テラーノベル
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高専の廊下を歩く乙骨の足取りは、先ほどまでの張り詰めた緊張感から解放され、どこか重厚な沈黙を帯びていた。彼はただ立ち去るだけではなかった。刻という特異な存在が、虎杖悠仁という特級の器の隣に定着したことの意味を、乙骨は呪術師としての経験則から深く咀嚼していた。
彼にとって、刻はもはや「たまたま居合わせた一般人」ではない。彼女の持つ『万物創造』の術式は、乙骨が自身の『里香』という呪いのリソースを消費して術式をコピーする形式とは根本的に異なる。彼女は世界を構成する素粒子や概念そのものを解析し、物理法則さえも一時的に「上書き」しているのだ。それは五条悟が「無下限」で空間を支配するのと同様に、彼女の意識の在り方ひとつで世界を自在に改変できる可能性を秘めている。
「……あの子、自分の寿命と引き換えに世界を書き換えるつもりだ」
乙骨はふと立ち止まり、窓から見える高専の結界を見上げた。刻が虎杖の隣に留まることを選んだのは、単なる恋愛感情だけではない。彼女の魂には、幼少期に受けた実験の記憶――「他者と適合できなければ廃棄される」という恐怖が深く刻まれている。彼女にとって虎杖は、その孤独という呪いから彼女を救い出した唯一の絶対的な中心点であり、だからこそ彼女は虎杖の生存という運命を、自らの命を削ってでも固定しようとしているのだ。
乙骨は、自身がかつて経験した、最愛の里香を失った悲しみと、それを呪いとして形作った瞬間のあの感覚を思い出した。刻の瞳に宿る執着は、愛というよりも「誓約」に近い。彼女は虎杖をただ守るのではなく、虎杖の生きる世界そのものを構築し直そうとしている。それは、呪術界という「呪いの連鎖」に抗う、ある種の反逆でもあった。
その時、乙骨の背後に小さな足音が響いた。
「乙骨先輩」
振り返ると、そこには不機嫌そうに眉を寄せた禪院真希の姿があった。
「あの転校生……いや、一般人のことか? 五条が随分と甘い顔をして許可を出したみたいだな」
真希の声には、刻に対する警戒心と、どこか同情の色が混じっていた。乙骨は小さく頷き、視線を再び中庭へ移した。
「甘いわけじゃない。五条先生も分かっているはずだ。彼女は、虎杖君という核を守るために、呪術界の歪みを内部から食い破る存在になり得る。……それに真希さん、彼女の瞳を見てください。あれは、かつて僕たちが呪いと呼んだものよりも、ずっと人間らしい『切実さ』を抱えています」
乙骨の言葉に、真希は呆れたように鼻で笑った。
「切実さ、か。……まあ、あいつが虎杖の守護役として機能するなら文句はないさ。ただ、その代償がアイツ自身の破滅だとしたら、悠仁は笑えるのかね」
その問いかけに、乙骨は答えることができなかった。刻が身を削る姿を間近で見た乙骨は、彼女が虎杖にその事実を決して明かさないだろうと予感していた。虎杖に罪悪感を抱かせることが、刻にとっては虎杖を不幸にする最大の要因だと彼女自身が理解しているからだ。
乙骨は、刻が身につけていた氷の刀に宿る、あの禍々しい熱量を思い出す。氷と炎という、相反する属性を統合させる彼女の技術は、もはや術師の領域を越えていた。乙骨は悟った。自分や虎杖、そして五条でさえもコントロールしきれない「未知の力」が、いま高専という箱庭の中に舞い降りたのだ。
「……行きましょう、真希さん。彼女が望んだ『二人だけの地獄』が、これからどんな嵐を呼ぶのか。僕らはただ、それを見守るしかありません」
乙骨は静かに歩き出した。彼の影は夕闇に溶け込み、高専という組織の影で蠢く不穏な策動を、まるで予言するかのように暗く、長く伸びていた。一方で、医務室の奥では、刻が虎杖の指先に触れ、夢の中でさえ彼を守ろうとするかのように、うわ言で彼の名前を呼び続けていた。二人の絆が強まるほどに、彼女の瞳に宿る天眼は、より鋭く、より残酷に、訪れるべき悲劇の未来を先読みし始めていた。
まみか
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小豚ちゃん
コメント
1件
うわ、今回の乙骨の視点からの描写、めっちゃ深くて刺さったわ。特に「愛というよりも誓約に近い」って刻の執着を言い当てたところ、グッときた。あと真希の「虎杖は笑えるのかね」って台詞も、読んでる側としては胸が痛むな……彼女の覚悟が重すぎて、でもだからこそ応援したくなるんだよな。この二人の「地獄」の行方、続きがマジで気になる🔥