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あの日以来、瀬名とはズルズルとセフレのような関係が続いている。

身体に残る痕が薄くなるたび、ためらいなく上書きされる程度には頻繁に。


本来なら、一度限りで終わらせるのが理人のルールだった。


連絡先も教えない。相手にも聞かない。中には例外もいるが、それでも二度目はない――そう決めてきた。


関係が続けば続くほど、職場の誰かに目撃されるリスクは高くなる。


頭ではわかっているのに、なぜだか瀬名からの誘いを拒めなかった。


「鬼塚部長……?」


不意に声を掛けられ、ハッとして顔を上げる。


係長が怪訝そうにこちらを見下ろしていた。どうやら、考え事をしていた間に何度も呼ばれていたらしい。


「あ、あぁ、すまない。なにか?」


「お疲れのようですが、大丈夫ですか? あ、これ以前言われていた報告書です」


「問題ない。そこに置いといてくれ。後で目を通しておく」


「わかりました。では、何かあったらいつでも言ってくださいね」


係長を見送り、小さく溜息を吐く。間髪入れず、大人しそうな社員が緊張した面持ちで書類を持ってきた。


「あ、あの部長……先日提出するように言われた企画書をお持ちしました。確認していただけますか?」


受け取って中身をざっと確認する。


「……よくできているが、無難すぎる。もっとテーマを絞って深く掘り下げろ。この数値も設定が曖昧だ。読み手によっては意味がぼやける。――はっきり言って、レベルが低い。作り直せ」


「え、あ……でも、これ以上は……」


「出来ないのか?」


軽く睨んだつもりが、部下は小さく悲鳴を上げるように竦んだ。


「……ッ、す、すみません! すぐやりなおします!」


企画書を突き返すと、不満げな表情を隠しきれないまま席へ戻っていく。


――着眼点は悪くなかった。だが考察が甘い。


先日提出された瀬名の企画書のほうが、もっと面白く、やってみたいと思わせる内容だった。

そう思った瞬間――。


「理人さん、ちょっと厳しすぎるんじゃないですか?」


背後から名前を呼ばれ、肩がピクリと揺れる。


慌てて振り向けば、そこにはいつの間にか瀬名が立っていた。


「……おい、ここでは名前で呼ぶなと言ってるだろう!」


仕事中は前髪を下ろし、伊達眼鏡までかけて野暮ったい。


だが、その奥の切れ長の瞳と素顔を知っているせいで、その偽装さえ逆に目を引く。


瀬名は困ったような笑みを浮かべ、理人のデスクに両手をついて身を乗り出してきた。


「すみません、つい癖で。……それより、部下のやる気を削ぐような言い方はやめた方がいいですよ。彼らも日々成長しているんです。やる気に満ちているときに水を差すのは酷だと思いますけど」


