「例え蓮の件が無くたって、お前の居場所はもうなかった。そんな事にも気付かないとは……哀れだな」
「なっ……」
「お前は社会人として終わっている。仕事が出来ない上に、他人に迷惑を掛ける人間は業界には必要ない! いつまでも過去にしがみ付いていないで、他を探すんだな」
まるで判決を言い渡す裁判官のような冷たい声だった。
塩田は何も言えず、視線を落とすことしかできない。凛は突き飛ばすように手を離すと、くるりと踵を返した。
「行くぞ、蓮。もうここに用はない」
「え、あ、うん……」
「これ以上俺達に近づくな。次に作品の妨害を認めたら――指一本じゃ済まさないから、覚悟しておけ」
表情ひとつ変えずに吐き捨てると、凛はスタスタと歩いて行ってしまう。
慌てて追いかけながら蓮は「兄さん、ちょっと待って!」と呼びかけるが、凛は一度も振り返らなかった。
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