テラーノベル
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雨の音。
しとしとゆったりと降るそんな雨の中 またランドリーに行かなくちゃね、と呟く彼は少しも暗い声じゃなかったから、安心して僕はまた彼の腕の中で目を閉じた。
僕が家を出たのは高校生になってすぐだった。
学校が少し遠いから一人暮らしのほうがいいでしょう、と継母は俺に告げて父親も特に反対はしなかったから俺はやっぱり邪魔だったのかな。
その生活は高校を卒業しても続き、戻ろうとは思えなかったし戻ってこいとも言われなかった。
ただ生活するには困らない額のお金が毎月振り込まれて、卒業してなんとなくアルバイトなんかして生きてきた。
それを寂しいとも、悲しいとも思わない中で僕はコンビニでのバイト中、夜中やって来たお客さんだった男に声を掛けられてそこからなんとなく連絡を取って彼の家に遊びにくようになってそういう関係になった。
初めはあんまり好きじゃない行為も優しくされるうちに悪くないと思うようになっていった。
初めて人を好意的に思って好きかもしれない、と思い幸せを感じた。
最初は優しかった彼が、だんだんとそっけなくなり、連絡が取れなくて部屋に行っても無視されてるようになるまでは。
初めて、寂しいと思った。
1人が耐えられなくて、辛くて誰でもいいから側に居て欲しかった。
男でも、女でも。
優しくしてくれるなら誰でも良かったけど、だいたいは1回とか2回会うとおしまい。
そんなのは嫌だった。
ずっとの、安らげる愛を感じたかった。
心から好きだって伝えたかった。
「元貴って可愛いね、タイプかも。俺はどう?」
いいの?僕で。
「俺、元貴のことが好きだよ」
僕も好き、ずっと一緒にいて。
初めてちゃんと恋人と思える人だった。
唯一の友達にも紹介した。
りょうちゃんはあの人少し軽い感じがするし元貴のこと本当に大切にしてくれるの?って心配してた。
けどその時の僕の世界は彼が全てで、だから少しくらいお金を貸してって言われてもなんとも思わなかった。
黙って女の人と出かけてるって知ったときも優しくされるとそれ以上言えなかった。
「ごめんね、ただの友達だから。本当に好きなのは元貴だけだよ」
うん、うん、僕も貴方だけ。
「···しよ」
いいよ、いつでも何でも。
僕は側にいられるだけで幸せだから。
痛いのくらい我慢できる。
「元貴···こんなこと言いたくないけど、あいつは本当に大切にしてくれてる?元貴だけを見てくれてる?他の人といるところ···見ちゃったから」
りょうちゃんは気遣いながらも元貴には傷ついてほしくないからと僕にそう告げた。
「大丈夫、大切にしてくれてる。それは友達だって···りょうちゃん、ありがとね」
そう笑えばそれ以上りょうちゃんが何も言えないのをわかっていた。
どんなに優しくて僕のことを考えてくれてるりょうちゃんにも言えない本音。
本当は浮気してるの知ってるよ。
だんだん僕のことを抱かなくなってるのも、返信が遅いのも、いつもスマホばっかり見てるのも、ぜーんぶわかってて、けどそれを言ったら全部おしまいになるってわかってて、気づかないフリが得意になった。
彼と会う約束だったのに約束の少し前に忙しくてごめん、とそれだけメッセージが届いて僕はわかった、また会えそうな時に連絡が欲しいと返信したけどそれに対して返事は来なかった。
仕方ないと洗濯なんかをして干そうとした空は薄暗く灰色で僕の心のように湿気を含んで重々しい ···仕方ない、コインランドリーにでも行こう。
すぐ近くに新しく出来たコインランドリーは綺麗でこの天気のせいか人も多くてカゴを持ったまま入るのを躊躇った。
明るくて綺麗で新しくて人気があって。
ただのランドリーなのに自分には場違いに思えてカゴを抱えたまま少し遠いところにあったと思い出し歩き出す。
古い、ひっそりと佇むコインランドリー。
狭くて静かなそこには男の人が1人椅子に座っているだけで乾燥機は幾つも空いている。稼働しているところから離れたところに洗濯物を放り込み、お金を入れてスタートボタンを押して僕も椅子に座って終わりを待つことにした。
男性はマンガに夢中で僕のことなど気にも留めていない様子だった。
あまりに真剣な表情の彼のことがなぜか気になった。
センター分け、少しだけ明るい髪が整った顔に落ちてその涼しげな目元を隠していた。
「それ、おもしろい?」
唐突に話しかけた僕に彼は自然に色々と返事をしてくれた。
悲しそうな話だけど最後は報われる内容で悪いことばかりじゃないよ、と言ってくれた。
悪いことばっかりじゃない。
僕のことじゃないのに、僕に言ってくれたみたいで嬉しかった。
けど、現実はそうじゃなくて、
終わりは一方的であっけなかった。
「他に好きな人が出来たから 」
やだ、僕は貴方が好き
「もう、いいだろ?···正直、重い。俺よりもっと真面目なヤツがあってるよ」
なんでそんなこというの?
