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そんなことを考えていたら、味噌汁用のヤカンを火にかけながらも、小さく吐息がもれてしまった日和美だ。
冷蔵庫には忙しい時を見越して、あらかじめかつお節と乾燥わかめ、刻みネギ、お麩が味噌と一緒に丸められた味噌玉がラップに包んでいくつかストックしてある。
汁椀に入れてお湯を注いでかきまぜれば一人分のお味噌汁がすぐに出来上がる優れものだ。
湯がいて冷凍しておいたほうれん草は、小鉢に入れたら調度良いぐらいの量ずつに分けてこちらもラップにくるんである。
それを二包み取り出すと、温まったひじきの煮物と入れ替えるように電子レンジへ放り込んだ。
その間に玉ねぎのスライスをフライパンで軽くしんなりする程度に炒めてから、そこへ一昨日しょうが焼きのタレに漬けこんでおいた豚肉を取り出して投入して。
ジューと言う小気味よい音をさせながらしょうが焼きに火を通していたら、電子レンジが仕上がりを知らせてきた。
「いい匂いですね。……僕にも何か手伝えることがありますか?」
気が付けば、布団を端に避け終わった不破が日和美のすぐ後ろに立っていて、日和美の手元を覗き込んでいた。
思わず「ひゃっ!」と小さく声を上げて肩を跳ねさせたら、不破に悪戯っぽくクスクス笑われてしまう。
(あーん、王子っ、その笑顔は反則ですっ)
心の中、(まるで新婚さんみたいっ!)とキュンキュンしながら、日和美はさっきレンジから取り出したひじきの煮物にちらりと視線を投げかけて。
「食器棚に小鉢が入ってるんですけど、それにアレ、盛りつけてもらってもいいですか?」
キッチンの引き出しからとりわけ用の箸を出して不破に渡したら、「お安い御用です」とまたしてもキラースマイル。
(ぐっ。心臓がっ)
何て思っていたら、危うくしょうが焼きを焦げ付かせてしまうところだった。
ピピピッと背後で電子レンジが『お忘れではないですか?』とアラートを響かせてきて、日和美は焼きあがったしょうが焼きの火を止めるとレンジの庫内からしんなり解凍された茹でほうれん草を取り出す。
不破に言ってもうひと揃え小鉢を出してもらってから、解凍したばかりのほうれん草の水気を軽く絞ってそこに入れて。
上からめんつゆを適量垂らして軽く混ぜると、ひとつまみずつ削り節をトッピングした。
「日和美さん、昨夜も思いましたが本当に料理の手際がいいですね」
小鉢にひじきの煮物を盛りつけた不破が、日和美の料理の腕前に感心したように吐息を落とす。
「全部祖母の受け売りばかりです」
沸き立てのお湯を味噌玉入りの汁椀に注ぎながら照れ笑いを浮かべたら、「おばあ様……?」とキョトンとされた。
「あ、うち父子家庭だったんです。それで私、小さい頃からずっと祖父母の家で育ったので……」
日和美にとっては何でもないことだったのでさらりと言ったら、不破に申し訳なさそうな顔をされてしまった。
「すみません。僕、不躾にも立ち入ったことをお聞きしてしまいました」
しゅんとする不破に
「全然っ。むしろおばあちゃんと暮らせてめっちゃ幸せだったのでお気になさらずっ。――あ、お味噌汁、食べる前によくかき混ぜてくださいね」
ニコッと笑いながら汁椀を差し出したら、不破が淡く微笑んだ。
しょうが焼きを一人前ずつ皿に盛りつけてリビングのローテーブルに並べて。
買ってきたばかりの夫婦茶碗にご飯をよそって二人でお行儀よく「いただきます」をする。
不破(と日和美)が寝起きした布団はえっちらおっちら日和美が頑張って禁断の園――和室――に移動済みなのでリビングはいつも通りそこそこに広々としているのだけれど。
横並びに座って、不破のすぐそばで朝食を食べるとなると何だか緊張してしまった日和美だ。
「私にとっては記憶を失くしてる不破さんの方がもっとしんどいと思います」
綺麗な所作で味噌汁をかき混ぜる不破を横目にさっきの話の続きみたいにつぶやいたら、「日和美さんが良くしてくださるので案外平気なんですよ?」と穏やかな笑みを返される。
(社交辞令だとしても、不破さんってば何て優しいの!)
