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何度も書いては消して、書いては消してを繰り返して、四季は机に突っ伏した。今は報告書を作成しているのだが、任務中のことは鮮明に覚えていてもそれを文章にしろと言われると難しくて出来なかった。気付けば会議室に残っているのは四季だけだ。
最初の数回は大我につきっきりで見てもらっていたからここまで悩むこともなかったが、忙しい大我の貴重な時間を奪っているのがあまりにも申し訳なくて断りを入れた。故に今回からひとり立ち。心配そうな顔をしていたが、出来るから大丈夫だと伝えれば去って行った。すでに後悔しているが、これ以上迷惑はかけられない。
いざ1人で書き初めて見るとどこをどう切り取ってまとめるかもわからなければ、わかったとしてそれを書き記す語彙力もなく。苦手なことは後回しにしていたツケが回ってきたのかも。こんなことなら学生時代、もう少し真面目に授業を受けておくべきだったなと思う。脳裏に四季が大好きでとても信頼している恩師が過った。
ここに無陀野が居てくれれば、そら見たことかと言わんばかりにお説教をされながらも、きっとバカな自分にもわかりやすく丁寧に教えてくれるんだろうな。そして最後にはよくやったと優しく頭を撫でてくれるのだ。電話でもしたい衝動に駆られるが、必死に抑え込む。四季には無陀野にそれはそれは可愛がってもらっている自覚があった。四季が頼れば無陀野が応えないわけがない。ない時間を無理やりにでも捻り出して、羅刹から飛んでくる。卒業した四季の面倒をいつまでも見させるわけにはいかない。
「いつまでやってんの〜?」
扉の開く音とともに間延びした声が聞こえて、四季が顔をあげてそちらに視線を向けると紫苑が立っていた。報告書が出て来ないから催促しに来たのだろう。自分が最後の1人のようだし、待たせてしまっているのか。
「ごめん、もうちょっとしたら持ってく!」
紫苑は返事をせず四季の隣のイスに腰掛け、手元の報告書をとりあげた。
「あ!」
「うわぁ、全然進んでないじゃん……なんで大我に見てもらわなかったの?」
「だってやることいっぱいあんのに、俺のせいで休める時間まで奪って迷惑かけてんのが申し訳なくて。紫苑さんも俺が早く出さなきゃ休めないのにごめん」
伏し目がちに謝罪を述べると、四季の額にパチンッと軽い衝撃と痛みが走った。紫苑がデコピンをしたからだ。反射的にそこを抑えて紫苑を見る。
「あのなぁ、新人は迷惑かけてナンボ。入ってすぐに何でも完璧に出来ると思うな。特にお前は脳筋だから頭で考えるのは得意じゃない。報告書なんか一番苦手な類だろ。俺も大我もそこに時間がかかるのはわかってる」
「でも……」
「でもじゃねぇ。今後は出来ないことを出来るなんて言うのはナシな。もっと俺たちを信用して頼れ。大事な部下に時間を割くことは厭わない」
真正面から紫苑に叱られるのは初めてだった。いつもの軽い調子ではなく、真剣そのもの。なんとなく距離感を掴みあぐねて一線を引くような形になっていたけど、甘えても受け入れてくれる人たちなのかもしれない。
よく考えたら『今後は出来ないことを出来るなんて言うのはナシな』という紫苑のセリフは、四季が大我に言ったことを紫苑が把握しているということになる。どういう経緯かはわからないけど、四季の強がりを見抜いてしっかりと大我と紫苑の間で共有されていた。それだけ気にかけてくれているということ。結果として紫苑はわざわざ様子を見に来てくれた。報告書の催促が目的ではなかったのだ。
「ありがとう。今いい?」
「当たり前だろ。遠慮すんな。紫苑さんがいくらでも付き合ってやるよ」
