テラーノベル
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それは幾つかの歳を遡る。私が小学生の頃のことだ。
どよんだ空。五月雨が草花を濡らす。傘から零れる水滴は透き通り、世界を反射させていた。
梅雨は嫌いだ。人間の感情はよく空で表す。だから。空が暗いと自然と自分の心も暗くなるような気がしたから。
雨音が私を包む。やっぱり雨は苦手だ。周りの音が聞こえない。まるで一人のような感覚に陥ってしまう。
そろそろ雨が止むのだろうか。雲は深い灰色から段々と明るみを帯びてきた。雲間から少しづつ陽の光が差し込んでくる。
真っ直ぐな陽の光を帯びた紫陽花が眩しい。そこで私は気づいた。紫陽花の前の一人の少女に。
透明な雨合羽と少し紫がかった綺麗な傘。雨に濡れた綺麗な黒髪が靡いた。
紫陽花と彼女が舞う。合羽が光を受け眩いほどに輝いた。
「……綺麗、」
彼女をもう少し見たい、見ていたい。と私は彼女に少し近づいた。
「…ふふ、」
愛らしく笑うその顔に私は惹かれていった。一目惚れだ。少し困りがちな眉も紫陽花みたいにきれいな瞳も。全部、全部。
軽やかなステップを踏む彼女。なんだかすごく楽しそうで、儚くて、綺麗で。ずっと見ていたいような。そんな優しい気持ちに包まれる。
私と彼女を別ける雨の壁。透明だけど分厚くって、触れたいけど触れたくない。幻想のまま、終わらせたい。そんな不思議な気持ちを私はどうすることもできなかった。
初恋って、案外こんなもんだ。あれから会うことはなかったけれど、紫陽花を見るたびに思い出す。
少し、ほんの少しだけど。彼女のおかげで雨が好きになった。
Fin__
コメント
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記念すべき200本目の投稿はラーメンの日おめでとうスペシャルということで主の初恋です。 イラストはスランプ気味のため無い!!!