テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
忙しい一週間が終わり、企画開発部を中心に他部署も交えた合同忘年会が開催された。
乾杯の音頭が終わるやいなや、会場は一気に熱を帯びる。皆、鍋を囲みながら思い思いの席へ移動し、酒を酌み交わして盛り上がっていた。 若手社員が固まる席からは、流行りの曲や恋愛事情、スポーツの話題が絶え間なく聞こえてくる。
「えーっ!? 朝倉係長の娘さんって、あの『みなみちゃん』だったんですか!?」
「そうなのよ。超美人さんなんだから。ねぇ、朝倉係長?」
「あ、あぁ……。この子なんだ」
経理の若い女子たちに囲まれ、愛娘を褒めそやされた係長が、普段の辛気臭い顔をどこへやら、鼻の下を伸ばして嬉しそうに目を細めている。
理人の隣のテーブルでは、今日の幹事である萩原が、結婚の報を聞きつけた社員たちに手荒な祝福を受けていた。
「萩原くん、結婚するなんて聞いてないよ!」
「おめでとう! 彼女、大学時代から付き合ってた子?」
「はは、一回別れたんですけど、二年くらい前に偶然再会して……そのまま、って感じですね。写真は……勘弁してください、恥ずかしい」
「えー! いいな、運命じゃない。新婚旅行はどこ行くの?」
デレデレと顔を綻ばせる萩原は、見るからに幸せそうだ。 こうして普段は見られない部下たちの意外な一面を眺めるのは、理人にとって嫌いな時間ではなかった。自分から輪の中心に行くタイプではないが、遠巻きに彼らの成長や充足を確認できるこうした場は、むしろ好ましくさえある。
だが、そんな穏やかな心地よさは、視界の端に「ある人物」を捉えた瞬間に霧散した。
少し離れた席で、瀬名が女性陣に完全に取り囲まれている。 今日に限って彼は、いつもの野暮ったい眼鏡を外し、前髪を無造作にかき上げていた。惜しみなく振りまかれる色気は、職場での「擬態」が嘘のような破壊力だ。
「瀬名くん、これ美味しいから食べてみて!」
「あ、ずるい! 私が先だよ」
「ははは、ありがとう。あ、ついでにこれも食べる?」
瀬名は器に盛られた肉を箸で持ち上げると、事もあろうに彼女たちの口元へ運んでみせる。
「瀬名くん、優しい〜っ」
甘ったるい猫撫で声。上目遣いに瀬名を見つめる視線は、隠そうともしない誘惑の色を帯びている。 彼女たちは自信満々に胸を腕に押し付け、あからさまなボディタッチを繰り返していたが、瀬名は動じる風もなく、余裕の笑みでそれを受け流していた。
「…………」
その光景を網膜に焼き付けた瞬間、理人の胸の奥に、泥を流し込まれたようなドロリとした不快感が広がった。
「チッ……嬉しそうにデレデレしやがって……」
何が女除けだ。 心中で毒づくと、理人は手元のビールを苦虫を噛み潰したような顔で一気に煽った。
どのくらい飲んだのだろう。瀬名のデレデレとした姿を見ているのが面白くなくて、いつもよりハイペースでグラスを空けた自覚はあった。
女除けのために髪を下ろしているというなら、今日だってそうしていれば良かったはずだ。それなのに、なぜ今日に限って。 もしかして、好みの女でもいたのか?
普段の「無害な新人」の時には見向きもしなかった女子社員たちが、手のひらを返したように群がっている。 読者モデルをしていたと噂のある美人が、瀬名の太腿に手を置いた。もう一人の派手な女も、競うように瀬名に腕を絡める。瀬名は満更でもなさそうな表情で、彼女たちの相手をしていた。
「チッ、ここはキャバクラかよ」
吐き捨て、目の前に運ばれてきた焼酎を一気に煽った。
「ちょ、部長……飲みすぎじゃないですか?」
「あぁ? 俺がこれしきで酔うわけねぇだろ。まだ平気だ」
「でも、目が据わってますよ。ただでさえ怖い顔が、一段と……」
視線を上げると、営業部の若手が心配そうにこちらを見ていた。
「……お前、よく見たら綺麗な顔してんな」
「え? あ、あの……お、鬼塚部長?」
突然の言葉に戸惑う彼を構わず、理人はぐいっと距離を詰めると、相手のネクタイを強引に引き寄せた。
「うおっ! ちょ、ちょっと!」
「いいから、もっとこっち来い」
「い、いや……でも……っ」
「悪いようにはしねぇよ……」
理人は男の肩を抱き、自分の方へと引き寄せた。その瞬間――。
「――はぁ。もう、アンタは何やってるんですか」
低く硬い声が響いた。突然のことに固まる男の代わりに、理人の腕が強く乱暴に引かれる。 瀬名が理人の肩を抱き、二人の間に割り込んできたのだ。
「おい、邪魔すんな。俺は今からこいつと飲むんだ」
「……何ふざけてるんですか。ダメですって。ほら、行きますよ」
強引に腕を引かれ、瀬名に凭れるようにして席を立つ。視界の端に、先ほどまで瀬名を取り囲んでいた女たちの呆然とした顔が映った。
(……こいつらより、俺の方に来た)
そう思うと、不思議と気分が晴れた。
「すみません、萩原さん。二次会のお誘い、部長がだいぶ酔ってるみたいなんで、先に連れて行きますね」
ぼんやりと瀬名の声を聞きながら、半ば引きずられるようにして夜の街へ出た。 肌を刺す冷たい空気が、火照った身体に心地いい。
「ほら、しっかり立って。全く、何やってるんですか……」
「うるせぇ。てめぇが……安っぽい女どもにヘラヘラしてんのが悪いんだろ!」
「…………理人さん、それって」
「チッ、なんでもねぇよ。クソッ」
「ヤキモチ、妬いてくれてたんですか?」
「なっ!? 違う、自惚れるな!」
図星を突かれ動揺する理人を、瀬名はニヤニヤと眺めている。
「ふぅん、そっかぁ……。可愛いですね」
「……死ね」
睨みつけるが、アルコールのせいでちっとも迫力がない。瀬名はクスリと笑うと、理人の腰に手を回し、密着するように歩き出した。
「どこ、行くんだ」
「理人さんは、どこに行きたい?」
熱を帯びた指先が首筋をなぞり、耳元で低い声が囁かれる。
「どこって……言わせたいのか」
「好きなところで犯してやりますよ。――我慢、できないんでしょう?」
甘く滴るような瀬名の声が、鼓膜を震わせ、脳を痺れさせる。
「っ……ホテル、連れてけ」
「仰せのままに」
理人は瀬名の服を掴むと、その胸に顔を押し付けた。
「……ばーか」
瀬名の香水の匂いが鼻腔をくすぐり、心臓が甘く疼く。 一刻も早く、この男に乱暴に抱きつぶされたくて、たまらなかった。