僕の何がいけない?
「じゃあね」
一度誰かと居ることに幸せを覚えると1人が寂しくて心に穴が空いたみたいだ。
『悪いことばっかりじゃないよ』
たった一度少し話しただけなのに、なんとなく彼のことを思い出した僕はちょうど天気も悪くなるし、と言い訳して新しいコインランドリーを通り過ぎて彼と出会った場所へ向かった。
まだ雨も降っていない平日のコインランドリーには彼どころか誰も居なくてお金と洗濯物を入れると椅子に座って膝を抱えた。
そんな都合よく会えるわけないか。
あの漫画たちもなんだか元気がないように棚の中で雑然と倒れている。
“独り”が僕を襲ってきて何にも考えられないまま時間は過ぎていく。
しばらくしてその静かな空間にバタン、と乾燥機が閉まる音が響いた。
その後ろ姿、見覚えがある。
まさか、本当に会えるなんて。
「この前のおにーさんだ」
「まさかまた会うなんて」
「嬉しい、僕は会いたかったよ」
本当に、会いたかった。
たった一度少し話ししただけなのにこの人はきっといい人だ、と僕の中で確信があった。
彼は少し戸惑ったように見えたけど僕の隣に座わった。
「なんかナンパみたい」
「おにーさんは男が好きなの?」
「そう、って言ったらどうする?」
そう言ってにやりとそのおにーさんは僕に笑った。
その顔は悪い男、とかじゃなく子供みたいなイタズラ顔できっと僕が本当に男でもいけてなんならおにーさんのことをそんな風に見てるなんていうことを欠片も思ってないんだろうな。
「嬉しいかも、僕も好きだから」
「···冗談、だったんだけど」
「じゃあ僕もじょーだん」
ほら、やっぱり。
僕とは居る世界が違うね。
本当に優しい彼は僕が彼氏に捨てられた、というと慰めてくれた。
そんなやつはロクでもないんだと。
りょうちゃんもそういう。
けどそれを好きな僕は?
おんなじくらいの人間なんじゃない?
おにーさんじゃなくて“若井”だと名乗った彼の顔を見つめると彼は僕から目を反らした。その目線の先、外の世界では雨が降り出していて乾いた地面を黒く塗りつぶしていくところだった。
「俺んち、くる?」
まさかそんな風に声をかけてくれるとは思わなくて行く、と彼と歩き出した僕はやっぱりロクでもない。
今でこそ、そう思う?
どう思ってるかな、若井は。
コメント
3件
あ、いきなり誰って話よね?元星月与縷です
うん、好き💞やっぱりいいわ✨
うわあ…重かったけど、すごく引き込まれた。雨の音とランドリーの空気感がずっと心にまとわりついて離れない。元貴の「気づかないふりが得意になった」ってフレーズ、胸がぎゅってなったよ。そんな中で若井との再会、あの「俺んち、くる?」の軽さが逆に希望に見えた。続きが気になる…どうなっちゃうんだろう。はるかぜさん、素敵な世界をありがとうございます。大切に読ませてもらいますね🤍
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