大我に口頭で教わったことを、紫苑は視覚的に教えてくれた。まずは四季から任務の内容を聞き取り、お手本として報告書を書き上げた。そこにマーカーを引いたりコメントを入れて、書く時の基本は”5W1H”でこの部分がそれにあたるだとか。四季の頭にハテナが浮かぶとそれを汲み取って、いつどこで誰が何を……などと懇切丁寧に説明してくれた。この紫苑のお手製のお手本があれば早い段階で1人でも書けるようになるかもしれない。
この日を境に四季は直接言葉をかけてくれた紫苑に懐いていった。
杉並に配属になった人たちの歓迎会が開かれることになった。もちろん四季もその1人。戦闘部隊として配属されたのは四季だけだが、援護部隊にも同じく配属された人は居る。それぞれがみんなの前で挨拶をして、幹事が乾杯の音頭をとった。
事前に先輩に教えてもらったように、お酒を注ぎに奔走する。最初は紫苑のところへ行くべきだったのだが、キャバクラよろしく女性に取り囲まれていたので諦めた。大我のところへ行って、そこから順繰りに回っていく。武勇伝みたいなのを語ってくる人もいた。愛想笑いして話を聞いていたが、大人って面倒くさい。
「一ノ瀬も飲めよ!」
「いや俺、未成年なんで……」
助けを求めるように大我の方をちらりと見ると、お酒を注ぐ列が出来ていた。めちゃめちゃ人気者だ。これは助けを期待出来ない。紫苑の方も未だに女性陣に囲まれていて、あの一帯だけピンクの空間でハートが飛んでいる。自分でどうにかするしかないか……。
「細かいことは気にすんな。大丈夫だって!」
どこが細かいんだよ。何が大丈夫なんだよ。大我にも口酸っぱく飲まないように言われているのだ。あとで怒られるのはこっちなんだぞ。口元に寄せられるグラスを必死に避けていると、別の隊員に捕まって身動きを取れなくされた。
「ちょっ、ウソだろ! ダメダメダメ! 飲めないって!」
もう、のしてしまうおうかこいつら。でもここで暴れるわけにもいかない。大人しく受け入れるしかないのか。ものすごく嫌だけど。四季が身体の力を抜くと、そこに救世主が現れた。
「こーら、何してんの。未成年には飲ますなって言ったはずだけど。お前らもしかして聞いてなかったのぉ?」
「すみません!」
紫苑の登場に焦った隊員に、膝立ちの状態のまま身体を突き飛ばされてしまった。四季の身体がグラリと後ろに傾き、それを紫苑が片手で支えた。
「こいつもらってくね〜」
座敷を降ろされて、誰も居ない4人がけのテーブル席に移動した。その間、痛いくらいに女性陣の視線が突き刺さっていた。
「紫苑さんありがとう。マジ助かった。あの人たち放っておいていいの?」
「もう十分相手したから大丈夫だろ」
「めっちゃ睨まれたんだけど」
「ほっとけ。つーか何で先に大我たちのとこ行ったの? 常識的に俺からだろ」
「あんなに囲まれてたのに割り込めるわけなくね?」
「普通に入って来いよ。どう考えても一ノ瀬が優先だろ。お前は俺の部下なんだし」
「今度からはそうする」
「そうしろ。無理やり飲まされそうになった時よく手を出さずに堪えたな」
「俺がやらかしたら紫苑さんたちの顔に泥塗ることになるじゃん」
「別に構わねぇよ。正当な理由だろ。お前が意味もなく人に手を上げるようなやつじゃないことは知ってる」
「そんなに信用してもらえてんだ、俺」
「今さら何言ってんの? だいたい配属前も応援で何回か任務一緒になっただろ」
「でもあんまり話さなかったし」
「まぁ確かにそうだな。俺はいつ死ぬか心配で目が離せなかったんだわ。お前が仲間思いで無陀野先輩譲りの情の深さを併せ持って底抜けに優しくて自分が後回しになるやつだから。一応杉並に身を置く前から人となりは理解してるつもり」
お酒が入っているからか饒舌な紫苑。四季は目をぱちくりとさせた。そんなに自分を見てくれていたんだ。