「私がそれでは会社の為にならん。利益を上げねば意味がない。中途半端な物を世に出すつもりはない」


「ハハッ、ほんっと仕事モードとのギャップが凄いな」


「五月蠅い! 用が無いなら席に着け!」


「用ならありますよ。今夜――」


「すまないが、今夜は駄目だ。先約がある」


デスクに置かれていた瀬名の手がピクリと動く。


「……わかりました。じゃあ、また別の日に誘わせてもらいます」


そう言いつつも、瀬名はゆっくりと身を起こし、理人の横顔を見下ろした。


その視線は、名残惜しさと独占欲を隠しもしない。


「……なんだ、その顔は」


「いえ。ただ……」


唇の端をわずかに上げ、声を落とす。


「僕以外にも、こういう時間を過ごしたい相手がいるんですか?」


「違う。ただの仕事の付き合いだ」


「ふぅん」


その声色は冷たくも、熱を孕んでいるようにも聞こえた。


「――わかりました。仕事なら仕方ありませんね」


次の瞬間には、いつも通りの柔らかな笑みに戻っている。

そして最後に、ぽつりと付け加えた。


「……お楽しみは次に取っておくことにします」


低く甘い声音に、理人の指先が無意識にぴくりと動く。


反射的に睨み返そうとしたときには、瀬名はもう軽く机を叩き、自席へ戻っていた。


去り際、ふと振り返り――耳元にだけ届く声で囁く。


「……だから、変なやつに触らせないでください」


その声が残した熱が、耳から胸の奥へゆっくりと落ちていく。


理人は無意識に耳を指先でなぞり、溜息をひとつ落としてから、資料に視線を戻した。


仕事が終わり、いつものようにナオミの店へ足を向けると、目的の人物は既にカウンターでグラスを傾けていた。


「すまない、遅くなった」


「いえいえ。部長がお忙しいのはわかってますから。気にしないでください」


糸のような眼をさらに細め、東雲はいつものヘラリとした空気を纏っている。


理人は隣に腰を下ろし、ナオミにハイボールを注文するとグラスを受け取った。


「わざわざ呼び出してすまなかったな。早速で悪いが、例の件の進捗を」


「了解です。……ところで、いいんです? あの人は」


東雲が顎で示した先――店の奥のテーブル席には、仕事モードを脱いだ瀬名が、足を組みながら何やらスマホをいじっている。


「あぁ、気にするな。ただの暇人だ」


眉間に皺を寄せ、息を吐く。


あの後、よほど気になるのか瀬名は一日中ソワソワしながらこちらを窺ってきた。終業後まであからさまな視線が続き、鬱陶しくなって「一緒に来るか?」と投げやりに声を掛けたら、嬉々としてついて来た。


ただし、“同席はさせない”という条件付きで。


妙な仕草を見せたら、その場で店からつまみ出すつもりでいる。


「なるほど……。珍しいですね、鬼塚さんが根負けするなんて。もういっそこっち側に引き入れたらどうです? 俺は助かりますけど」


「冗談言うな。それじゃあ俺の心が休まらねぇ。それに人数が増えれば、それだけ気付かれるリスクが高くなるだろうが」


もし東雲の口から昔話なんて始まったら、居心地の悪さで胃が痛くなる。

ナオミが面白がって話を広げるのも目に見えている。


「ハハッ、まぁ確かに。怪しい職員の不正捜査やってるなんて、バレたら大変ですもんねぇ」


「そうだ。だから極力気付かれないよう慎重に動く必要がある。……おまえは特に、余計なことを言いそうだからな」


「酷いなぁ。裏で暗躍する貴方の片腕として、こんなに頑張ってるのに」


そんなやり取りの合間も、理人は背後から注がれる視線をはっきりと感じていた。


視線の持ち主は、グラスを回す手を止めることなく、こちらの会話を遠巻きに拾っているのだろう。


――同席させなくて正解だ。


「とかなんとかいっちゃって〜、あの子今一番のお気に入りのクセに」


「……おい、余計な事言うんじゃねぇよ」


ビールジョッキを片手にやって来たナオミを睨み付けると、理人はむすっとした顔のまま煙草を取り出して火をつけた。


「やぁねぇ、怖い顔して。悪い顔が一段と怖く見えるわよ!」


「うるせぇ……たく、店変えた方が良かったか?」


「え? 此処でいいですよ。酒も、ナオミさんの作る飯も美味いし」


「あら嬉しい事言ってくれるじゃない。薫ちゃん。お姉さん、サービスしちゃう」


「てめぇはお姉さんじゃなくてオカマのオッサンだろうが」


「だまらっしゃい! もー、女心がわかってないのよ、理人は!」


野太いキンキン声を上げながらナオミがカウンター奥へ消えると同時に、視界の端に長身の影が映った。


店の奥の席から動かないはずの瀬名が、こちらへ身体を向けている。肘を背もたれに掛け、脚を組み替えながら、ゆるくグラスを揺らしていた。


――目が合う。

何も言わない。だが、あの切れ長の瞳が一瞬だけ細くなる。


「……お気に入り、ねぇ。彼の事ですよね? この間俺に依頼したのは」


「余計な詮索はするな」


「はいはい。わかりました。だからそんなに睨まないでくださいよ」


東雲が小さく鼻で笑い、話を戻すように声を落とした。


「じゃあ、時間も惜しいですし、本題に入りましょうか」


理人は軽く顎を引き、瀬名から視線を外す。


秘密のビジネスの話をするには、この距離感が限界だ。


――あの視線を背に受けながら、冷静でいられるかは別として。



「えっと、依頼されていた山田康太の件ですが……。彼の出社データと中嶋美佐子のデータを照らし合わせたら面白いことがわかりましたよ」


「ほぅ?」


「彼はこの間、北海道の支店へ3日間の応援に行っているんですが、同じ日に中嶋氏は風邪で休みになってました。 しかも、彼が提出した請求書はちゃっかり二人分の交通費が計上されていた。 もちろん出張中の宿泊費やその他経費も」