そう思った途端、それと引き換えのように日和美の中でルティのことを黙っているのが申し訳ないという気持ちがぶわりぶわりと増してくる。
(写真……。写真を撮ったらちゃんと話そう)
もしも不破が一人暮らしで……ルティが自分では何も出来ない庇護のいるような存在――犬や猫のような――だったら、今こうしている間にもお腹を空かせて鳴いているかも知れないではないか。
ひじきの煮物を口にしながら、日和美は今更のようにそんなことを思った。
***
「撮りますよ~? いいですか? ハイチーズ!」
カシャッ!
スマートフォンの自撮り機能を駆使して不破と二人、〝記録用の写真〟を数枚撮って。
日和美的にはもっともっとたくさん撮りまくりたかったのだけれど、一応自粛して十枚以内に抑えておいた。
撮った写真を見比べてどれを刷るか迷った挙句、どの不破もカッコよくて選べなかった日和美は、結局全てを印刷したのだけれど。
不破はその中から一番最初に獲ったものを迷いなく抜き取った。
何でも二人が一番〝自然体で〟写っているから、らしい。
「とりあえず。僕はこれを頂きますね」
まるで次があるみたいな含みのある言い方をして、出来立てホヤホヤの写真の裏にすぐさま『日和美さんとぼく①』と書き添える不破を見て、日和美は彼が病院で言ったことを嘘偽りなく有言実行してくれることが嬉しくて堪らない。
(①ってことは②とか③とか……今からどんどん増えていくと思ってもいいの?)
何だかずっとそばにいてくれると言われたみたいで、日和美の心がじんわりと温かくなる。
日付は表面に印字されるように設定して刷ったので省いたらしい不破が、『日和美さん』と見出しみたいに書いて、その下に『・』を打って行頭文字みたいにするから。
基本細かいことはあまり気にしない性分の日和美も、さすがに(ん⁉︎ 何事!?)とソワソワしてしまう。
『日和美さん
・気前が良すぎて心配(今日だけでぼくに病院代込みで五万円以上の出費あり。記憶が戻ったらちゃんとお返しする事)
・料理がとても上手(手際が良い)
・ぼくに何か――』
そこまで書いて日和美の視線に気付いたらしく、手を止めた不破が「何だか照れ臭いので、続きは日和美さんがいらっしゃらないときに書きます」と、スッと写真を引っ込めてしまう。
思わず「えっ⁉︎」とつぶやいて、心の中で『不破さん、〝ぼくに何か〟の続きは何ですかーっ!?』と盛大に叫んだ日和美にニコッと微笑むと、「今日のレシート。コピーでもいいので後で明細を頂きたいです。僕が記憶を取り戻したら、絶対必要になるので」と真剣な顔で日和美を見詰めてくる。
「あ、あのっ、そんなの……」
「どんぶり勘定でいいですよ、とかいうのはナシですからね?」
――気にしなくていいです、テキトーで。
そう続けようとした日和美だったけれど、不破に先手を打たれてグッと言葉に詰まる。
この几帳面な感じ。まるで小さな商店を営んでいた祖母みたいだなと思ってしまった日和美だ。
父が祖父母に頼まれて買い物などをしてくると、祖母はレシートの提示を必ず求めて一円単位まできっちり計算して立て替えてもらった分のお金を返していたのを覚えている。
『端数なんか切り捨てればええのに』
そう父が漏らすたび、『和彦。一円を笑う者は一円に泣くんよ?』と父の名を呼びかけて、まるで子供にするみたいに諭していたっけ。
(不破さん、ますます貴方に対する謎が深まるばかりですっ)
北欧かその辺りの国の、金髪碧眼王子様さながらの外見の彼から〝どんぶり勘定〟などという言葉が出たことも。
ましてやそんな彼が、まるで庶民みたいに細かい金額まで気にしてしまうことも。
(あっ――!)
そこで日和美はハタと気が付いた。
コメント
1件
わあ、今回はめちゃくちゃほっこりした! 不破さんの「どんぶり勘定ナシ」発言とか、写真の裏にメモ書き始めたとこ、照れ臭そうに引っ込める仕草がもう完全に王子様って感じでやばいっすわ。日和美さんの祖母の話もじんわり来たし、ルティのこと黙ってる罪悪感も気になる。次どうなるんだろう、続き楽しみにしてます🔥