「紫苑さん酔ってる?」
「酔ってる。酔ってるついでに言うとお前の自己犠牲精神は悪くはないが俺の精神衛生上良くないからやめろ」
「なんで?」
「ぽっくり逝っちまいそうで怖い」
「ムダ先にもスパルタ教育されたし大我さんたちにもめっちゃ鍛えてもらってるしそう簡単に死なないっての」
「強さはそうだろうよ。だが有事の時に選択を迫られたらお前は迷わず自分を捨てるだろ」
「それは……そうかも。でも紫苑さんもそのタイプだと思う」
「俺はクズだからいいんだよ。お前みたいな真っ直ぐな人間は何があっても生き続けろ」
「紫苑さんは確かに私生活はだらしないけど、それって優しすぎて何かに依存してないと自分が保てなくなって壊れちゃうからだろ。教師辞めた時にこの世界から離れる選択肢もあったはずのに、それを選ばずに全部抱えてみんなの前に立って戦い続ける紫苑さんのことすっげー尊敬してるしカッコいいなって思ってるよ」
「人の心に土足で踏み込んでくんな」
「ごめん、嫌だった?」
苦虫を噛み潰したような顔をする紫苑を見て、ちょっと踏み込みすぎたかと心配になった。言わない方がよかったかも。
「お前じゃなかったらな」
「俺だから許してくれるんだ。なんかそれ嬉しい」
「お前、もうちょっと甘えてもいいんだぞ。まだ俺たちに一線引いてるとこあるだろ」
「そんなつもりなかったんだけど」
「無陀野先輩と京夜先輩と居る時のお前と俺と大我と居る時のお前は全然違う。付き合ってきた期間の長さもあるだろうけど寂しくはあるんだぜ。この期に及んで信頼されてないとかは思ってないけどな」
「ムダ先もチャラ先も俺が辛いときに寄り添ってくれて、色んなこと教えてくれて、行き詰まった時は手を差し伸べてくれて、一緒に乗り越えてきたことがいっぱいあるんだ。だからあの人たちと居ると自然と気が抜けて笑顔になるし甘えちゃうんだよな。今でも寂しくて会いたくなることが多いけど、そんなの2人に言ったら秒で飛んできそうだから我慢してる」
「じゃあ寂しい時は俺んとこ来れば? 先輩たちの代わりにはなれないかもしれねぇけど1人で居るよりマシだろ」
「紫苑さんあんまり自分の部屋居ないじゃん。女の人のとこに居るだろ」
「事前にメッセ送れ。そしたら待ってるから」
「わかった。じゃあお言葉に甘えさせてもらいます」
あれから週に2〜3回ほどのペースで紫苑の部屋にお邪魔していた。話す時もあれば無言の時もあるし、特別何かをしているわけではない。ただ同じ空間にいて気の向くままに過ごしている。寂しさが限界突破して自分の部屋に戻りたくない時は紫苑と同じベッドで寝させてもらっていた。拒否されるかと思ったが意外とそんなことはなく、なんなら抱きしめてくれた。温かい体温がそばにあると、四季はぐっすり眠ることが出来た。
そんな生活を続けていたある日、紫苑の彼女だという人に呼び出された。要約すると、四季のせいで一緒に過ごしてくれなくなったから距離をとってくれ、とのこと。上司の自室に出入りして一緒に寝るなんて頭がおかしいとも言われてしまった。紫苑と過ごす時間は好きだったのにと名残惜しく思いながら、そのお願いを受け入れることにした。紫苑に甘え過ぎていた自覚もあった。
四季がパタリと紫苑を訪ねなくなると、紫苑から何か言いたげに視線を寄越されることが増えた。どうしたんだと聞きたいのだろう。返信はしていないが、そういうメッセージが何回も来ていた。任務が終わった後は出来るだけ目を合わさぬように立ち去り、報告書は何かと理由をつけて他の隊員に預け、廊下で紫苑の姿が見えた時は方向転換して空いてる部屋で時間を潰した。とにかく余計な詮索をされないように避けていた。