「……つまり、2人で共謀して出張を偽装し旅行に行った可能性があるってことか?」


「おそらく。で、これは噂レベルの話なんですけど……彼女のSNSで使用している裏垢を発見したんですが、風邪で寝込んでいるはずなのに、洞爺湖と思しき場所で撮影した紅葉の写真を投稿してるんですよ。しかも、明らかに男性の手が一緒に写っていて……。おかしいですよね?」


東雲は声のトーンを落として言う。なるほど確かに怪しい。


「あぁ……だが、それが中嶋の投稿であるという確固たる証拠もないだろう。誰か他者の投稿画像を流用した可能性もあるんじゃないか?」


理人も少し声を落として問いかけると、東雲は目を細めて困ったように頬を掻いた。


「そこなんですよねぇ。何か、泳がせる材料でもあれば決定的な証拠が掴めるかもしれないんですが……。」


「……そうか」


理人は短く息を吐き、グラスの縁を指でなぞる。


「……もう少し泳がせてみる必要性がありそうだな」


「了解です。慎重に進めますよ」


ふと、背後から微かな電子音が漏れた。


振り返れば、瀬名が椅子にもたれ、ヘッドフォンを耳に掛けてスマホを操作している。


――聞く気はない、という意思表示か。


聞こうと思えば聞ける距離だが、あえて耳を塞いでいるのだろう。


少し意外だった。こういう場面で余計な詮索をせず、空気を読むあたり……あいつも社会人だ。


東雲は気づかぬふりで、淡々と次の資料を鞄から取り出す。


「それと、もう一件。例の横領疑惑の件ですが――」


理人は顎を引き、再び視線を前に戻した。


この静かな配慮が、かえってやりにくいと感じるのは――なぜだろう。


理人はハイボールを一口あおり、背後の存在を頭から追い出そうとする。


東雲の声に集中しようとするが、耳の奥ではグラスの氷が揺れる音や、わずかな衣擦れの気配が離れない。




「しっかしまぁ、鬼塚さんもよくやりますよねぇ」


「何の話だ?」


「とぼけないで下さい。あなたが秘密裏に行ってる、社内の不正調査の事ですよ。いくら岩隈専務の頼みとはいえ,無給でしょ? 普段から他の人の数倍は仕事してるって聞きましたけど……」


