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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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 自動ドアが開くと、急にもわっとした暑気に見舞われた。


 病院を取り巻く緑が夕陽に照らされて山吹色に輝く。四方から蝉の声も気だるそうに聞こえる。


 藤波啓人は守衛に喫煙所の場所を聞いて、そこに向かった。


 喫煙所は駐車場の脇にあって、簡易的な囲いがしてあるだけで、大きく開いた出入口から中が丸見えであった。


 三谷は他に誰もいないのに、出入口付近で虚空を見つめて煙草を蒸かしている。だが、藤波の顔を認めると、煙草を灰皿に投げ入れて、喫煙所から出てきた。


「お待たせしました」


 藤波はスーツの内ポケットから車のキーを取り出した。


「ただの事故かもしれないが」


 三谷の口ぶりに、何か引っ掛かるものがある。


「私もそう感じました」


「だが、あの女……」


「池田みのりですか」


「ああ」


「今のところ、殺す理由が曖昧ですけどね。それに、事故ってことで片づけた方がいいんじゃありませんか。遺族も納得しているみたいですし、他にも抱えている事件はありますから」


 藤波は三谷の顔を伺うようにきいた。


「しかし、殺人事件の方がいい」


 三谷は冷たく言い放つ。


 ふたりは警察車両にたどり着いた。


 ロックを解除して、藤波が運転席に乗り込む。ひと呼吸遅れて、三谷が助手席に乗った。


 エンジンをかけながら、


「相変わらずですね。でも、気を付けてくださいよ。三谷さん、狙われていますから」


 と、言った。


 車を発進させると、


「どういうことだ」


 三谷が聞き返してきた。


「笠原さんですよ」


 警視庁の捜査一課長の名前を挙げた。元々、三谷とは同期で、同じエリートコースを歩んでいたが、三谷は素行が悪く、所轄の刑事止まりである。


 口にはしないが、ふたりがいがみ合っているのは誰が見ても明らかだ。


「気にするな」


「今度勝手なことをしたら許さないって、この間も怒っていたじゃないですか」


「怒ったところで、あいつが何か出来るわけじゃない」


「でも……」


「俺の実績に文句は付けられない」


 三谷は不機嫌そうに答える。


 いつも、笠原の名前を出しただけで、急に座が白けたようになる。機嫌の悪い時には、とばっちりを食う。


 半年ほど前、この病院から車で十五分ほど離れたところで強盗殺人事件が発生した。その時に、三谷と警視庁のある刑事が事件には関係ない他人を誤認逮捕した。


 その件で、三谷は責任を問われなかったが、一緒に組んでいた警視庁の刑事は左遷させられた。


 だが、三谷も次はないと警告を受けていた。


 しかし、三谷の様子から反省の色は見られないし、今後の他の事件の捜査が慎重になるということもなさそうだ。


 それはそれで、三谷らしくて構わない。


 藤波は先輩の三谷に対して、どこか高みから見下ろすように見ていた。


 車を走らせて二十分。


 所轄の警察署に到着すると、ふたりは署長室へ行った。


 その途中、たった数分だが、三谷は黙り込み、耳を引っ張りながらきつい目を据えていた。


 考えがあるときには、必ず耳を引っ張る癖がある。


 何を考えているのかは、署長室で聞けると思い、藤波は話しかけなかった。


 署長室に入ると、署長の大西は背筋を伸ばしてデスクの上の資料に目を落としていた。中肉中背で、頭頂部が薄くなりかけている冴えない見た目の男だが、犯罪者に対しては毅然と立ち向かう人物である。


 三谷は大西のデスクの前で立ち止まるなり、


「殺人です」


 と、唐突に断言した。


 大西は顔つきも変えずに、


「それで、犯人は?」


 と、聞き返す。


「看護助手の女です」


 三谷が力強く答えた。


「認めているのか」


「否定しています」


「逮捕は?」


「まだしなくていいでしょう。逃げる様子もありません」


「そうか」


 大西は大きく息をしてから、


「前回のような過ちを犯してもらっては困るからな」


 と、釘を刺してきた。


「わかってますよ。あれは私のせいではありません」


「君はそうやって、他人のせいにする」


「本当のことですよ。あれは誤認逮捕でもなかったですよ。無能な検察が起訴できなかっただけで……」


 段々と三谷の口調が荒くなる。


 これ以上話し続けたら、罵詈雑言の嵐になりそうなので、


「それより、署長」


 と、藤波が声をかけた。


 大西は藤波に顔を向ける。


「犯人と思われる看護助手の池田みのり。彼女は以前、都内の他の病院で同じ仕事に就いていたのですが、その病院でも医療ミスがあった気がするんです。その時に取り調べに当たった刑事から話を聞きたいのですが……」


 藤波は言った。



いつかわたしの刑事さんが

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