それからまたしばらく経ったある日。四季が部屋の鍵を開けようとすると何故か開いていた。締め忘れたのか。そう思って電気を点けると、明らかにご機嫌斜めの紫苑がベッドに鎮座していて、目が合った瞬間に猛スピードで部屋を飛び出した。捕まったらヤバいと本能が言っている。途中で後ろを振り返ると追いかけて来ている様子はなくて、使われていない会議室に転がり込んで奥まで進み座り込んだ。
「めっちゃ怖かった……」
頃合いを見てここを出よう。どうやって部屋に入ったんだろう。あの登場の仕方は心臓に悪すぎる。下手なホラーより怖い。寿命が縮んだ。
少ししてから慎重に扉を開けて外を見ると、誰も居なくて安堵した。そのまま出てしばらく進んでいると、背後に殺気を感じて足に力を込めて走り出す準備をする。それを感じ取ったであろう紫苑から、地を這うような低い声が放たれた。
「逃げるなよ。ケガしたくないだろ」
ゆっくりと一歩一歩近づいて来る気配に震える身体を叱咤する。逃げたい。けど逃げたら本気で攻撃される。避けたことに対しては申し訳ないと思っているが、どうしてこんなに怒っているのだ。
足音が止まると四季の身体はぐるりと回転させられて担ぎ上げられ、どこかに運ばれて行く。恐ろしくて声をかけることもままならない。ただならぬ雰囲気の紫苑にすれ違う人が道を開けて、一様に四季に哀れみの目を向けた。
紫苑が空いている片手で乱暴にドアを開け、ドサっとベッドに放り投げられる。着いたのは紫苑の部屋だった。
「俺を避けてる理由を話せ」
「いや、その……」
ここであの女性を出すとその人が危ない気がして、どう答えるべきか逡巡する。
「俺の面倒ばっかりで申し訳なくて、ちょっと距離をとった方がいいかなって。ほら、もしかしたら贔屓してるとか言われるかもしれないし!」
「違うだろ。聞き方を変えてやる。誰に、何を言われた」
すっと目を細める紫苑は、どこまで気付いているのか逃がしてくれそうにはない。もしかして全部知っているのではないかとすら思える。
「……紫苑さんの彼女の1人に、俺のせいで紫苑さんと過ごす時間が無くなってるから距離をとってほしいって」
「それだけか?」
「上司の自室に行って一緒に寝たりするのもおかしいって」
「くっだらねぇな。俺が受け入れてるんだからいいんだよ。部外者が口出しすることじゃない」
「でもあの人の言ってることも確かだし! 彼女さんに寂しい想いさせちゃダメだろ」
「俺に言わずにお前に矛先を向ける女なんてどうでもいい。またこんなことがあっても面倒だし全員切るわ」
「え? ごめん、なんて?」
「女は全員切る。そうすればお前は今まで通りここに来るだろ?」
開いた口が塞がらない。この人はいったい何を言っているんだ。女性が居ないと生きていけないだろうに。
「紫苑さんは女性が居ないとダメじゃん」
「お前が居ない方がダメになる。
考えただけでおかしくなりそうだ」
「たまには来るから! 切る必要ないって!」
「無理。もう決めた」
迷いのない声音だった。もう四季が何を言っても聞き入れはしないことが伝わる。1人の部下に向けるには執着度合いが行き過ぎていないか。今日はここで寝ろと言われて、断ることなど出来るはずもないので頷く。お風呂に入りに行くため、一度部屋に着替えを取りに戻ると言うと逃げると思われたのかついて来る徹底ぶり。
夜のルーティンを済ませて紫苑のベッドに潜ると、いつもよりうんと強い力で引き寄せられた。久しぶりに全身を紫苑の匂いで包まれて、強張っていた気持ちが解けていく。すぐに眠りの世界に入った。
朝、四季が目を覚まして身体を起こすと、紫苑が赤く腫れた両頬を冷やしていた。昨日の今日だから何が怒ったのか予想がつく。自分が寝ている間に、いったい何人にビンタされたんだ。自業自得とは思うけど痛々しい。
「紫苑さん、ほんとに別れたんだ」
「切るって言ったろ」