「俺は別に何もしてない。ただ言われたことをやってるだけだ」


「またまたぁ……謙遜しなくたって良いじゃないですか。岩隈専務も感謝してると思いますよ。貴方がこうして動いてくれるおかげで会社も安泰だーって」


「さあな」


肩をすくめた理人は、傍らの鞄を少し引き寄せる。


ファスナーの隙間から覗く黒いケースに、東雲の視線が止まった。


「……それ、何です?」


「まだ試作段階だ。防犯用の小物だが……完成したら見せる」


「おや、また誰かを驚かせるつもりですか?」


「……さあな」


短く答えると、理人はケースを奥へ押し込み、蓋を閉じた。


東雲は少し目を見開き、すぐにニヤリとする。


「へぇ……そういう顔、久しぶりに見ましたよ。何か企んでる時の顔」


「勝手に決めつけるな」


「いやいや、そういう時の鬼塚さん、ちょっと楽しそうなんですよねぇ」


理人は鼻で笑い、グラスをあおる。


「まぁいいや。でも俺、鬼塚さんには感謝してるんですよ? 探偵業一本じゃ食べていくのに精一杯でしたから」


「サツに戻ればよかったじゃねぇか」


「あそこは俺みたいなのが居ていい組織じゃないんです」


「そういうもんなのか?」


東雲はわざとらしくため息をついて、にやけ顔を隠しもせず言った。


「そういうもんですよ。さて、仕事の話はこれくらいにして、そろそろ飲みませんか? もちろん、鬼塚さんのおごりで!」


「てめぇ……。まあ、いいだろう。好きなもん飲め」


「やった! ごちになりますっ」


軽口を交わしながらも、ふと瀬名の顔が脳裏をよぎる。


……別に、あいつは勝手についてきただけなんだから、一緒に飲む義理はない。


ちらりと背後へ視線をやるが、そこは既にもぬけの殻だった。


辺りを見渡していると、ナオミが「さっき帰ったわよ」と教えてくれる。


「……そうか……」


透と話し込んでしまい、すっかり瀬名の存在を忘れていたことに気づく。


悪いことをしたな……と、ほんの一瞬だけ思うが、すぐに首を振った。


――何考えてんだ、俺は。

元はと言えば、あいつが勝手についてきただけだろ。


自分に呆れながら、理人はビールを一気に飲み干した。


翌日、出社した理人は、既に自席で黙々とパソコンに向かう瀬名の姿を見つけた。


昨日のあの空席と、ナオミの「帰ったわよ」という言葉が、妙に引っかかっている。


普段なら声もかけず自分のデスクへ戻るところだが、なぜか足が止まり、わざとらしく咳払いをひとつ。


「……おはよう」


「おはようございます、部長」


少し間を置き、言いにくそうに口を開く。


「あー……その、昨夜は……悪かった。気付かなくて」


意外そうに目を瞬かせた瀬名は、すぐにやわらかな笑みを浮かべて首を振った。


「何かと思えば……あの人は安全そうだったから退席したんです。少しでも下心がある奴なら攫って行ってやるくらいの気持ちでしたけど」


「な……っ」


まさかそんな理由で席を外していたとは思わず、息が詰まる。


瀬名は椅子を回し、まっすぐに視線を向けてくる。


「言ったでしょう? 僕はあなたが好きだって。……心配なんですよ。酔っぱらって、また見境なく誘ってないかって」


「っ……! お前な、こんなとこでする話じゃねぇだろ」


咄嗟に手で口を塞ぎ、周囲を見回す。幸い、近くに社員の姿はない。


「話を振ったのは部長ですよ?」


「昨日の謝罪をしただけだ!」


手を離して踵を返そうとしたが、腕を掴まれて足が止まる。


振り返った瞬間、唇がすっと近づき――耳元に甘い声が落ちる。


「……もしかして理人さん、僕が帰ったから寂しかったんですか?」


カッと顔が熱くなる。


「ち、ちがっ……断じてそんなことはない! 勘違いすんな!」


声が上ずり、自分でも情けないと思う。


背後でくすくす笑う声を聞き流しながら、乱暴に書類を机に広げた。


(……くそ、やっぱり調子が狂う)


感情の行き場をなくし、理人は喫煙ルームへ向かった。


喫煙ルームは会社の各フロアに一か所ずつ設置してあり、5~6人ほどが室内で吸えるようになっている。昨今の禁煙ブームや、煙草の増税に伴い年々喫煙者は減少傾向にあるが、ある一定数の社員や社長自らがヘビースモーカーな事もあり、完全に無くなってしまうという事は今のところなさそうだ。


理人はポケットからシガレットケースを取り出して一本口にくわえると、愛用のジッポで火を点けた。


ふぅ……と紫煙を吐き出しながら、ガラス張りの壁に寄り掛かり外の景色を眺める。


外を吹く風は冷たく、気温も12月上旬の朝にしては随分と低かった。そのせいか眼下に見える人々は皆身を縮こまらせてコートの襟を立て足早にそれぞれの社内へと消えていく。


少し遠くに視線を向ければ、空気が乾燥している為か雪化粧を施した富士山がビルの隙間から美しい姿を現している。


この会社は都内でも比較的高所に位置しており、見晴らしが良いので冬の季節になると、こうしてよく富士山が見えるのだ。


それを横目に、理人は再び肺に溜めた紫煙をゆっくり吐き出した。


喫煙ルームには現在理人しかおらず、静かだ。丁度1本分吸い終わりそうになった頃、ドアが開く音がした。誰かが入って来たのかと思い視線を向けるとそこには瀬名の姿があった。


