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「それに……。今日はあんなに素敵な歌を聴かせて貰えた記念日ですし……柊吾さんを沢山甘やかしたい気分なんです」
「……っ、なんですか、それ」
「よかったですよ。すごく……。みんなも喜んでいたでしょう?」
問われて、柊吾は小さくこくりと頷いた。あの景色は確かに胸に焼き付いている。昔みたいな大きなステージじゃないけれど、自分の歌声を聞いて目を輝かせている人や感動の涙を浮かべてくれていた家族、一生懸命両手に持ったペンライトを振ってくれていたおじいちゃんやおばあちゃん。
それに――と思い出すのは、客席で一人だけやけに目立っていた瑞樹の姿だ。いつもクールで仕事ができる男なのに、この日のために完璧に覚えてきたのか、全身を使って自分の好きな気持ちを真っ直ぐに表現してくれる姿は眩しくて、くすぐったくて、何より嬉しかった。
「そう、ですね。あんなに喜んで貰えるなんて思って無かったから、ビックリしました。……あぁでも、一番驚いたのは黒瀬さんの姿でしたけど」
「僕ですか?」
「うん……だって、あんなに一生懸命オタ芸なんてする人だと思わなかったから。ちょっと、恥ずかしかったです。……でも、すごく嬉しかった」
照れくさそうに視線を伏せる柊吾の頬を、瑞樹は愛おしそうにそっと包み込む。
「当たり前です。俺の自慢の恋人が、あんなに素敵な歌を歌ってくれたんですから。誰よりも全身で応援するのは当然でしょう?」
「……っ、黒瀬さんって、時々凄い事をさらりと言いますよね?」
穏やかな熱を帯びた声でそう囁かれ、柊吾はさらに耳まで真っ赤に染め上げた。誤魔化すように目を泳がせるその仕草さえも愛おしく見つめながら、瑞樹はゆっくりと顔を近づけていく。
「そうですか?」
「そうですよ」
こつんと額が触れ合って、自然とお互い笑みが零れた。引き合うみたいに唇を寄せ合い、軽く唇が触れ合う。
柔らかく啄むようなキスが何度となく繰り返され、その度に、強ばっていた心の奥が優しく解されていくのを感じた。触れ合う体温と甘い余韻に包まれながら、柊吾の胸のなかは言いようのない穏やかな満たされ方で満ちていく。
しばらく心地よい気配に浸ったあと、瑞樹は静かに、けれど逃さないように見つめ据えながら問うた。
「……柊吾さんは、やっぱりもう戻らないつもりですか?」
不意に向けられたその言葉に、柊吾はわずかに息を呑み、迷うように視線を揺らす。
「わからない……。今日は凄く楽しかったし、みんなに歓迎されて嬉しかった。だけど……まだ、怖い気持ちも自分の中に残ってるから……」
飾らない本音をぽつりと吐き出すと、瑞樹は少しだけ神妙な顔つきになり、それから微苦笑を浮かべてそっと息を吐いた。
「そうですか……。でも、よかったです。まだしばらくは俺だけの柊吾さんでいてくれるんですよね?」
「え……?」
「今日、みんなに囲まれてるあなたを見て、ずっと見たかった光景な筈なのに、少し複雑だったんです。俺だけの柊吾さんなのに……って」
「ははっ、なにそれ……」
困ったように笑う柊吾の頭に、瑞樹は優しく手のひらを乗せる。
「みんなに、俺の恋人は凄い人なんだぞって自慢したい反面、誰にも見せたくないって思いもあって……。もちろん、柊吾さんが朝倉奏として復活するときは全力で応援するつもりですよ? でも、遠くへ行ってしまって、また手が届かない人になってしまいそうで怖いのも正直な気持ちです」
「……黒瀬さん……」
真っ直ぐすぎる独占欲と、わずかに滲んだ不安の色に、柊吾の胸が締め付けられる。目の前にいるこの男がどれほど自分を求めているかを痛いほど知っているからこそ、柊吾はしっかりと彼を見据え、自分の意思を込めて言葉を紡いだ。
「大丈夫。僕は、何処にもいきません。今度は貴方の前から消えたりはしない。だって、たとえ僕が進む道を間違えたとしても……きっと瑞樹さんなら直ぐに見つけて、僕の手を取ってくれるんでしょう?」
#三角関係
霞花怜
1,066
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寿命㌫(主) 🔮🖤ᩚ
695
#婚約破棄
その言葉に、瑞樹の瞳がハッとしたように揺らぎ、すぐに深く、圧倒的な熱を帯びた。
「……当然です。もう絶対に見失ったりしません」
力強く言い切るその声に、不安はすっきりと霧散していく。
「なら、僕はきっと大丈夫……。将来の事はわからないけど、黒瀬さんと一緒ならどんなことでも乗り越えられそうな気がします」
紡いだ言葉に嘘偽りはないと示すように、柊吾は自分から少し背伸びをして、瑞樹の頬にそっと手を添えた。
お互いに愛おしさを隠さない笑みを交わし合い、再び重なり合った唇は、今日一番の甘い熱を帯びて、静かな部屋の中でしっかりと溶け合っていった。
コメント
1件
いやもう、113話でこの甘さ…!!😭💕 柊吾くんの「迷子になっても見つけてくれる」って台詞に完全に持ってかれたよ……瑞樹さんの独占欲と不安が混ざった「俺だけの柊吾さん」発言も、最高にエモかった!! 二人がお互いを想い合ってるのがひしひし伝わってきて、読んでてこっちまで幸せな気持ちになっちゃった⋆♡ かんなさん、今日も尊すぎる現場をありがとうございます…!!🌸