「俺が刺されそう」
「手出ししないように牽制してある」
「いや何してくれてんの?」
火に油を注ぐようなものだろ、それ。
先輩と世間話をしていた四季の背中に、のそりと何かがのしかかった。強いアルコールの香りが四季の鼻腔をくすぐる。
「紫苑さん重い」
「気にすんな。続けろ」
「いえ、邪魔をしたくはないので。私はここで失礼します。じゃあお疲れ、一ノ瀬」
「はい、お疲れさまっす!……酒臭いんだけど」
「そりゃ飲んでるから」
紫苑が手に持った酒瓶を見せびらかしてきた。
「飲み過ぎ。身体に悪いって」
「心配してくれてんの〜?」
「生活習慣病になんぞ」
「難しい言葉知ってんだな」
「バカにすんな!」
「ちょっと付き合え」
「はいはい」
今日もまた紫苑の部屋だ。女性との関係を清算して寂しいのか、毎日どちらかの部屋で過ごしている。四季が紫苑の部屋に行かなければ紫苑が四季の部屋に来る。休日も図ったのかと思うくらい紫苑と重なっていて、任務中以外は常に一緒に居た。
「紫苑さん、俺明日は帰って来ないから」
「なんで?」
「羅刹遊び行ってそのまま泊まる」
「俺を置いて行くんだ。無陀野先輩と京夜先輩の方が大事?」
私と仕事、どっちが大事なの?みたいなセリフだな。重たすぎる。機嫌損ねそうだから絶対言わないけど。
「そういうわけじゃないけど。久しぶりに会いたいし」
「……ふ〜ん。俺も行く」
「来なくていいよ」
「俺が行ったらマズイことでもあんの?」
「ないわ」
「じゃあ問題ないな」
結局押し切られて一緒に行くことになった。
次の日、羅刹に到着すると待ってくれていた無陀野と京夜に駆け寄って抱きついた。四季の後ろから紫苑が歩いてくるのを見て、2人が驚いたのがわかった。
「え、なんで居るの?」
「墓参りか?」
「一ノ瀬が行くって言うから同伴してるだけっす」
ベリっと首根っこを掴んで紫苑に引き剥がされ、非難の眼差しを向けるもスルーされる。
「ごめん、なんかついて来ちゃったんだ」
「2人ってそんなに仲良かったっけ?」
「いいっすよ〜。そうだよな、一ノ瀬♡」
紫苑が四季の腰に手を回した。その場の空気が一気に冷えていく。それに気づかない四季は無言で視線を交わしている大人たちを不思議そうに見ていた。
「四季くん、どういう関係?」
「え? 普通に上司だけど……」
「安心した」
「何もされてないか?」
「されてない。なんで?」
「もうちょいで名実ともに俺のものにしますよ」
「周りに侍らせてる女はどうした」
「全員切りました」
「うっそ、マジ?本気なの?」
「そっすよ」
「最悪。参戦してくると思わなかった。四季くんは無自覚天然人たらし過ぎるよ」
四季は何の話をしているのかよくわからず京夜の顔をじっと見つめる。
「あ、ぽけっとした顔して話についてこれてないね?それも可愛いからいいんだけど。こんな悪い大人まで引き寄せちゃダメだよ。ダノッチ、ライバル増えちゃったね」
「俺は四季が幸せになるなら相手は誰でもいい」
「強がっちゃって。思ってもないくせに」
「杉並のやつらはもう俺たちが出来てると思ってますし、先輩たちより俺が優勢ですよ」
「そうなるように仕向けたんでしょ。
元教師なだけあって頭いいもんね」
「……お前が1人に執着するとはな」
「変わるもんっすよね」
「四季くんに無理矢理何かしたり泣かせたりしたら本当に許さないよ。俺たちだけじゃなくてまっすーたちも敵に回すことになるからね。それだけは先に忠告しておく。いいね?」
「肝に銘じときま〜す」
「……みんな俺の存在忘れてない?」
まるで置いてけぼりだ。1人だけ話に入っていけないし、理解出来ていない。ただ、ちょっとばかり不穏な空気なことだけはわかった。
「一ノ瀬さん、今から空いてますか?」
「空いてる!」