理人の姿を認めると、瀬名は迷わず理人の元へと近づいてくる。


てっきり他の社員が来たのだと思っていた理人は何となくバツが悪くなり、慌てて口元の煙草を灰皿に押し付けた。


「お前はストーカーか何かなのか?」


「酷いな。僕はただ休憩しに来ただけですよ」


そう言いながら瀬名はポケットから煙草を取り出すと口に咥え、理人の隣に並ぶようにして壁際に立つ。


相変わらず、仕事の時は前髪を下ろしたままなのだな――と、どうでもいいことを考えてしまう。

視線はそのまま、無意識に瀬名の横顔をなぞっていた。


女性受けしそうな甘いマスクに、すっと通った鼻筋、薄く形の整った唇。


日本人離れした顔立ちは、黙っていれば確かにモデルのような雰囲気をまとっている。


女避けのためにわざとこの髪型なのだとしたら……効果は十分だ。


――と、そこまで考えてから、自分がやけに観察していることに気づく。


慌てて視線を逸らすが、時すでに遅し。瀬名がこちらを見て、ふっと首を傾げた。


そして、何を思ったか突然顔を近づけて理人の匂いを嗅いでくる。


あまりにも自然な動作だったので避けることも出来ず、瀬名の吐息が首筋にかかり、思わずビクリと肩が跳ねた。


それを見て瀬名は小さく笑うと、僅かに屈んで唇を寄せて来た。


「おい、何して――」


流石にそれは不味いと、慌てて腕を伸ばして距離を取ろうとするが、逆に顎を掴まれ半ば強引に唇が重なる。窓辺に押し付けられ、舌先でノックされるように唇を舐められると、理人は反射的に歯列を開いてしまった。


すると、そこから瀬名の熱い舌が入り込んできて、ねっとりと絡め取られる。


「ん、ちょ……まっ……んんっ」


逃げようにも後頭部を押さえつけられていて動けない。それに、瀬名のキスはいつも執拗で甘くて頭が蕩けそうになる。瀬名の胸を押し返すが、びくともしない。


それどころか、いつの間にか指先がシャツのボタンを器用に外していて、その冷たい手が肌に触れた瞬間ゾクッと背筋が震えた。


「っおい、ここを何処だと――」


「会社の喫煙室ですね」


やっと唇が離れたと思ったら、今度は胸元に顔を埋められる。


瀬名のサラリとした髪が鎖骨を撫で、吐息が掛かる度に体がぴくりと反応してしまう。


「……昨日、理人さんを味わえなかったから……不足してるんです」


情事の最中の様な艶っぽい瀬名の声音に、思わず息を呑む。


「馬鹿な……ここがどこだと……」


「こんな朝早くに来る人、そういませんよ」

そう言って貪るような激しい口付けを再び仕掛けてくる。


先程までとは違い激しく絡み合う舌はまるで性感帯を刺激されているようで、理人は体の中心に熱が集まるのを感じた。


けれど、瀬名の行為は止まらない。キスの合間に胸の飾りを摘ままれ理人は声にならない悲鳴を上げた。


「っ、んん……っ」


「理人さん、可愛い……」


耳を甘噛みされながら艶のある低い声で囁かれる。その声だけで、全身が敏感に反応してしまう。これ以上は駄目だ。本当にマズイ。


そう思って瀬名を何とか引き剥がそうとするが力が入らない。そうこうしている間に瀬名はあろうことか理人のズボンの上から性器を握りこんだ。


「ぁ……っ! それは、だめ……だ……っ!!」


制止の声も虚しく、すでに勃ち上がりかけていた自身を握り込まれてしまえばもう抵抗なんて出来なかった。激しいキスをしながら上下に擦られ、同時に胸の突起を愛撫される。それだけで理性なんて簡単に崩壊してしまい、あっという間に達してしまいそうな程の快感に襲われた。


「ん……っは……ぁっ、も……っ」


このままでは、瀬名の手でイかされてしまう。羞恥心からどうにか堪えようと必死になるが、瀬名の巧みな手の動きによって翻弄される。そして、とどめと言わんばかりに先端をグリッと親指で強く押された途端、理人の思考はスパークして意識が飛んだ。