「一ノ瀬さんはお酒は飲めないんですけど、合コンに付き合ってくれませんか?1人来れなくなっちゃったんです」
年齢は四季よりも数個上だが入隊は最近で、四季の後輩にあたる男から困った顔でお願いされた。これまで合コンなんてものには縁がなかったし、正直に言えば興味はある。なら断る理由もない。
「おっけー!」
「先輩! 一ノ瀬さんが参加出来るそうです!」
後輩が遠くに居る隊員に呼びかけている。
「よっしゃ……って一ノ瀬⁉︎ バッカ、お前、紫苑隊長のあれだぞ! 一ノ瀬はダメだって殺される!」
呼びかけられた隊員は一瞬喜んだそぶりを見せたが、慌てて走ってきて後輩に詰め寄った。
「あれって何ですか?」
「恋人だよ! お前最近入ったから知らなかったんだな! 一ノ瀬ごめん、忘れてくれ!じゃあな!」
嵐のように去って行く2人を呆然と見送る。聞き捨てならないセリフが聞こえた。恋人って。恋人って、俺が?紫苑さんの?なんかとんでもない勘違いをされている。プチパニックになりながら、紫苑の部屋に向かった。ノックもせずに中に入って、眉根を寄せながらソファーに座る紫苑の顔を覗き込む。
「紫苑さん」
「ん?」
「なんか俺たちみんなに誤解されてる。恋人同士だと思われてんぞ」
「そーなんだ。別によくね?」
「よくねぇよ。軽いなノリが」
「俺はそうなりたいと思ってるし。いい加減進展させようと思ってたところ」
「どういうこと?」
「一ノ瀬が好きだってこと。そろそろ付き合わない? 返事は”はい”か”イエス”しか聞かない」
「それ一択じゃん。俺に拒否権ないの?」
「じゃあ聞くけど俺から離れられんの? お前が断ったら任務以外は関わらないぜ」
「それは……」
同じ時を過ごしすぎて、紫苑の居ない日常が想像出来なかった。もはや居て当たり前の存在。離れるには四季の日常に溶け込みすぎている。そばに居てくれないと安心して眠ることも出来ない身体になっていた。
「ほらな。無理だろ? 俺が居ないとダメなんだよ」
「でも紫苑さんのことが好きかわかんない」
「なら確かめる」
「どうやって?」
そう問いかけるとソファーに押し倒される。紫苑の顔が近づいて来てキスをされるのだなと察して、特に抵抗することもなく受け入れた。
「嫌だったか?」
「んーん。全然。むしろあったかい気持ちになった」
そっと服の上から触られても、委ねるように身を預けてしまう。物足りなくて、もっとちゃんと触れてほしいとさえ思ってしまった。
「触るのも大丈夫そうだな」
「うん。紫苑さんのこと好きっぽい」
「ぽいって何だよ」
「好き」
「最初からそう言え」
紫苑の首に腕を回してキスをねだった。遠慮なくがっつかれて、身体の芯が熱を帯びていく。もう終わりだと唇を離した紫苑を引き止めるように腕に力を込めた。
「これ以上は我慢出来なくなるんだけど?」
「いいよ。だからやめないでもっとして。俺の全部もらってよ」
「……ガキのくせにどこでそんな殺し文句覚えてきたんだよ」
その後は紫苑に抱えられベッドに移動した。
夜中に目が覚めて隣に眠る紫苑の顔が目に入ると、先ほどの行為が思い出されて恥ずかしくなった。初めての自分にもわかるくらい優しくしてくれて、言葉を尽くしてくれて、愛されている実感が湧いた。紫苑への気持ちがより一層強固なものになったのを感じている。紫苑の胸に顔を埋めると、ピクリと身体が反応した。
「どうした? 身体が辛いのか?」
「ごめん、起こしちゃったな。好きだなーと思ったらくっつきたくなって」
「可愛すぎんだろ」
「抱きしめて」
「……何これ俺試されてんの?」
「何か言った?」
望み通りにしてもらって、満足した四季は寝息を立て始める。その傍らで、目が冴えてしまった紫苑は悶々としながら眠れぬ夜を過ごしていた。