次の瞬間――。


カチャリとドアが開く音がして、ハッと我に返る。


咄嵯に瀬名を突き飛ばして距離を取ると、ドアの方に視線を向けた。


「……あれ?」


そこにはきょとんとした表情でこちらを見つめる係長の姿があった。どうやらドアを開けると同時に中の様子を伺おうとしていたらしい。


「す、すみません。邪魔するつもりはなかったんですけど……」


「――っ失礼するっ」


理人は咄嗟に瀬名を押しのけ、足早に喫煙室を後にした。


背後で瀬名が「部長っ」と呼ぶ声は、敢えて聞こえなかったふりをした。


――最悪だ。まさか、よりにもよって社内で瀬名にイカされるとは……。


理人は自分のデスクの上で頭を抱えながら悶々としていた。


会社であんな風に盛っておいて、しかも人が来る直前までやめる気配がなかった瀬名も瀬名だが、何よりもそんな状況に興奮してしまった自分が信じられなかった。


まさか、この年にもなって会社のトイレで汚れた下着を洗う羽目になるなんて考えたことも無かった。――お陰で今、スラックスの下はノーパンである。


部下たちは眉間に深い皺を寄せ、頭を抱える理人を恐れて近寄って来ない。今日に限っては大事な会議やミーティングが入っていなくて助かった。


もし入っていたら確実にミスをしていただろうし、集中力を欠く姿を部下に見せていたかもしれない。


(……仕事が終わったら絶対にアイツをしばいてやる)


今は外回りに出て席を空けている瀬名のデスクを睨み付け、ぎりっと音がするほど奥歯を噛んだ。


「――あ、あの……」


「……なんだ?」


つい、睨んでしまい、しまったと思った。気が付くと、萩原がオドオドしながら目の前に立っている。


理人はコホンと咳ばらいをすると、椅子ごと体を萩原の方へ向けた。


「――あ、あの……」


つい、睨んでしまい、しまったと思った。気が付くと、萩原がオドオドしながら目の前に立っている。


理人はコホンと咳ばらいをすると、椅子ごと体を萩原の方へ向けた。


「あの、今度の忘年会についてご相談なんですが……」


「なんだ?」


「実は幹事を僕がする事になりまして……場所はなんとか抑えたんですが、折角なので瀬名君の歓迎会も兼ねようかという話になりまして……」


「そうか」


理人は腕組みをして考える。


確かに、瀬名は入社したばかりの新人だ。親睦を深めるという意味でもそういう機会を設けるのも悪くはない。


「それで、どうせなら他の部署も交えて派手にやりたいという声が多くて……」


「ふむ、わかった。参加人数等については追って連絡してくれ」


「はい、わかりました」


ぺこりと一礼すると、萩原はそそくさと自分の仕事に戻っていった。理人もパソコンの画面に向き直り、溜まっている書類を片付ける為にキーボードを叩き始める。


そう言えば、昨夜東雲が確たる証拠が欲しいと言っていた。もしかすると、この忘年会は使えるのではないだろうか? ふと、そんな考えが頭を過り理人のキーボードをたたく手が止まる。


すると、そのタイミングで書類の上にドサリとコンビニの袋が乗せられた。


「チッ――瀬名、君はまたそうやって私の邪魔をするのか?」


「酷い言われ様ですね。差し入れですよ」


そう言って瀬名は理人の耳元に唇を寄せると、彼以外に聞こえないような声色で囁いた。


「理人さん、パンツ履いてないんじゃないかと思って。買って来ました」


「……っ、誰のせいだと……っ!」


「だから、悪いと思ったから買って来たんじゃないですか」


理人は思わず舌打ちをすると、乱暴な仕草で瀬名の手から袋を引ったくった。


「……仕方がないから貰っておいてやる! だが、今後あんな事をしたらセクハラで訴えるからな!」


「理人さんにそれが出来るんですか? 自分が男にセクハラされてイっちゃったって事実を公表する勇気が?」


「くっ……」


痛いところを突かれ、言い返す事が出来ない。


そんな理人を横目に、瀬名は鼻歌を歌いながら自席へ戻って行った。


理人は苛立ちを抑えつつ袋の中を確認するとパンツ以外にも缶コーヒーとサンドイッチが入っていたのでチッと忌々し気に舌打ちしてからパンツだけを取り出し素早くポケットに突っ込んだ。


なぜ自分がこんな辱めを受けなければいけないのかと理人は理不尽な気持ちに駆られたが、それこそ瀬名の思う壺な気がして悔しさにギリギリと奥歯を噛み締める。


気が付けばいつも瀬名の手の平のうちで転がされている気がする。それが酷く腹立たしい。まるで自分だけが振り回されているみたいではないか――。


こんなはずでは無かったのに……。瀬名との関係を続けて行けばいつか取り返しのつかない事が起きてしまいそうな気がする。


そうならない為にも、やはり瀬名とはこれっきりにしなければ……。

理人は改めてそう心に誓った。


鬼塚部長には隠したい秘密がある~ワンナイトした相手が直属の部下でした!?~

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